透子によるかな文字の書き練習が終わったのはすっかり日が傾いた夕方だった。

「そろそろ夕餉のお時間ででございますし、この辺で終わりと致しましょう~。お疲れ様でございましたぁ~」
(お、終わった……! やっと終わったのね……!)
「はい、ありがとうございました……!」

 すると見計らっていたかのように鯉白がふらりと弘徽殿へ姿を現す。

「やぁやぁ。元気にしておるか?」
「おっ御上!」

 にこやかに笑う鯉白の姿を見ていると、緊張感がほぐれて穏やかな気持ちになれる。彼と絡む度に魚子の胸中では彼への気持ちが大きくなっていた。
 それに以前と比べると、気さくに接している傾向もある。

「魚子、夕餉は余と共に取らぬか? 透子達女房衆も一緒に」
「よろしいのですか? えぇと、透子さんも……」
「私は構いませんよ~。皆様と宴を催すなんて、御上も風流でございますわぁ」
 
 急遽決定した宴に、弘徽殿の中ではあわただしく準備が進められていく。その様子を人目もはばからず後ろから抱き着き腕を回している鯉白と眺めていた。

「うぅ……そろそろ離してくださってもよろしいのでは」

 魚子は我慢できずに顔を赤らめる。
 これだけ大勢の目の前で密着した構図を取っていると意識するだけで、恥ずかしさがより猛威を振るいだした。