「蜥蜴、ここから出なさい」

 雨がしとしとと降り続ける午前巳の刻。環子は不機嫌そうに檜扇で口元を隠しながら、魚子へ座敷牢の外へ出るように促す。

「わかった……」
「返事ははい。よ、蜥蜴」
「はい……」

 唐突な出来事に。魚子は理解が及ばないまま屋敷の北対(きたのたい)まで歩いて移動させられる。狭い座敷牢の中にずっといたせいか、この時22歳となっていた魚子の足は数歩歩いただけで悲鳴を上げた。
 更にこの日は久しぶりに月のものが訪れていて、下腹部もずきずきと痛みが走り苦しい。

 視界には、左側にある御簾の奥に北の方と環子。御簾の外に光正、そして黒い束帯姿な中年くらいの男性が2人座っていた。
 尋常ならざる空気に魚子の足がすくみだすが、男性2人の視線は敵意があるようには見えない。彼らが魚子へあなた様が大君でございますか? と淡々とした口調で質問すると、魚子は小さな声ではい……と返事する。

御上(おかみ)より、中の君様と共に大君様もご一緒に内裏へ上がられるようにと厳命が下りました」