緊張が喉元までせり上がってきて、私は深く息を吐き出した。
公園の古びたベンチに座り、スマホを握りしめ地面を強張った顔で睨み続ける。そんな心模様を映し出すかのように、頭上の空には雨を連れてきそうな分厚い雲が広がっていた。
私は今日、この場所に雪那を呼び出していた。
【雪那、久しぶり。明日話したいことがあるの。あの公園に13時頃来てほしい】
昨夜送ったメッセージにはすぐに既読マークがついた。けれど応答はなく、10分ほどスマホを凝視し諦めかけた頃、返信がきた。
【わかった】
あの鏡について落ち着いたら雪那と向き合うことはずっと決めていた。けれどいざそのときが来ると、逃げ出してしまいたくなるほどの息苦しい不安に襲われる。
間もなく13時。雪那は本当に来てくれるだろうか。雪那と顔を合わせて、私はちゃんと平静を保っていられるだろうか。
高校が違う私たちは、放課後にこの公園で集合し、日が暮れるまで一緒に過ごした。特になにをするわけでもなくただ他愛ない会話をする、その時間が妙に心地よかった。
けれど隣に雪那がいない公園は、こんなに殺風景だっただろうかと思うほど色褪せて見える。
するとそのとき、右手の方から無駄なノイズのない澄んだ声が聞こえてきた。
少し低いこの声が私は大好きだった。
「……瑠果」
「雪那……!」
いたたまれなさそうにそこに立つ雪那の姿に、思わず立ち上がる。
「ひ、久しぶり!」
「どうしたの、話って」
久しぶりにしっかり顔を合わせた雪那は今日も相変わらず凛として研ぎ澄まされた美しさだ。
けれど相手が話すときはあまり瞬きをせず目をまっすぐに見つめる癖のある雪那の瞳が揺れている。雪那もまた不安でいっぱいなのだとわかり、がちがちに固まっていた感情が少しだけ崩れる。肩肘張った謝罪ではなく、ありのままの本音でぶつかるべきなのだと。
「あの日のこと謝りたくて……。傷つけてごめんなさい」
頭を下げて謝罪の言葉を口にすると、じわっと熱いものが目の奥を刺激して、それに押し出されるようにしてよれよれの声がこぼれる。
「このままじゃ嫌だよ。雪那の笑顔がまた見たいよ……」
私のくだらない冗談にも呆れることなく笑ってくれる雪那の笑顔が大好きだった。
すると頭上から震える声が降ってきた。
「……ショックだった。瑠果がそんなことを言ったことが」
頭を上げると、雪那が顔を歪ませていた。その表情は痛々しい哀しみで飽和している。
「置いていかれる身にもなってよ……っ」
「そうだよね……」
置いていかれる絶望がどれだけのものかわかっていたはずなのに、私は同じ方法で雪那を傷つけた。自分の過ちの深さを改めて実感し、胸が張り裂けそうになる。
すると雪那が俯き、弱々しい声を絞り出した。
「あのときはショックで頭が真っ白になって瑠果をぶってしまったけど、本当はずっと後悔してた」
「え?」
「私は瑠果が弱音を吐き出せる逃げ場所になってあげるべきだったって。そして瑠果がもう二度とそんなことを考えないくらい、私が隣で引っ張り上げるべきだったって」
「雪那……」
「ごめんね、瑠果……。全部私が弱かったせい。頭ではそうわかっていてもやっぱり怖かったの、また瑠果にあんなこと言われたら耐えられないかもしれないって」
きっと勇気を振り絞って差し出してくれたのであろう雪那の本音を両腕で抱きしめる。
「それだけ大切に思ってくれてたんだね」
失いたくない、それはきっと大切な存在であるなによりの証なのだろう。
「私ね、波琉くんを過去に置き去りしたくなかった。だけど今は波琉くんと一緒に前に進んでいきたいと思う。悲しい過去は消えないしなかったことにはならないけど、波琉くんと過ごした幸せで大切な過去も私のものだから。波琉くんは私の一部なの」
胸に手を当てる。波琉くんはたしかにここで息づいている。
「……瑠果、強くなったね」
雪那が泣きそうになりながらも微笑む。雪那の笑顔を見られたのはいつぶりだろう。心が震えて思わず涙腺が刺激される。
「待たせてごめんね。これからもずっと雪那と友達でいたいよ」
「あたりまえでしょ」
雪那があどけなく笑い、私も涙をこらえながらくしゃりと破顔する。心が繋がり合った、そんな実感に包まれる。
ずっと言いたかった言葉を、ようやく伝えることができた。
自分の気持ちは口にしなければ相手に伝わらない。たった一言を伝えられないことで、大切な人を失いそうになっていた。
「ねえ、雪那。ずっと好きだった先輩から告白されたんだって?」
「え、なんでそれを……」
「朔良先輩がぽろっとね」
「もう、お兄ちゃん……」
「答えはどうするの?」
「……お願いしますって言うつもり」
「もっと聞かせて、その話」
どちらからともなく肩を寄せ合って歩きながら、私たちはまたひとつの時間を共有し紡ぎ始める。
会えなかったぶんの空白をこれから埋めていきたい。まったく同じ形に戻ることはなくても、また積み重ねていくことは何度だってできるから。
大切なものを手放さないでいられる、そんな強さを私は持ちたい。

