「あらあら山吹様。いらっしゃい。今日は可愛い娘さんをお連れですね」
「そう。おれたちの大事な大事なお姫様なんだよ」
「山吹さん!」
出迎えた団子屋の女将に、山吹が冗談交じりに答えている。からかわないでください、と花緒は後方から慌てて言い添えた。女将が声を立てて笑う。
「おやおや。とても仲が良さそうじゃないかい。やっと山吹様も身を固めるつもりになったのかい?」
「彼女とはそういうのではないよ。女将さん、お団子を二串お願いね」
「あいよ」
女将が注文を取り、炭火の前に立つ店主に注文内容を伝えている。それを横目に見ながら、山吹が花緒に手招きする。彼に案内されたのは、団子屋の店先に設えられた素朴な木の長椅子だった。ここに座って町を眺めながら団子を頂けるのだろう。
『現世』で最後に町を出歩いたのは十年以上も前。『常世』においては初めてだ。花緒は知らず知らずそわそわしてしまう。
山吹がおかしそうに笑う。
「花緒ちゃん、可愛いなあ。楽しみで仕方がないって顔をしているよ」
「えっ! そ、そんな……すみません。こういったことが随分と久しぶりで、つい浮かれてしまって……」
「いいじゃないの。町に出れば誰だって浮足立つもんだよ。ほら、座って。もうすぐお団子が来るよ」
花緒や山吹と並んで長椅子に腰かける。ほどなくして女将が和紙に包まれた串団子を運んできた。ほんのりと甘そうな餡と、香ばしい匂いのする醤油の二種が入っている。出来立ての団子はなんとも美味しそうだった。
女将は「ごゆっくり」と笑顔で告げ、店の中へ去って行く。残された花緒と山吹は、道行く者達を眺めながら団子の串を手に取る。さっそく山吹が餡団子を頬張っていた。よし私もと花緒はみたらし団子を一口齧る。醤油の香ばしいタレが口の中に広がる。団子は外側が炭火でこんがりと焼かれていて、中はもちもちで柔らかい。
(こ、こんなにも美味しいお団子、食べたことがない……!)
衝撃を受けて、花緒は串に刺さっている団子をまじまじと見つめる。
山吹が笑った。
「美味しい? 花緒ちゃん」
「は、はい。その、とても……幸せです」
「……よかった。『常世』では好きなものを好きなだけ食べていいんだよ」
「……え?」
山吹の、何かを含んでいるような静かな物言い。花緒は弾かれたように顔を上げる。
――今の言葉は、一体どういう意味なのだろう。
まるで、花緒が現世で食べ物すら満足に与えられない生活を強いられていたことに気づいているかのような……。
背中に冷や汗が伝う。膝の上に乗せていた手を無意識に握りしめていた。
山吹は持っていた団子をいったん和紙に戻した。花緒に向き直る。
「気を悪くしたなら申し訳ない。君と初めて夕餉をご一緒した時、出された料理に驚いて遠慮をしていたように見えたんだ。華族のお嬢様なら見慣れたものだろう? だから、あの時から少しだけ違和感があったんだ」
「…………」
「君は年齢の割に細すぎる。肌も不健康なほどに青白い。梅さんに、屋敷に来た当初は髪もぼろぼろだったと聞いたよ。……君は、ご実家でろくな食事も与えられない悪辣な環境にいたのではないの?」
山吹の口調はあくまでも気遣うものだった。そのような状況下に置かれていながら、何もできなかった花緒を責め立てるものではない。
(……話しても、良いのかしら)
今までは、桜河に責任を感じさせまいと隠してきたけれど。今ここで自分の生い立ちについて誤魔化しては、今度は山吹に悲しい思いをさせてしまう気がした。真実を伝えるべき時なのだろうか。けれども、彼に話して大丈夫だろうか……。
花緒は緊張を和らげるため、深く息を吐き出す。そうして山吹に向き直った時。一歩速く、彼が町行く者たちを遠くに見やりながら言った。
「……ごめん。君に生い立ちを聞くのなら、せめて自分から話すべきだったね。――……実はさ、おれ、人間と妖魔の混血……半妖なんだ」
