「あ、すまない。夕飯が旨くてついつい集中して食べてしまっていた。実、今日もがんばって食べてみようか」
「えー!」
ほっぺたを膨らまして全身で抗議をする実に、ちょっと笑ってしまった。くすくすと笑っていると本多さんも空気が抜けたようにつられて笑い、実の口に優しく人参を持っていき食べさせた。
「偉いぞ、実。よくやった」
調子を取り戻した本多さんが実を褒めれば、実はえっへんと胸を張った。
「ぼく、頑張ったでしょう?」
「ああ、もちろん。頑張ってくれたから、明日もお母さんの警護を任せられるよ」
「良かった! ぼく、ちゃんとお母さんを守るために毎日目を光らせてるもんね!」
得意げに言う実に箸を置いた本多さんが頭を撫でた。ここのところ、本当に守ろうとしてくれている実を見ているから毎日がくすぐったい。
「今日はカフェーに怪しい男はいなかったか?」
「いなかったよ!」
元気よく答える実から視線を私に向けて、本当かどうかを無言で探ってくる。
「大丈夫ですよ。うちのカフェーは親切な誰かさんのお陰で、お巡りさん御用達ってうわさが立っていますからね」
「そうか。何かあればすぐに教えてくれ」
「もちろんです」
心配無用だと言ったのに、小さく微笑みながらも案じてくれる瞳の色を見せられて落ち着かない。
本多さんは私を監視する警官で出会いも最悪だったのに、こうして接していくと思いやりのある優しい人だとひしひしと感じられる。
「そうだ。急なんだが、明日からしばらくここに来られないんだ」
「えー! なんで、どうして!?」
ご機嫌な様子から急降下した実が本多さんにすがりつく。
「どうかしたんですか?」
「別の事件も担当することになってね、忙しくなりそうなんだ」
「それは大変ですね」
ということは、玉緒さんの依頼で動きやすくなるということか。
「事件!? まささんは逮捕しにいくんだね!」
不機嫌だった実は大きな瞳をキラキラさせて、本多さんを見つめた。
「そうだぞ、実。それまでお母さんを守ってくれるか?」
「もちろんだよ」
「しばらく来られないが、俺のこと、忘れるなよ」
「忘れないよ! まささん、早く解決して早くお家に来てね」
「わかった。必ず行くよ。じゃあ、指切りだ」
実にすっと差し出された大人のごつごつとした小指に、実の短くてかわいい小指が絡まる。仲の良い二人は再会の約束を楽しそうにしていた。
夕食を食べ終わった後しばらくして、実がうとうとと船をこぎ出した。
「眠そうだな、実。俺はそろそろお暇するよ」
「まささん、帰っちゃうの……?」
「ああ。明日も早いからな」
素早く身支度をした本多さんは慣れたように玄関へ向かった。見送るために、目をこする実の手を引いて彼に続いた。
「実の相手をしてくださって、ありがとうございました」
「こちらこそ。今日も旨かった」
「お粗末様でした」
そう言いながら一つ大切なことを思い出した。
「すみません本多さん。お返しする機会を逸してしまっていて申し訳なかったんですけど、お借りしていた外套をお返しします。ちゃんと汚れは落ちているので」
長らく借りっぱなしになっていた外套をいい加減返さなくては思っていたのだ。
「いや、返さなくてかまわない」
「でも」
「むしろ玄関に吊るしておいてくれ。前から気になっていたんだ。母子だけでは心配だから、男がいると分かるようにした方が良い」
それから、と言うと本多さんは私の耳元に顔を寄せた。
「ここだけの話、島村さんが巻き込まれた事件は、帝都の連続殺人事件に関わっている可能性が強くなった」
「え……」
まさか。
信じられず本多さんの顔をじっと見つめるけれど、彼は真剣な表情を崩さなかった。
「島村さんが犯人である可能性は低くなったが、逆に事件を見た者として犯人に狙われる可能性がぐっと上がった。俺以外の警官を巡回によこすが身辺気をつけるように」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
こくりと頷くけれど別れさせ屋の依頼もあり、動かないわけには行かない。面倒になったと内心で辟易とした。
「ふわあぁ」
実の大きな欠伸に張り詰めた空気が打ち破られ、私と本多さんはふふ、と小さく笑った。
「実は限界のようだな。早く寝かしてやってくれ」
「はい。そうします」
本多さんは実の頭を優しい手つきでくしゃりと撫でた。そのままその手は私へと伸びて、同じような手つきでくしゃりと髪を撫でた。ごつごつした男の人の手のひらと熱を感じて、思わず身体がかあっと熱くなる。
「島村さんも早く寝るように。俺はこれで。おやすみ」
「は、はい。おやすみなさい。お気をつけて」
戸惑いながら慌てて頭を下げて見送った。玄関の戸が閉まっているのを確認し施錠した後、
半分寝てしまっている実を連れて寝所へ行った。敷いた布団にころんと寝転がせると実はあっさりと夢の世界へ飛び立った。
「な、な、なに、今の!?」
はっと我に返り身体がふるふると震えた。彼の手の軌跡をなぞる様に自分の髪を触る。こんなことされたのは初めてだ。心臓がうるさいほど鳴り響き、両手で顔を覆った。
私、どうしちゃんたんだろう。本多さんに触れられただけなのに。
きっと耳まで真っ赤になっているに違いない。こんな時、月子お嬢様がいてくれたら相談ができたんだけど。
