【完】さよならの向こうで待つ君へ





「雪那、どうかした?」

 今にも雨が降り出しそうな曇天の空を見上げ、ふとあの日のことを思いだしていると、隣を歩いていた瑠果が顔を覗き込んできた。

「ああ、ごめん。なんでもないよ」

 私は笑い、そして瑠果が隣にいてくれる、当たり前のようで決して当たり前ではない幸せを噛みしめる。

 今日、瑠果が私を呼び出してくれて、ようやくお互いの気持ちを伝え合うことができた。そして私たちは並んで歩きながら、会えていなかった空白の日々のことを語り合っていた。

 11月15日、一ノ瀬さんが話した未来のとおり事故は起こり、彼は帰らぬ人になった。
 けれど予期せず事故は自殺として処理された。でも私は一ノ瀬さんが自殺したわけではないことを知っているから、匿名の電話で警察にもう一度調べ直してほしいと何度も訴えたけれど、証拠はないでしょうとまともに取り合ってもらえなかった。

 事故だとは知らない瑠果は、葬式で『死にたい』とこぼした。
 大切な人を喪い心が弱るのは当たり前だ。だけどあの日の真実を知っていた私は、我を失うほどのショックを受けてしまった。傲慢な押しつけだとはわかっている、それでも瑠果のために未来を変えた一ノ瀬さんの分も生きてほしいと願っていたから。
 そして気づけば瑠果の頬をぶっていたのだ。

 実を言えば、あの日から一ノ瀬さんのことを恨んだことが幾度となくある。なんて重い遺言を私に遺したのだろうと。
 本当のことを知りながら、それをだれにも話すことができずに、この暗澹たる状況に成す術もないことに悩み苦しんだ。
 けれど先日、一ノ瀬さんに助けられたという少女が警察に申し出たらしいとの情報が新聞に載り、今では彼は一躍ヒーローとして讃えられるようになった。

 遺言を預かったあの日から今日まで、一瞬のようでとても長かった。
 結局私は強引に引きずり込まされ、一ノ瀬さんに振り回されている。それでも彼を責める気にはなれない。だってその身勝手さがあまりにも彼らしいと思うから。

 話を戻すように瑠果に語りかける。

「瑠果が好きな曲の話だったよね」
「うん」
「瑠果、好きなアーティストとかいたっけ」

 すると瑠果ははにかんだ。

「アーティストっていうか、波琉が作った曲だよ」
「一ノ瀬さんが?」
「失敗作だからって私にくれたの。"私の光のために"って曲」
「"私の光のために"……」

 反芻しながらふと一ノ瀬さんの想いに気づき、苦笑がもれる。突然笑みをこぼした私に、瑠果が不思議そうに首を傾げた。

「どうしたの?」
「ううん。だって、光って外国の言葉で"ルカ"って言うから」 
「え……」
「一ノ瀬さんらしいね」

 軽い足取りで坂を下っていた瑠果の足が止まる。数歩先に進んだところで私は、泣きそうになりながら立ち尽くす瑠果を振り返った。

「ねえ、瑠果」

 私は彼から託された遺言を心に秘め続ける。けれど彼が命がけで瑠果の未来を守ったことだけは永遠に忘れない。

「絶対幸せになってね。瑠果はみんなに愛されてるんだよ」

 願いを込めて思いを託せば、瑠果は涙で潤む目を見張り、そして泣き顔からくしゃりと笑顔を作った。

「うん」

 そのときふわりと春風が吹いて、私たちを包み込んだ。

 一ノ瀬さん、あなたが守りたかったものは、ちゃんとここで息吹いているよ。