【完】さよならの向こうで待つ君へ





「結局収穫なしかあ」

 図書館からの帰り道、すっかり薄暗くなった空に向かって呟いた。

「都市伝説っていうか知る人ぞ知るって感じなのかもしれないな」

 朔良先輩が隣で凝り固まった体をほぐすように伸びをする。
 朔良先輩に家まで送ってもらう道すがら結果を報告しあったけれど、お互い手がかりを掴むことはできなかった。

「次はどうしようね……」
「地道だけど聞き込みでもするか。この地に伝わるってことは、昔からここら辺に住んでる人ならなにか知ってるかもしれないし」
「そうだね……」

 たしかにそれ以外に方法が思いつかない。 
 SNSをうまく利用すればもう少し効率のいい手段があるのかもしれないけれど、あいにく私も朔良先輩もSNSには疎い。

 車道を勢いよく車が走っていき、車が起こした風が髪をさらう。田舎道で走行量が多くないため、スピードを出す車が多いのだ。

「ねえ、朔良先輩」

 私は空を見上げながら、ずっと胸の底に漂っていた思いを吐露するきっかけを手繰り寄せる。
 少し前までは避けていたはずの話題に踏み込むのは初めてだったけれど、今は不思議とそこに躊躇はなかった。

「ん? どうした」
「波琉くんってさ、ほんとに可愛げがなくて、ちっとも優しくなかったよね」
「え?」

 突然の話題に朔良先輩が驚いてこっちを見る気配。私はふふっと笑って、遠い日を思う。

「でもね、一度だけ手を繋いでくれたことがあったんだ」

 ――小学3年生のことだった。あの頃、私は生活の授業でひとりひとつのミニトマトの苗を育てていた。
 すくすくと伸びていくミニトマトの苗を見ていると、私にも初めて庇護する存在ができたようで、休み時間が訪れては水やりをして大切に大切に愛情を注いでいた。
 そしていよいよ実がなりそうだというところで夏休みが差し迫り、私は夏休み中も毎日登校してミニトマトを観察しようと意気込んでいた。
 けれど夏休み前の終業式の日。いつものようにミニトマトに"また明日"を言いに行った私は、愕然とした。ミニトマトが茎の中央辺りでぽっきりと折れていたのだ。
 もちろん私はあまりのショックで大号泣。
 そんな私を引き上げてくれたのは波琉くんだった。泣きじゃくる私の手を握り、なにも言わずに一緒に帰ってくれた。

「さっきのふたり見てたら、なんかふとね、思い出しちゃった」

 あの日の温もりが手のひらに蘇ることはない。もう二度とあの温もりに触れることはできない。
 ぎゅうっと手を繋ぎ合ったライくんとユメちゃん。ふたりは理不尽な壁に阻まれることなく、これからもずっと一緒にいられるのだろうか。

「……好きだったんだ、波琉くんのこと」

 自分のはずの声がひどく孤独に寒々しく思えた。

「隣にいられれば充分だと思ってたけど、もっと自分の気持ちを大切にすればよかったな」

 できるだけ軽いトーンで言ったはずが、声の端々に隠しきれない自嘲が滲む。
 告白をしていたら今頃なにか変わっていただろうか。
 この想いは形を成すことなく体の中で後悔を纏って化石になっていくのだろう。それって……どうしようもなく虚しい。

 白い息を吐き出したとき、ぽつりと隣で朔良先輩が絞り出すように声をこぼした。

「俺が一ノ瀬になれたらいいのにな」
「え?」

 思いがけない言葉に思わず朔良先輩を仰ぎ見る。

「朔良先輩……?」

 その横顔には感情がなくて、それがかえって痛々しく見えて、消えてしまいそうだとそんな漠然とした不安に駆られた。
 なにか言って朔良先輩を引き留めなければと、言葉を手繰り寄せようとしたときだった。

「お兄ちゃん、……瑠果……」

 不意に前方から声が聞こえて、そちらに視線を向けた私は、前方の暗がりの中に人影を捕らえた。
 きっちりと結われたポニーテールと、すらりとした八頭身、由緒正しき紺のセーラー服。私を認めた彼女は痛々しい感情を瞳に露わにしていた。

「雪那……」

 吹きさらしの声が掠れる。
 目の前に立つのは雪那だった。制服にスクールバッグという出で立ちから見るに、帰宅するところだったのだろう。
 こうして対面するのは、3か月前の波琉くんのお葬式以来だ。

「雪那、元気だった……?」

 どきどきと早鐘を打つ鼓動の音が被さって、自分のか細い声がとても遠くに聞こえる。
 けれど雪那はきゅうっと目の下に力を込めると、いたたまれないというように視線を逸らして私たちの横を通り過ぎていく。

「待って……!」

 振り返って声を張り上げるけれど、雪那の後ろ姿は足早に遠ざかっていく。まるで私から逃げるみたいに。

「山下、悪い。あいつによく言っておくから……」

 背後から聞こえてくる申し訳なさそうな朔良先輩の声に、私は力なくふるふると首を横に振る。

 いくつもの思い出を積み重ねて紡いでいった友情も、壊れるときは一瞬であまりにも呆気なく、同じ形に戻ることはないのだ。