何度も繰り返し絶対に外に出るなと言われ続ける魚子は、四つん這いのまま後ろに下がって局に戻る。だが女房達は納得していない様子だ。
 すると布を引きずるような足音がこちらへと向かってくる。

「蜥蜴、起きていたのね。ああ、蜥蜴のくせにそんな着物を着るなど癪に障るわ」

 環子だ。
 薄い寒色系の袿を纏い、檜扇で口元を隠しているが目元はぎろりと魚子を睨みつけている。彼女の後ろにも女房が3人程つき従っていた。環子と視線が合うや否や、彼女は檜扇で辺りを一閃するような動きを見せる。

「この……汚らわしい蜥蜴が!」
「ぁああぁあっ!」

 環子を中心に容赦なく砂塵のつむじ風が舞い上がる。突如として沸き起こった風に魚子と女房は悲鳴を上げた。
 もろに風を受けた魚子の皮膚はあちこちに突き刺すような痛みを覚える。口の中にも少し砂が入り込んだせいか、ざらざらとした不快な感覚がして気持ち悪い。
 女房達もつむじ風をもろに喰らったのか、袖で顔を覆っている。

「……その醜い顔、私の異能をぶつけても変わらないのね……!」
「な」
「昨日、御上が蜥蜴の元に御渡りになったようね。私が知らないとでも思っていた?」
「……え……」

 なぜ知っているのかと驚くが、隣は几帳や棚などで仕切っているだけ。御上! と叫んだら知られても当然だった。
 ぐっと黙ってこらえていると、周囲からは裏切り者! だとか、蜥蜴の醜女のくせに! と罵倒が次々に湧いてくる。

「蜥蜴は蜥蜴よ。妃になれるわけないし、誰かの寵愛を得られる訳なんかあり得ないっ……!」
「……」
「あははっ。御上が蜥蜴に会いに来る訳ないじゃなぁい。あるとするなら蜥蜴が見たくて来たのよ。御上が蜥蜴に求婚するとでも? ……ある訳ないでしょっそんな事‼」

 狂ったように怒る環子の口から出て来る言葉は全て刃となり、魚子の身体に容赦なく突き刺さっていく。