ひと通り与太郎の説明が終わった座敷内。
最初に口を開いたのは山吹だった。
「……なるほど。つまり儀式中に『揺らぎ』を起こした原因は、花緒ちゃんの妖力の操作が不十分だったからか。たとえ精神を動揺するような物事が起きたとしても、神楽鈴と共鳴している妖力が揺るがないように制御できるようになれば問題ないということだね。」
「けどよ。お前らみたいに高度な異能を使うなら鍛錬が必要だろうが、基本的な妖力操作なんて特段気にしなくても無意識にできるもんだろ。なんでコイツはできねえんだ。不器用なだけか? それとも人間だからか?」
「人間だから、なのでしょうね」
蘭之介が呆れたように聞き、与太郎が控えめに答える。
桜河が眉根を寄せる。
「与太郎、花緒が人間だから、とはどういう意味だ? 贄は皆、人間であろう」
「仰る通りにございます。人間であることが最大の要因なのです。人間は、私たち妖魔と違って生まれながらに妖力を持ちません。だから贄姫様は、桜河様と『贄の契り』を交わし、桜河様の妖力の一部を受け取ったことで初めて妖力を得たのでございます」
「なるほどナ。オイラたち妖魔は先天的に妖力を持っている。が、人間である花緒は後天的に妖力を持ったのだナ。だから、オイラたちは生まれながらに妖力の操作を習得しているが、花緒は妖力の扱い方を知らないってことカ」
得心がいったとばかりに梵天丸が呟いた。与太郎が頷き、続けて口を開く。
「人間であっても妖力が身体に馴染めば自然と使えるようになるもの。過去の『揺らぎ』の事例が少ないことからも分かるように、贄もまた同じ……しかし、桜河様は歴代きっての高い妖力をお持ちです。それを受け取った花緒様の妖力もまた稀有なもの。代々の贄と違い、強い力を持つ分、『揺らぎ』が起きやすいのでしょう」
「つまり花緒ちゃんは、桜河から渡された妖力が今まで例にないくらいに強かった。だから普通の贄よりもより高度な妖力操作が求められると」
「その通りでございます。何度も申し上げますが、花緒様のご責任ではございません。これについては、時間が解決してくれるでしょう」
山吹に与太郎が答える。花緒は皆の会話を聞きながらじっと自分の両手を見つめていた。
「……花緒?」
先ほどから言葉を発しない花緒を心配した桜河が声をかける。
桜河に分け与えられた強力な妖力。妖力など持たなかった自分が扱うのは容易なことではないだろう。けれど。
「桜河様―――私に、妖力操作のやり方を教えて頂けませんか」
顔を上げた花緒がはっきりと口にしたその言葉に、全員が息を呑む。鋭い緊張が走ったのが分かり、花緒の背中に汗が伝う。暫くの沈黙の後、桜河がゆっくりと口を開いた。
「……俺は……やめた方が良い、と思う」
「! ……な……なぜですか?」
これまでどんな時も自分の気持ちを尊重してくれていた桜河に初めて自分の意思を否定され、花緒はひどく動揺した。辛うじて返した言葉に、山吹が諭すように口を開く。
「花緒ちゃん。爺さんが言ったように、妖力は身体に馴染んでしまえば自然と扱えるようになるものなんだ。他の贄よりも時間はかかるだろうけど、花緒ちゃんだっていつか必ず使えるようになる。でもね、短期間で高度な技術を習得しようとするなら話は別だよ。もともと妖力を持たなかった人が無理に扱おうとすれば、何が起こるか誰にも分からない。今度は本当に花緒ちゃん自身が危険な目に合うかもしれない。そうなったときに、おれたちが助けてあげられる保証はないんだ。桜河はそれを心配しているんだよ」
「それは……」
「言っただろう。俺はお前にあまり無理をして欲しくないと。どれだけ時間がかかっても、自然に習得することはできるのだ。どうなるのかも分からないような茨の道をあえて進む必要はない」
「それでは……私の妖力が自然に馴染むまでのんびりしている間、桜河様が一人であの毒気を背負い続けると言うのですか? あなたが毒気に苦しむ姿を黙って見ていろと」
