【完】さよならの向こうで待つ君へ



 翌日、私と朔良先輩はさっそく地元の図書館を訪れることにした。
 昨夜のうちにそれぞれ、過去と未来にいくことのできる鏡についてネットで検索してみたけれど、それらしい情報を得ることはできなかった。
 そのため地元についての書物が豊富な図書館を頼ることにしたのだ。

 土曜日ということもあり図書館は混んでいるのではないかと想定していたけれど、田舎である地元の図書館は予想に反して空いていてやけに静かだった。

「図書館に来るのなんて久しぶりかも」

 図書館に足を踏み入れると、独特の本の匂いが鼻をつく。この匂いを嗅ぐと落ち着くのはなぜだろうか。
 すんすんと鼻をひくつかせていると、隣で館内図を確認していた朔良先輩が相槌を打つ。

「まあ、こんな機会でもないと来ないよな」
「朔良先輩、図書館よく来てるんじゃないの?」
「んー、あんまり来ないな。読書好きじゃしないし。っていうかそもそもそんなイメージないだろ」
「あるよ。だって朔良先輩、頭いいし」

 朔良先輩は、常に校内トップの成績を修めている秀才だ。
 けれど今でも不思議なのは、新入生代表挨拶を読んだのが朔良先輩ではなかったらしいということだ。新入生代表挨拶を任されるのは、入学前のオリエンテーションテストで成績最上位の生徒だ。
 成績では常にトップの座を譲らないという朔良先輩がどうして新入生代表にならなかったのか、引っかかりはするけれどそこまで踏み込むつもりはない。

 すると朔良先輩は小さく苦笑して、それから館内図を指さした。

「俺は地下で過去の新聞記事を探してみるから、山下は本を探してくれるか?」
「わかった。なにか見つけたら連絡するね」
「ああ」

 さっそく朔良先輩と手分けして手がかりを探すことになり、私はひとり1階にある地方史の棚へと向かう。
 地元に関する書物は、2メートルほどの高さの本棚一面を埋め尽くしていた。
 この中になにか手がかりがあるかもしれない――そう思うと自然と肩に力がこもる。急く気持ちを抑えながら、片っ端から本のページを捲り、慎重にかつ素早く視線を走らせていく。

 そうしてすべての本を確認し終えた頃には、すでに2時間が経過していた。
 最後の一冊を本棚に戻した私は、脳の疲労も忘れて項垂れた。

「はあ……」

 何十冊とある書物の中に、それらしい情報は一切記されていなかった。それどころかオカルトの類の記述はどこにもなく、これだけ探しても収穫はゼロだ。
 やはりあれはおばあさんの冗談だったのだろうか。

 スマホを確認するけれど、朔良先輩から連絡が入っていないということは、朔良先輩の方も今のところめぼしい情報はないのだろう。
 肩を落としながらも朔良先輩に収穫なしの連絡を入れようとしたとき。突然くいっと背後からコートの裾を掴まれた。
 振り返ると、そこには小さな男の子がいた。小学生になるかならないかという年頃だろう。

「おねーさん」
「ん? どうしたの?」

 問いながら、男の子の前にしゃがみ込む。
 まわりに保護者の姿はない。迷子だろうか。

「君、ひとり? お母さんは?」
「ままがお買い物からかえってくるまで、図書館でまってるの」
「そっか。偉いね」
「ねえ、この本よんで。いつも読み聞かせしてくれる図書館のおねーさんが今日はおやすみなの」

 そう言って男の子が胸に抱えていた本を差し出してくる。
 図書館のお姉さんとは、おそらく司書の人のことだろう。
 朔良先輩からはまだ連絡もないし、時間はある。私は笑顔で頷いた。

「うん、いいよ。お姉さんが読んであげる」

 そうして手を引かれるまま児童書の読み聞かせスペースにやってきた私は、男の子と女の子からきらきらの眼差しを浴びていた。
 私に声をかけてくれた男の子がライくん、そしてライくんが連れてきた女の子がユメちゃんだと、自己紹介をしてくれた。
 ふたりは同じくらいの年だろう。仲良しなのかぴったりくっついて三角座りをしている。

 ライくんから渡されたのは、『つばさの折れた天使』という絵本だった。クレヨンのような淡いタッチで片翼の天使が表紙に描かれている。

「たのしみだね、ユメちゃん!」
「うんっ」

 肩を寄せ合うふたりのやりとりを見ると、ほっこりしてしまう。

「じゃあ読みますよ~? 物語の始まり始まり~!」

 幼稚園の頃先生がそうしていたように掛け声をして拍手をすると、ふたりもぱちぱちと嬉しそうに拍手をしてくれた。
 期待の眼差しを一身に集め、私は絵本を開いた。


【あるところにひとりの天使がいました。
 あるとき片方の翼が折れて、天使は人間界に落ちてしまいました。
 人間界のことをまったく知らない天使は、正しいことや人間のルールがわかりません。
 それでも人間になりたい天使は一生懸命頑張りますが、なかなかうまくいかず、やがて人間に嫌われてひとりぼっちになってしまいました。
 そんなある日、天使は森の中で倒れていた旅人を見つけます。
 旅人は悪い商人に騙されてコートを奪われ、寒さに凍えていました。
『助けてください。寒くて寒くてたまらないんです』
 そう言って旅人は天使に助けを求めます。
 けれど天使は上着も毛布も持っていません。持っているのは片方の翼だけ。
 天使は凍える旅人のことが見捨てられず、片方の翼をもぎ取ると、旅人の体にかけてあげました。
 するとそのとき天使の体が光に包まれました。
 天使にとって翼は大切な命。翼を失った天使は、天に召されるのです。
 けれど天使は悲しくありませんでした。
『ありがとう、あなたのおかげで助かりました』
 そう言って旅人が微笑んだからです。
 旅人を助けることができたことを嬉しく思いながら、天界に昇り本物の天使になったのでした。】


 ――悲しい。本を読み終えて思ったのは一言、それだけだった。

 読み聞かせには似つかわしくない暗い声で物語を閉じてしまった。
 場を明るくしようと笑顔を作ったとき、じっと読み聞かせを聞いていたライくんが声をあげた。

「よかったね、天使さん。しあわせになって」
「え?」
「だってしあわせそうな顔してるよ」

 ライくんが指さした、最後のページに描かれた天使を見る。天界に昇る天使はたしかに幸せそうに微笑み目を閉じていた。

「ユメもそう思う。天使さんは旅人さんを助けられてうれしかったんだね」

 ユメちゃんもそう言い、ライくんと顔を見合わせてにこにこと笑う。ふたりはお互いを守るかのように、小さな手をしっかり握り合っていた。
 そんなふたりを見て胸の奥が疼くのを感じる。眩しくて、そして寂しい――。
 そのとき。

「山下」

 複雑な感情に飲み込まれそうになった私を引き戻したのは朔良先輩だった。

「朔良先輩……」

 いつからそこにいたのか、読み聞かせスペースの入り口に立つ朔良先輩は、私と目が合うなり小さく笑って右手をあげた。