黒蛇様と契りの贄姫

 その翌日から、花緒は毎日の夕餉を桜河と共に取ることになった。
 少しでも花緒に屋敷の環境に慣れて欲しいという桜河の配慮であった。
 桜河からは、この屋敷の住人となったのだから『黒蛇』ではなく桜河と名で呼ぶように許可された。初めこそ花緒は桜河を名で呼ぶことなど恐れ多くてできないと丁重に断ったが、桜河が不服そうにしていたので素直に従うことにした。初めて「桜河様」と呼んだときは、言いようのない気恥ずかしさがこみ上げてしまったものであるが、それにももうすっかり慣れた。
 そうして今宵も桜河との夕餉の時間を迎え、彼の待つ奥の間へと入室すると――花緒を出迎えたのはいつもの顔触れである桜河と梵天丸だけではなかった。見慣れない二人の男の妖魔が膳の前に腰かけていたのだ。
 てっきり桜河一人か、もしくは梵天丸が一緒にいるだけだろうと思っていた花緒。予想外の人口密度の高さにたじろいでしまう。
 二人の男は、桜河の膳を挟んで両隣に向き合って座っていた。その内の一人の男が花緒を見るなり盛大に拍手をする。

「お、噂の贄姫ちゃんのご登場か! 可愛い子じゃないの!」
山吹(やまぶき)、うるさい。花緒が困っている」

 桜河が『山吹』と呼んだ男は、名前通り山吹色のさらさらとした髪をした美丈夫だった。明るい性格を思わせる人懐こそうな瞳は若草色だ。年の頃は花緒より二つか三つ上といったところだろうか。背丈も花緒とそう変わらないだろう。山伏を思わせる修験装束を纏っている。傍らに立てかけてあるヤツデの葉を束ねた羽団扇が目を惹いた。
 入り口に立ったままの花緒に、山吹が歯を見せて快活に笑う。

「初めまして。おれは烏天狗(からすてんぐ)の山吹。花緒ちゃんって呼んでいい?」
「あ、は、はい。泉水 花緒と申します。お初にお目にかかります、山吹様」

 烏天狗は高等妖魔の一族だ。羽団扇を使い、風雨や大気を操る妖力を持つと聞く。
 花緒と山吹が自己紹介を終えたのを見計らってか、山吹の向かいの男が顔を上げる。

「山吹。馴れ馴れしくするんじゃねえ。まだ信頼できる奴かわからねえんだぞ」
「お堅いねえ、(らん)ちゃんは」

 山吹に『蘭ちゃん』と呼ばれた向かいの男は、花緒を睨むように見ている。男は朱色の長髪に、冷たい鋭さのある切れ長の目をしていた。瞳の色は紺色だ。年齢は桜河と同じくらいであろう。座していても分かるくらいに身長が高そうだ。ひょっとしたら花緒が見上げなければならないほどの長身かもしれない。何を置いても一番の特徴は、彼の頭から突き出た二本の角だ。道着を思わせる白色の衣装を、肩半分をはだけさせて着崩している。道着から覗く胸元が筋肉隆々で彼の腕っぷしの強さを伝えていた。
 山吹が肩を竦める。

「まったく、これから屋敷で一緒に生活しようって言うんだから、そんなに警戒心丸出しでどうするの。花緒ちゃん、こいつは蘭之介(らんのすけ)。鬼の一族なんだよ」
「勝手に紹介するんじゃねえ」

 蘭之介が目くじらを立てている。
 鬼といえば、高等妖魔の中でも最強と謳われる一族だ。人間の自分など赤子の手をひねるより簡単に殺されてしまうだろう。
 花緒は震え上がる。蘭之介はさすがに罰が悪そうな顔をした。

「そんなに怯えんな。採って喰ったりしねえよ」
「は、はい。蘭之介様……」

 黙って話を聞いていた桜河が、花緒に軽く手招きをする。

「花緒。二人は俺の従者だ。これから共にいることになるから、この場へ呼んでおいた。――こちらへ来てくれ。夕餉にしよう」

 桜河の招きに応えて、花緒はおそるおそる座敷へ足を踏み入れる。
 にこにこと手を振ってくる山吹と、警戒するようにこちらを睨んでいる蘭之介。
 対照的な二人とこの先上手くやっていけるだろうか。花緒は一抹の不安を感じていた。