「……そうだ」
「毒気を浄化できるのはこの国で私だけ。その私に足りないものがあるというのなら、できることがあるというのなら、何だってやります。桜河様が毒気を肩代わりするのは限界がある。常世の皆に散々聞かされてきたことです。桜河様だって、分かるでしょう。これ以上長く、一人で背負い続けられないと。今、私ができるようにならないとだめなんです」
「なぜそこまで……」
「見てしまったから。町で毒気に侵されて苦しむ妖魔の姿も、浄化の儀で苦しみから解放された人々の穏やかな顔も……私は忘れることができません。私は、私の力で、苦しんでいる人々を助けたい。常世にやってきた人々の魂も、妖魔も……桜河様も」
「……」
「聞いてください、桜河様。今の私では力不足です。今回鈴が暴走してしまったのも、私の力が足りなかったから。無理に妖力を使う危険性も理解しました。でも……ほんの少しでも可能性があるのであれば、私はそれに賭けてみたい。だって私、常世の皆が大好きだから……! 自分の力で、守れるようになりたいんです。どれだけ大変でも構いません。本当に危ないと判断したら止めて頂いて構いません。だからどうか、お願いします……!」
畳に三つ指を揃えて、深々と頭を下げる。自分の声だけが響き、場内は静まり返る。誰からも身じろぎの音がひとつもしない。花緒は畳と向き合ったまま、勇んでいた心が萎んでくる。思えばこれまで、こんなに自分の意思を主張したことは無かったかもしれない。常に周りの顔色を窺いながら生きてきたのだ。そんな自分が初めて見せた意思。彼らは何を思うのだろうか。
乾いた笑いを響かせながらこの沈黙を破ったのは山吹だった。
「完敗だねぇ、桜河。お前の心配は分かるけれど、花緒ちゃんの言うことも最もだ。おれだってこれ以上お前に無理をしてほしくない。それに、妖力操作を短期で習得するのは暴走の危険性もあるけれど、逆だってあり得ないわけじゃない。なにせ、彼女は桜河の力を分け与えられた贄姫だ。もしも自在に妖力を操ることができるようになったなら、類を見ないほど強大な浄化の力を手にする可能性だってある。まあ……今の妖力が馴染んでいない身体で操ろうということは、0どころか虚から1を生み出すに等しい奇蹟ではあるけれど……これは賭けだ。最強の王が選んだこの贄姫様が稀代の救世主となるのか、はたまた破滅へと導く悪魔となるのか」
いつものおどけた雰囲気のようでいて、目だけは笑っていなかった。彼らもまた不安なのだ。この女に自分たちの国を託しても良いのか。ここで結果を残して彼らの信用を勝ち取ることができなければ、この先に自分の未来はない。それどころか、この国ごと危険に晒すことになる。自分が一番わかっている。花緒は奥歯をぐっと噛み締めた。
重苦しい雰囲気の中、花緒の援護をしたのは意外にも蘭之介だった。
「……やってみなければ分からない。そのやってみた、が取り返しのつかないことになる可能性もある……だが少なくとも、やろうとしなければ何も変わらない。俺は桜河が先に潰れるくらいなら、コイツの覚悟とやらに賭けてもいいと思う。もし暴走したらそこまでの女だったってだけだ」
「……わかった。花緒、頭を上げろ。お前の気持ちは理解した。だがこれだけは約束してほしい。絶対に無茶はしないでくれ」
半ば諦めたようにため息をつくと、桜河は花緒の頭にそっと手を置く。心配を滲ませたその眼差しは温かい。いつだって桜河は、花緒の気持ちを一番に考えてくれている。この消極的な言動も、不器用な彼なりの最大限の優しさなのだ。その気持ちを嬉しく思う反面、時に自身の負担を顧みず行動する彼には、もっと自分自身を大切にしてほしいとも思う。だからこそ、力が欲しい。自分の力で地に足をつけて歩いていけるように。
そんな決意を胸に、花緒は桜河の目を見て応える。
「は……はい! ありがとうございます! 精一杯がんばります、よろしくお願いいたします……!」
