それからというもの――。花緒は、妖力の巡りを感じ取る特訓を重ねた。初日に感じ取ることができた桜の花びら。山吹が言うには、あれが花緒の妖力の素であるらしい。初日は一枚しか感じられなかった花びらだったが、おそらくそれらは花緒の中に桜吹雪のごとく無数にある。その流れを把握することが妖力の巡りを感じ取ることになる。山吹から与えられた課題はそれだった。
(まずは自分の中にある妖力の流れを知ること。自分が操作しなければならないものの正体が分からなければ、手のつけようがないものね)
それでは、少しでも早く妖力の巡りを掴むにはどうしたらいいだろう。山吹との特訓以外にも、自分にできることはないだろうか。
花緒は屋敷の廊下を歩きながら、ふと通りかかった一室の文机に置かれた本に目が留まる。――本……。そうか。自分にもできることがある……!
思い立ったが吉日。花緒は小走りで、この時間に桜河が居そうな場所――ひとまず彼の私室に足を運んでみる。もうすっかりと配置を覚えた廊下を淀みなく歩き、奥座敷にある部屋に辿り着いた花緒は、襖の前で畳に指を付いた。
「桜河様。花緒でございます。お願いがあって参りました」
「花緒か。入ってくれ」
桜河は在室だったらしく、彼の返事がある。花緒が襖を開けると、桜河は文机に腰かけて何か書き物をしていたようだった。
――『きょうび、忙しなく方々頭下げて回ってはるのをよう見るようになったんどすえ。あんさんがここに来て苦労せんように』。
ふと、先日聞いたお蓮の言葉が脳裏をよぎる。確証はないけれど、もしも桜河の書き仕事が自分に関することなのだとしたら……自分は、己のあずかり知らないところで彼にとても世話になっているのだろう。それを言葉にすれば彼は「大したことはない」と誤魔化してしまうだろうから、いつか何かの形で恩返しをしたいと思う。その第一が、なるべく早く妖力操作を身に着けることだ。
桜河は筆を置き、顔を上げて小首を傾げる。
「どうした? お願いとは何だ? おまえの頼み事なら可能な限り聞くつもりだが」
「あ、ありがとうございます。あの、私、妖力操作を身に着けるにあたって。山吹さんとの特訓以外に自分にできることはないかと考えたのです」
「ふむ」
「それで、あの、よろしければ、屋敷の書庫をお見せいただくことは可能でしょうか?」
「書庫……」
「はい。少しでも早道が取れるように、妖力操作に関する文献を読んで知識をつけようと思ったのです。私は常世のこともまだ充分には知りません。この機会に、自分に足りないものを知識で補いたいのです。それなら私だけでもできることだから」
「……なるほど。良い心掛けであるように思う。おまえは前向きだな」
「そんな。自分にできることはないか考えただけなのです。むしろ、自分で調べものをするくらいしか思いつかず、力不足を痛感しておるところなのです」
「いや。俺は、どのような形であれ、やる気こそが上達の早道であるように思う。月並みな言い方になってしまうが、俺はおまえを応援している」
「あ、ありがとうございます……!」
――『おまえを応援している』。
そう言った時の桜河の笑顔が、まるで少年のように屈託がなかった。心からそう思っていることが伝わって来る。花緒はまた、心臓が早鐘を打ってしまう。
(私は本当に、桜河様のことが好きなのだな……)
この気持ちを大切にしようと思う。妖力操作の修行が、たとえどんなに過酷なものであっても、この気持ちを胸に頑張れると思ったから。
桜河がおもむろに立ち上がる。
「――では、行こう」
「え?」
「書庫の蔵へ行くのだろう? 鍵は俺が持っている。それに妖力操作の文献を探すにしても、おまえだけでは心許ない」
「はい……」
まったくその通りでございます、と花緒は項垂れる。おそらく大量の書物が保管されている蔵。そこから素人の自分が必要な文献を探し出すことは至難の業だろう。正直、桜河が同行してくれることはありがたかった。
ここは桜河の言葉に甘えることにして、花緒と桜河は揃って屋敷の離れにある書庫の蔵へと向かった。
(まずは自分の中にある妖力の流れを知ること。自分が操作しなければならないものの正体が分からなければ、手のつけようがないものね)
それでは、少しでも早く妖力の巡りを掴むにはどうしたらいいだろう。山吹との特訓以外にも、自分にできることはないだろうか。
花緒は屋敷の廊下を歩きながら、ふと通りかかった一室の文机に置かれた本に目が留まる。――本……。そうか。自分にもできることがある……!
