――……半妖なんだ。
そう呟いた山吹の声音が、町の雑踏に消えていく。花緒は息を呑んだ。
「半妖……。人間と妖魔の混血。そのようなことが……」
「珍しいだろう? そうは言っても、桜河だって先代の妖の王と先代の贄姫である人間の女性から生まれたんだ。だから半妖と言えなくもない。けれど、贄姫は妖の王から妖力を分け与えられているから妖魔とそう変わらない。だから厳密には桜河は半妖とは言えない。おれは純粋に烏天狗の妖魔と妖力を持たない普通の人間から生まれたんだ」
へへ、と山吹はいたずらっぽく笑う。
けれども花緒には、山吹が寂しそうに見えて仕方なかった。半妖は珍しい。そう言ったということは、『常世』で生きづらいこともあっただろう。山吹が何故辛かった生い立ちを自分に話そうとしているのか。花緒には分かった気がした。
さわさわと竹林を揺らす風の音。それを遠くに聴きながら、山吹が続ける。
「――……良い機会だから、少しだけおれの生い立ちを話してもいいかい?」
「も、もちろんです! 私でよければ、ぜひお聞かせください」
花緒は意気込んで答える。
山吹の気持ちがありがたかった。きっと彼にとって楽しい過去ではないだろう。けれども花緒が己の生い立ちを話しやすくなるよう、彼が先に話してくれようとしているのだ。
山吹は、ふっと優しく笑む。そうして彼の過去の物語を語り始めた。
***
どこから話そうか……。
おれが生まれたのは今から五百年近く前。黒姫国が暗黒期と呼ばれる時代だった。君もよく知っているだろうけれど、『現世』の人間たちが当時の妖の王に贄姫を献上せず、妖の王が錯乱。『現世』にも『常世』にも下等妖魔や狂妖が跋扈し、人間も妖魔も自分の生活を守ることに必死だった時代。そんな混乱期におれは誕生した。
妖の王の錯乱によって『常世』の統治が乱れ、魂の浄化や安寧が保たれなくなった。本来の浄化作用が逆転してしまって、転生前の魂に悪影響を及ぼし始めた。浄化ではなく穢れを生むようになってしまったんだ。そして穢れは『常世』に毒気をもたらした。
穢れた魂は他者を傷つけたり奪ったりすることに抵抗がない。上手く魂の浄化が行われなくなった転生待ちの人間たちは、強盗や山賊に堕ちてしまった。人間も妖魔も生き残ることだけで精一杯。日常的に強盗や山賊などに襲われることも珍しくなかったんだ。
そんな乱世の『常世』の霊山の一角に、おれたち烏天狗の集落があった。藁ぶきの小屋が五つ六つ寄せ集まって建っているだけのひっそりとした村でね。俗世から隔絶されていたぶん、暗黒期にあっても比較的安穏としていた。
ある日、一人の若い烏天狗の男が食料調達のために狩りに出かけた。その道中で不運にも山賊に襲われたんだ。この烏天狗の男が当時のおれの父。母と出会う前の、まだおれが生まれていなかった時の話だ。
おれの父は負傷して飛べなくなり、怪我を庇って歩いていると、霊山にひっそりと住む一人の女と出会った。この女が当時のおれの母。転生を控えて『常世』で暮らしていたごく普通の人間だった。
おれの母は、おれの父の怪我が治るまで家で匿った。そして次第に二人は恋に落ち、おれの父は母が転生するまで共に生きることを選んだ。
しかし、父が母を連れて烏天狗の集落へと戻ると、何度も山賊に襲われた経験から「人間」を嫌うようになってしまった仲間の烏天狗たちから激しく非難された。父と母は爪弾きにされてしまったんだ。そこで父と母は集落を離れ、霊山の片隅でひっそりと暮らすことにした。
やがて、父と母の間に半妖の息子が誕生した。この息子がおれだ。三人でつつましくも幸せな家庭を築いていた。
けれど、毒気が霊山の方まで蔓延すると、おれたち一家の暮らす場所まで毒気がまわり始めた。強い毒気により次第におれの父は狂妖と化してしまったんだ。そして――。
……父は、母とおれを襲った。
母は父の凶行からおれを庇い死んでしまった。毒気を受けすぎた父もまた、全身から血を噴き出して亡くなった。そんな状況下にあっても、半分は人間の母の血が流れる半妖であることに加え、稀に見る強力な妖力を持っていたおれは毒気への耐性があった。そのせいか、父と母を失ったおれは一人生き残ってしまったんだ……。
