目が覚めたのは夜明け前の事。空は橙色と夜空が織り交ざった不思議な色合いだ。

(眠れなかった……)

 鯉白とのやり取りはまだ脳内にて、鮮明に浮かんでいるままだ。特に彼の凛とした高貴な容姿と、どこか掴みどころのない雰囲気がとても深く刻み込まれている。
 ふわふわとどこか浮世離れしたような彼の姿。彼が己を見つめる目も、妻になってほしいと言った時は真剣さが感じられたように思えた。それでも彼の言う事はまだ信用できない。

(今日も来るんだろうなあ)

 環子達妃はほっぽりだして、自分の所へ来てもいいのだろうかと考えたが、すぐにそれはかき消される。
 どうせ他の妃の元へ行っているに違いない。彼女は黒い瞳を瞬きさせながらそう考えて、胸の奥で芽を出そうとしている期待を全て抜き取った。

 まもなく起床の刻が訪れる。魚子は誰かの目につく前に局から出て、廊下にある洗面器で顔を洗おうとしていた時だった。

「蜥蜴、何をしているの?」
「ちょっと! 勝手に外に出ないでくれる?!」
「っ……!」
(何よ、勝手に外に出てはいけないって……!)

 鋭い声を浴びせてきたのは、環子付きの女房達だ。ずっと環子の側に侍っていたのだろうか、十二単は若干着崩れており、おしろいもあちこち取れかかっている。