最初に口を開いたのは山吹だった。
「……なるほど。つまり儀式中に『揺らぎ』を起こした原因は、花緒ちゃんの妖力の操作が不十分だったからか。たとえ精神を動揺するような物事が起きたとしても、神楽鈴と共鳴している妖力が揺るがないように制御できるようになれば問題ないということだね。」
「けどよ。お前らみたいに高度な異能を使うなら鍛錬が必要だろうが、基本的な妖力操作なんて特段気にしなくても無意識にできるもんだろ。なんでコイツはできねえんだ。不器用なだけか? それとも人間だからか?」
「人間だから、なのでしょうね」
蘭之介が呆れたように聞き、与太郎が控えめに答える。
桜河が眉根を寄せる。
「与太郎、花緒が人間だから、とはどういう意味だ? 贄は皆、人間であろう」
「仰る通りにございます。人間であることが最大の要因なのです。人間は、私たち妖魔と違って生まれながらに妖力を持ちません。だから贄姫様は、桜河様と『贄の契り』を交わし、桜河様の妖力の一部を受け取ったことで初めて妖力を得たのでございます」
「なるほどナ。オイラたち妖魔は先天的に妖力を持っている。が、人間である花緒は後天的に妖力を持ったのだナ。だから、オイラたちは生まれながらに妖力の操作を習得しているが、花緒は妖力の扱い方を知らないってことカ」
得心がいったとばかりに梵天丸が呟いた。与太郎が頷き、続けて口を開く。
「人間であっても妖力が身体に馴染めば自然と使えるようになるもの。過去の『揺らぎ』の事例が少ないことからも分かるように、贄もまた同じ……しかし、桜河様は歴代きっての高い妖力をお持ちです。それを受け取った花緒様の妖力もまた稀有なもの。代々の贄と違い、強い力を持つ分、『揺らぎ』が起きやすいのでしょう」
「つまり花緒ちゃんは、桜河から渡された妖力が今まで例にないくらいに強かった。だから普通の贄よりもより高度な妖力操作が求められると」
「その通りでございます。何度も申し上げますが、花緒様のご責任ではございません。これについては、時間が解決してくれるでしょう」
山吹に与太郎が答える。花緒は皆の会話を聞きながらじっと自分の両手を見つめていた。
「……花緒?」
先ほどから言葉を発しない花緒を心配した桜河が声をかける。
桜河に分け与えられた強力な妖力。妖力など持たなかった自分が扱うのは容易なことではないだろう。けれど。
「桜河様―――私に、妖力操作のやり方を教えて頂けませんか」
顔を上げた花緒がはっきりと口にしたその言葉に、全員が息を呑む。鋭い緊張が走ったのが分かり、花緒の背中に汗が伝う。暫くの沈黙の後、桜河がゆっくりと口を開いた。
「……俺は……やめた方が良い、と思う」
「! ……な……なぜですか?」
これまでどんな時も自分の気持ちを尊重してくれていた桜河に初めて自分の意思を否定され、花緒はひどく動揺した。辛うじて返した言葉に、山吹が諭すように口を開く。
「花緒ちゃん。爺さんが言ったように、妖力は身体に馴染んでしまえば自然と扱えるようになるものなんだ。他の贄よりも時間はかかるだろうけど、花緒ちゃんだっていつか必ず使えるようになる。でもね、短期間で高度な技術を習得しようとするなら話は別だよ。もともと妖力を持たなかった人が無理に扱おうとすれば、何が起こるか誰にも分からない。今度は本当に花緒ちゃん自身が危険な目に合うかもしれない。そうなったときに、おれたちが助けてあげられる保証はないんだ。桜河はそれを心配しているんだよ」
「それは……」
「言っただろう。俺はお前にあまり無理をして欲しくないと。どれだけ時間がかかっても、自然に習得することはできるのだ。どうなるのかも分からないような茨の道をあえて進む必要はない」
「それでは……私の妖力が自然に馴染むまでのんびりしている間、桜河様が一人であの毒気を背負い続けると言うのですか? あなたが毒気に苦しむ姿を黙って見ていろと」
