「妖退治?」

 その場にいた全ての者達が、鯉白へと振り向いた。鯉白は軽々と白馬から飛び降り、片手で手綱を握りながら不敵に笑う。

「そうだ。大鵺を退治してもらう」
「大鵺?!」

 環子とその女房達の顔が歪む。魚子の側で控える女房2人も驚きを隠せないようだが、透子はいつも通りおっとりした表情を崩さない。

「そういえば……」

 魚子は座敷牢の中にいた時のある記憶を思い起こす。
 それは魚子が14歳の正月。魚子を屋敷に残し環子と母親は都に近い神社に詣でていたが、帰り際に大鵺に襲われかけたのだ。座敷牢で環子が泣き叫んでいる声と下女達のひそひそ話し合う声しか聴いていないのだが、悲惨な光景だったのは想像に難くない。

「大鵺は都の貴族達を食い殺した事で有名な醜い妖ではございませんか……! それを退治しろと仰せで?!」
「梅壺更衣よ。帝の子を身ごもった妃は異能の気が強くなる。それならば、大鵺を退治するのは容易いだろうと思ってな」
(つまり。倒せなかったら胎の子は御上の血を引いていないか、そもそも身ごもってすらいない。という証にもなる訳ね……)

 と、推察していると鯉白がじっと視線を魚子に移す。のと同時に彼の声が魚子の頭の中に直接響いてきた。

『そなたの異能が真に黄龍の加護であれば、大鵺は容易く倒せるはずだ』
(なるほどね……)
「では、大鵺を退治してもらおう。封印の扉を開け!」

 山のふもとに存在する大きな赤黒い扉が、護衛達によってゆっくりと開かれていく。すると地鳴りの如き足音が響いてきた。

「グォオオォオォオオッ!」

 姿を見せたのは、厳めしい猿風な顔に、毛に覆われた胴体と虎柄の模様をした四肢と黒っぽい蛇の尾を2つ生やした巨大な妖だった。