デイリーアフターランニング

 ご婦人を無事、式場入口まで送り届け、私は、新たな乗客を求めて走り出す。しかし、坂を下り始めてしばらくすると、車を道の端に停めた。

 視線の先には、小さな人影。この辺りでは、あまり見かけない制服を身に纏った少女が、大きめの紙袋を手に、少し足を引き摺るようにして、坂を上ってくる。その姿には、見覚えがあった。

 どうするべきか少しの間逡巡したのち、私は、タクシーの料金メーターをオフにした。それから、助手席前方に設置されているグローブボックスを開けると、いざという時のために収められていた簡易救急セットを手に、車を降り、少女に向かって小走りに駆け寄った。

 突然近寄ってくる見知らぬ人に、少女は、警戒心を露わに、その場で立ちすくんでいるが、致し方ない。この場合、どのように声をかけても、相手に警戒心を持たれないようにするのは、無理なのだから。いかに、素早くその警戒心を解いてあげられるかが重要だろう。

「突然ごめんね。あの、足を怪我してるんじゃない?」
「……いえ……少し、擦りむいているだけです」
「さっき、駅で転んだ時だよね? それ以外は、痛いところないかい?」
「……」

 私の言葉に、少女は、少し体を引き気味にして、訝しそうな視線を向けた。

「ああ。ごめんね。私は、決して怪しい者じゃないんだ。さっき、キミが、駅でシルバーカーに引っかかって転んでしまった時に、助け起こした者だよ」
「ああ……」

 私の顔は覚えていなくとも、先程の状況は思い出せたのか、少女の顔から警戒の色が少し消えたような気がした。

「あの場からすぐに走り去ってしまったから、怪我は大丈夫だったかと心配していたんだ」
「あの時は、すみませんでした。急いでいたので……あの、荷物は大丈夫ですか?」

 少女は、軽く頭を下げながら、謝罪の意を口にする。

「ああ。大丈夫だったよ」
「良かった。謝らずに来てしまったこと、気になっていたんです」

 私の答えにホッとしたのか、少女は、小さく微笑んだ。

「それじゃ。急いでいるので」

 私に向かって、軽く会釈をし、その場を立ち去ろうとする少女を、私は思わず呼び止めると、手にしていた救急セットをガサゴソと漁り、絆創膏を取り出した。

「ちょっと待って。その足じゃ、歩くの大変だろ? せめて、絆創膏を……」

 絆創膏を1枚、少女に手渡しつつ、私は、何気なく尋ねる。

「その足で、一体どこまで行くんだい?」
「……この坂を上った所にある、結婚式場までです」
「えっ?」