「……そうだ」
「毒気を浄化できるのはこの国で私だけ。その私に足りないものがあるというのなら、できることがあるというのなら、何だってやります。桜河様が毒気を肩代わりするのは限界がある。常世の皆に散々聞かされてきたことです。桜河様だって、分かるでしょう。これ以上長く、一人で背負い続けられないと。今、私ができるようにならないとだめなんです」
「なぜそこまで……」
「見てしまったから。町で毒気に侵されて苦しむ妖魔の姿も、浄化の儀で苦しみから解放された人々の穏やかな顔も……私は忘れることができません。私は、私の力で、苦しんでいる人々を助けたい。常世にやってきた人々の魂も、妖魔も……桜河様も」
「……」
「聞いてください、桜河様。今の私では力不足です。今回鈴が暴走してしまったのも、私の力が足りなかったから。無理に妖力を使う危険性も理解しました。でも……ほんの少しでも可能性があるのであれば、私はそれに賭けてみたい。だって私、常世の皆が大好きだから……! 自分の力で、守れるようになりたいんです。どれだけ大変でも構いません。本当に危ないと判断したら止めて頂いて構いません。だからどうか、お願いします……!」
畳に三つ指を揃えて、深々と頭を下げる。自分の声だけが響き、場内は静まり返る。誰からも身じろぎの音がひとつもしない。花緒は畳と向き合ったまま、勇んでいた心が萎んでくる。思えばこれまで、こんなに自分の意思を主張したことは無かったかもしれない。常に周りの顔色を窺いながら生きてきたのだ。そんな自分が初めて見せた意思。彼らは何を思うのだろうか。
乾いた笑いを響かせながらこの沈黙を破ったのは山吹だった。
「完敗だねぇ、桜河。お前の心配は分かるけれど、花緒ちゃんの言うことも最もだ。おれだってこれ以上お前に無理をしてほしくない。それに、妖力操作を短期で習得するのは暴走の危険性もあるけれど、逆だってあり得ないわけじゃない。なにせ、彼女は桜河の力を分け与えられた贄姫だ。もしも自在に妖力を操ることができるようになったなら、類を見ないほど強大な浄化の力を手にする可能性だってある。まあ……今の妖力が馴染んでいない身体で操ろうということは、0どころか虚から1を生み出すに等しい奇蹟ではあるけれど……これは賭けだ。最強の王が選んだこの贄姫様が稀代の救世主となるのか、はたまた破滅へと導く悪魔となるのか」
いつものおどけた雰囲気のようでいて、目だけは笑っていなかった。彼らもまた不安なのだ。この女に自分たちの国を託しても良いのか。ここで結果を残して彼らの信用を勝ち取ることができなければ、この先に自分の未来はない。それどころか、この国ごと危険に晒すことになる。自分が一番わかっている。花緒は奥歯をぐっと噛み締めた。
重苦しい雰囲気の中、花緒の援護をしたのは意外にも蘭之介だった。
「……やってみなければ分からない。そのやってみた、が取り返しのつかないことになる可能性もある……だが少なくとも、やろうとしなければ何も変わらない。俺は桜河が先に潰れるくらいなら、コイツの覚悟とやらに賭けてもいいと思う。もし暴走したらそこまでの女だったってだけだ」
「……わかった。花緒、頭を上げろ。お前の気持ちは理解した。だがこれだけは約束してほしい。絶対に無茶はしないでくれ」
半ば諦めたようにため息をつくと、桜河は花緒の頭にそっと手を置く。心配を滲ませたその眼差しは温かい。いつだって桜河は、花緒の気持ちを一番に考えてくれている。この消極的な言動も、不器用な彼なりの最大限の優しさなのだ。その気持ちを嬉しく思う反面、時に自身の負担を顧みず行動する彼には、もっと自分自身を大切にしてほしいとも思う。だからこそ、力が欲しい。自分の力で地に足をつけて歩いていけるように。
そんな決意を胸に、花緒は桜河の目を見て応える。
「は……はい! ありがとうございます! 精一杯がんばります、よろしくお願いいたします……!」