「そう。おれたちの大事な大事なお姫様なんだよ」
「山吹さん!」
出迎えた団子屋の女将に、山吹が冗談交じりに答えている。からかわないでください、と花緒は後方から慌てて言い添えた。女将が声を立てて笑う。
「おやおや。とても仲が良さそうじゃないかい。やっと山吹様も身を固めるつもりになったのかい?」
「彼女とはそういうのではないよ。女将さん、お団子を二串お願いね」
「あいよ」
女将が注文を取り、炭火の前に立つ店主に注文内容を伝えている。それを横目に見ながら、山吹が花緒に手招きする。彼に案内されたのは、団子屋の店先に設えられた素朴な木の長椅子だった。ここに座って町を眺めながら団子を頂けるのだろう。
『現世』で最後に町を出歩いたのは十年以上も前。『常世』においては初めてだ。花緒は知らず知らずそわそわしてしまう。
山吹がおかしそうに笑う。
「花緒ちゃん、可愛いなあ。楽しみで仕方がないって顔をしているよ」
「えっ! そ、そんな……すみません。こういったことが随分と久しぶりで、つい浮かれてしまって……」
「いいじゃないの。町に出れば誰だって浮足立つもんだよ。ほら、座って。もうすぐお団子が来るよ」
花緒や山吹と並んで長椅子に腰かける。ほどなくして女将が和紙に包まれた串団子を運んできた。ほんのりと甘そうな餡と、香ばしい匂いのする醤油の二種が入っている。出来立ての団子はなんとも美味しそうだった。
女将は「ごゆっくり」と笑顔で告げ、店の中へ去って行く。残された花緒と山吹は、道行く者達を眺めながら団子の串を手に取る。さっそく山吹が餡団子を頬張っていた。よし私もと花緒はみたらし団子を一口齧る。醤油の香ばしいタレが口の中に広がる。団子は外側が炭火でこんがりと焼かれていて、中はもちもちで柔らかい。
(こ、こんなにも美味しいお団子、食べたことがない……!)
衝撃を受けて、花緒は串に刺さっている団子をまじまじと見つめる。
山吹が笑った。
「美味しい? 花緒ちゃん」
「は、はい。その、とても……幸せです」
「……よかった。『常世』では好きなものを好きなだけ食べていいんだよ」
「……え?」
山吹の、何かを含んでいるような静かな物言い。花緒は弾かれたように顔を上げる。
――今の言葉は、一体どういう意味なのだろう。
まるで、花緒が現世で食べ物すら満足に与えられない生活を強いられていたことに気づいているかのような……。
背中に冷や汗が伝う。膝の上に乗せていた手を無意識に握りしめていた。
山吹は持っていた団子をいったん和紙に戻した。花緒に向き直る。
「気を悪くしたなら申し訳ない。君と初めて夕餉をご一緒した時、出された料理に驚いて遠慮をしていたように見えたんだ。華族のお嬢様なら見慣れたものだろう? だから、あの時から少しだけ違和感があったんだ」
「…………」
「君は年齢の割に細すぎる。肌も不健康なほどに青白い。梅さんに、屋敷に来た当初は髪もぼろぼろだったと聞いたよ。……君は、ご実家でろくな食事も与えられない悪辣な環境にいたのではないの?」
山吹の口調はあくまでも気遣うものだった。そのような状況下に置かれていながら、何もできなかった花緒を責め立てるものではない。
(……話しても、良いのかしら)
今までは、桜河に責任を感じさせまいと隠してきたけれど。今ここで自分の生い立ちについて誤魔化しては、今度は山吹に悲しい思いをさせてしまう気がした。真実を伝えるべき時なのだろうか。けれども、彼に話して大丈夫だろうか……。
花緒は緊張を和らげるため、深く息を吐き出す。そうして山吹に向き直った時。一歩速く、彼が町行く者たちを遠くに見やりながら言った。
「……ごめん。君に生い立ちを聞くのなら、せめて自分から話すべきだったね。――……実はさ、おれ、人間と妖魔の混血……半妖なんだ」