思い立ったが吉日。花緒は小走りで、この時間に桜河が居そうな場所――ひとまず彼の私室に足を運んでみる。もうすっかりと配置を覚えた廊下を淀みなく歩き、奥座敷にある部屋に辿り着いた花緒は、襖の前で畳に指を付いた。
「桜河様。花緒でございます。お願いがあって参りました」
「花緒か。入ってくれ」
桜河は在室だったらしく、彼の返事がある。花緒が襖を開けると、桜河は文机に腰かけて何か書き物をしていたようだった。
――『きょうび、忙しなく方々頭下げて回ってはるのをよう見るようになったんどすえ。あんさんがここに来て苦労せんように』。
ふと、先日聞いたお蓮の言葉が脳裏をよぎる。確証はないけれど、もしも桜河の書き仕事が自分に関することなのだとしたら……自分は、己のあずかり知らないところで彼にとても世話になっているのだろう。それを言葉にすれば彼は「大したことはない」と誤魔化してしまうだろうから、いつか何かの形で恩返しをしたいと思う。その第一が、なるべく早く妖力操作を身に着けることだ。
桜河は筆を置き、顔を上げて小首を傾げる。
「どうした? お願いとは何だ? おまえの頼み事なら可能な限り聞くつもりだが」
「あ、ありがとうございます。あの、私、妖力操作を身に着けるにあたって。山吹さんとの特訓以外に自分にできることはないかと考えたのです」
「ふむ」
「それで、あの、よろしければ、屋敷の書庫をお見せいただくことは可能でしょうか?」
「書庫……」
「はい。少しでも早道が取れるように、妖力操作に関する文献を読んで知識をつけようと思ったのです。私は常世のこともまだ充分には知りません。この機会に、自分に足りないものを知識で補いたいのです。それなら私だけでもできることだから」
「……なるほど。良い心掛けであるように思う。おまえは前向きだな」
「そんな。自分にできることはないか考えただけなのです。むしろ、自分で調べものをするくらいしか思いつかず、力不足を痛感しておるところなのです」
「いや。俺は、どのような形であれ、やる気こそが上達の早道であるように思う。月並みな言い方になってしまうが、俺はおまえを応援している」
「あ、ありがとうございます……!」
――『おまえを応援している』。
そう言った時の桜河の笑顔が、まるで少年のように屈託がなかった。心からそう思っていることが伝わって来る。花緒はまた、心臓が早鐘を打ってしまう。
(私は本当に、桜河様のことが好きなのだな……)
この気持ちを大切にしようと思う。妖力操作の修行が、たとえどんなに過酷なものであっても、この気持ちを胸に頑張れると思ったから。
桜河がおもむろに立ち上がる。
「――では、行こう」
「え?」
「書庫の蔵へ行くのだろう? 鍵は俺が持っている。それに妖力操作の文献を探すにしても、おまえだけでは心許ない」
「はい……」
まったくその通りでございます、と花緒は項垂れる。おそらく大量の書物が保管されている蔵。そこから素人の自分が必要な文献を探し出すことは至難の業だろう。正直、桜河が同行してくれることはありがたかった。
ここは桜河の言葉に甘えることにして、花緒と桜河は揃って屋敷の離れにある書庫の蔵へと向かった。

