「私、ちゃんと食べるまで観察してあげるわね?」

 座敷牢の外で、にんまりと笑う環子の目は全くもって笑ってなどいなかった。
 もしここで拒絶すれば、彼女の持つ異能……妖を払う効果も併せ持つ砂塵の風でさらに痛い目に遭わせられるだろう。魚子はそう察していた。

(こんなの食べたくないのに……)

 魚子は震える手足を無理やり動かしながら這いつくばって、転がったこおろぎの死骸をひとつかみすると、足先を歯で噛み締めた。

「まあえらい! やっぱり蜥蜴はこおろぎを食べるのねぇ。くすくす、お似合いよ?」
 
 残虐さで歪み切った環子の顔には美のひとつも感じられない。魚子は彼女から目を逸らしながら、こおろぎを食べるふりを続ける。
 このようなものを食べてしまえば、苦しい思いをするに違いない。異能のない身体がそう訴えている気がした。

「この辺にしておきましょ、ずっと汚い蜥蜴を眺める趣味はないわ」
(……よかった)

 環子が悪辣な微笑みをまき散らしながら背を向けて去っていくのを確認した魚子は、口内に含んでいたこおろぎの足先を全て吐き出す。
 その後はごめんね。と謝りながら、使い古された茶色い樋箱(ひばこ)の中へと投げ入れた。
 
(残ったこおろぎの死骸、どうしよう)