そう呟いた山吹の声音が、町の雑踏に消えていく。花緒は息を呑んだ。
「半妖……。人間と妖魔の混血。そのようなことが……」
「珍しいだろう? そうは言っても、桜河だって先代の妖の王と先代の贄姫である人間の女性から生まれたんだ。だから半妖と言えなくもない。けれど、贄姫は妖の王から妖力を分け与えられているから妖魔とそう変わらない。だから厳密には桜河は半妖とは言えない。おれは純粋に烏天狗の妖魔と妖力を持たない普通の人間から生まれたんだ」
へへ、と山吹はいたずらっぽく笑う。
けれども花緒には、山吹が寂しそうに見えて仕方なかった。半妖は珍しい。そう言ったということは、『常世』で生きづらいこともあっただろう。山吹が何故辛かった生い立ちを自分に話そうとしているのか。花緒には分かった気がした。
さわさわと竹林を揺らす風の音。それを遠くに聴きながら、山吹が続ける。
「――……良い機会だから、少しだけおれの生い立ちを話してもいいかい?」
「も、もちろんです! 私でよければ、ぜひお聞かせください」
花緒は意気込んで答える。
山吹の気持ちがありがたかった。きっと彼にとって楽しい過去ではないだろう。けれども花緒が己の生い立ちを話しやすくなるよう、彼が先に話してくれようとしているのだ。
山吹は、ふっと優しく笑む。そうして彼の過去の物語を語り始めた。
***
どこから話そうか……。
おれが生まれたのは今から五百年近く前。黒姫国が暗黒期と呼ばれる時代だった。君もよく知っているだろうけれど、『現世』の人間たちが当時の妖の王に贄姫を献上せず、妖の王が錯乱。『現世』にも『常世』にも下等妖魔や狂妖が跋扈し、人間も妖魔も自分の生活を守ることに必死だった時代。そんな混乱期におれは誕生した。
妖の王の錯乱によって『常世』の統治が乱れ、魂の浄化や安寧が保たれなくなった。本来の浄化作用が逆転してしまって、転生前の魂に悪影響を及ぼし始めた。浄化ではなく穢れを生むようになってしまったんだ。そして穢れは『常世』に毒気をもたらした。
穢れた魂は他者を傷つけたり奪ったりすることに抵抗がない。上手く魂の浄化が行われなくなった転生待ちの人間たちは、強盗や山賊に堕ちてしまった。人間も妖魔も生き残ることだけで精一杯。日常的に強盗や山賊などに襲われることも珍しくなかったんだ。
そんな乱世の『常世』の霊山の一角に、おれたち烏天狗の集落があった。藁ぶきの小屋が五つ六つ寄せ集まって建っているだけのひっそりとした村でね。俗世から隔絶されていたぶん、暗黒期にあっても比較的安穏としていた。
ある日、一人の若い烏天狗の男が食料調達のために狩りに出かけた。その道中で不運にも山賊に襲われたんだ。この烏天狗の男が当時のおれの父。母と出会う前の、まだおれが生まれていなかった時の話だ。
おれの父は負傷して飛べなくなり、怪我を庇って歩いていると、霊山にひっそりと住む一人の女と出会った。この女が当時のおれの母。転生を控えて『常世』で暮らしていたごく普通の人間だった。
おれの母は、おれの父の怪我が治るまで家で匿った。そして次第に二人は恋に落ち、おれの父は母が転生するまで共に生きることを選んだ。
しかし、父が母を連れて烏天狗の集落へと戻ると、何度も山賊に襲われた経験から「人間」を嫌うようになってしまった仲間の烏天狗たちから激しく非難された。父と母は爪弾きにされてしまったんだ。そこで父と母は集落を離れ、霊山の片隅でひっそりと暮らすことにした。
やがて、父と母の間に半妖の息子が誕生した。この息子がおれだ。三人でつつましくも幸せな家庭を築いていた。
けれど、毒気が霊山の方まで蔓延すると、おれたち一家の暮らす場所まで毒気がまわり始めた。強い毒気により次第におれの父は狂妖と化してしまったんだ。そして――。
……父は、母とおれを襲った。
母は父の凶行からおれを庇い死んでしまった。毒気を受けすぎた父もまた、全身から血を噴き出して亡くなった。そんな状況下にあっても、半分は人間の母の血が流れる半妖であることに加え、稀に見る強力な妖力を持っていたおれは毒気への耐性があった。そのせいか、父と母を失ったおれは一人生き残ってしまったんだ……。