実の横にころりと転がってぎゅっと目をつぶれば、自分の心臓の鼓動がより鮮明になった。
「えー!」
ほっぺたを膨らまして全身で抗議をする実に、ちょっと笑ってしまった。くすくすと笑っていると本多さんも空気が抜けたようにつられて笑い、実の口に優しく人参を持っていき食べさせた。
「偉いぞ、実。よくやった」
調子を取り戻した本多さんが実を褒めれば、実はえっへんと胸を張った。
「ぼく、頑張ったでしょう?」
「ああ、もちろん。頑張ってくれたから、明日もお母さんの警護を任せられるよ」
「良かった! ぼく、ちゃんとお母さんを守るために毎日目を光らせてるもんね!」
得意げに言う実に箸を置いた本多さんが頭を撫でた。ここのところ、本当に守ろうとしてくれている実を見ているから毎日がくすぐったい。
「今日はカフェーに怪しい男はいなかったか?」
「いなかったよ!」
元気よく答える実から視線を私に向けて、本当かどうかを無言で探ってくる。
「大丈夫ですよ。うちのカフェーは親切な誰かさんのお陰で、お巡りさん御用達ってうわさが立っていますからね」
「そうか。何かあればすぐに教えてくれ」
「もちろんです」
心配無用だと言ったのに、小さく微笑みながらも案じてくれる瞳の色を見せられて落ち着かない。
本多さんは私を監視する警官で出会いも最悪だったのに、こうして接していくと思いやりのある優しい人だとひしひしと感じられる。
「そうだ。急なんだが、明日からしばらくここに来られないんだ」
「えー! なんで、どうして!?」
ご機嫌な様子から急降下した実が本多さんにすがりつく。
「どうかしたんですか?」
「別の事件も担当することになってね、忙しくなりそうなんだ」
「それは大変ですね」
ということは、玉緒さんの依頼で動きやすくなるということか。
「事件!? まささんは逮捕しにいくんだね!」
不機嫌だった実は大きな瞳をキラキラさせて、本多さんを見つめた。
「そうだぞ、実。それまでお母さんを守ってくれるか?」
「もちろんだよ」
「しばらく来られないが、俺のこと、忘れるなよ」
「忘れないよ! まささん、早く解決して早くお家に来てね」
「わかった。必ず行くよ。じゃあ、指切りだ」
実にすっと差し出された大人のごつごつとした小指に、実の短くてかわいい小指が絡まる。仲の良い二人は再会の約束を楽しそうにしていた。
夕食を食べ終わった後しばらくして、実がうとうとと船をこぎ出した。
「眠そうだな、実。俺はそろそろお暇するよ」
「まささん、帰っちゃうの……?」
「ああ。明日も早いからな」
素早く身支度をした本多さんは慣れたように玄関へ向かった。見送るために、目をこする実の手を引いて彼に続いた。
「実の相手をしてくださって、ありがとうございました」
「こちらこそ。今日も旨かった」
「お粗末様でした」
そう言いながら一つ大切なことを思い出した。
「すみません本多さん。お返しする機会を逸してしまっていて申し訳なかったんですけど、お借りしていた外套をお返しします。ちゃんと汚れは落ちているので」
長らく借りっぱなしになっていた外套をいい加減返さなくては思っていたのだ。
「いや、返さなくてかまわない」
「でも」
「むしろ玄関に吊るしておいてくれ。前から気になっていたんだ。母子だけでは心配だから、男がいると分かるようにした方が良い」
それから、と言うと本多さんは私の耳元に顔を寄せた。
「ここだけの話、島村さんが巻き込まれた事件は、帝都の連続殺人事件に関わっている可能性が強くなった」
「え……」
まさか。
信じられず本多さんの顔をじっと見つめるけれど、彼は真剣な表情を崩さなかった。
「島村さんが犯人である可能性は低くなったが、逆に事件を見た者として犯人に狙われる可能性がぐっと上がった。俺以外の警官を巡回によこすが身辺気をつけるように」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
こくりと頷くけれど別れさせ屋の依頼もあり、動かないわけには行かない。面倒になったと内心で辟易とした。
「ふわあぁ」
実の大きな欠伸に張り詰めた空気が打ち破られ、私と本多さんはふふ、と小さく笑った。
「実は限界のようだな。早く寝かしてやってくれ」
「はい。そうします」
本多さんは実の頭を優しい手つきでくしゃりと撫でた。そのままその手は私へと伸びて、同じような手つきでくしゃりと髪を撫でた。ごつごつした男の人の手のひらと熱を感じて、思わず身体がかあっと熱くなる。
「島村さんも早く寝るように。俺はこれで。おやすみ」
「は、はい。おやすみなさい。お気をつけて」
戸惑いながら慌てて頭を下げて見送った。玄関の戸が閉まっているのを確認し施錠した後、
半分寝てしまっている実を連れて寝所へ行った。敷いた布団にころんと寝転がせると実はあっさりと夢の世界へ飛び立った。
「な、な、なに、今の!?」
はっと我に返り身体がふるふると震えた。彼の手の軌跡をなぞる様に自分の髪を触る。こんなことされたのは初めてだ。心臓がうるさいほど鳴り響き、両手で顔を覆った。
私、どうしちゃんたんだろう。本多さんに触れられただけなのに。
きっと耳まで真っ赤になっているに違いない。こんな時、月子お嬢様がいてくれたら相談ができたんだけど。
実の横にころりと転がってぎゅっと目をつぶれば、自分の心臓の鼓動がより鮮明になった。


