「結果がでましたので、お伝えします」
「よろしくてよ」
許可をもらい、一度咳払いをしてから結果を切り出した。
「お客様はこれから恋のお誘いがたくさんやってきて、引く手数多の運気です」
「まあ! 子爵令嬢のわたくしであれば当然のことだわ」
頬を紅潮させて椅子にふんぞり返った。
「ただし、悪い誘いが必ずありますから、それに手を貸してはなりません。命まで危うい場合もあるでしょう」
「悪い誘いなんて。そんなの両親が守ってくれるもの」
ご両親ねぇ……詠子さん、手を焼いているって言ってなかったっけ。箱入りのご令嬢が口にしそうな言葉。月子お嬢様とは正反対だ。
「それから、もし今恋をしていらっしゃったら」
「何かしら」
次の言葉を伝えた後を想像するだけで胃がきゅっと痛んだ。でもこれは仕事だ。一呼吸をして口を開いた。
「大変申し上げにくいのですが、今の恋よりも次の恋の方が良い運気です」
「どういうことかしら」
「つまり、その……今の方とはご縁が薄いです」
テーブルがダンッと強く揺れ、珈琲の入ったカップがカチャンと音を立てた。目の前の登美子さんの華奢な拳がテーブルに触れてわなわなと震えている。やっぱり思った通りの反応だった!
「なんですって!? そんなことありえないわ。わたくしは正宗お兄様と婚約する予定なのよ。結ばれるに決まっているわ!」
「え?」
はっと息を飲んで顔が強ばった。こ、婚約? 登美子さんと本多さんが?
「あなた、ちゃんと占ってくれたのかしら。わたくしに嫉妬してそんなこと言ったのではなくて!?」
「嫉妬って」
「ああ、みっともない。正宗お兄様と近づけたと思っているんじゃなくて? 正宗お兄様はお優しいからあなたの子どもの相手をしただけで、あなたを相手にしたわけではないのよ。勘違いしないで」
矢継ぎ早に言葉を放たれ、ギロリと睨まれる。わかりやすい毒心をぶつけられて逆に頭が冷えた。
「そんなことはわかっています。これはあくまで占いの結果ですよ。参考程度になさってください。この先の未来をどうしたいのかはお客様の行動次第。占い結果をどうかお客様の幸せのために上手くお使いください」
厳しく向けられる視線を見返し、肝を据えて一歩も引かずに言いきった。星占いがサービスから無くなってもかまうもんか。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
顔を背けた登美子さんは鼻を鳴らした。
「さすが庶民のやることね。不愉快だわ」
「お嬢様、これ以上は……!」
「玉緒。わたくしに意見するの? 興覚めだわ。あなたがまた占ってもらえばいいんじゃなくて? あなた、喜んでいたじゃない。庶民同志、お似合いね」
がたりと登美子さんが立ち上がる。こちらを見下してから背を向けて店の玄関へ向かった。
「登美子お嬢様!」
「玉緒、占ってもらうまで帰って来なくていいわ」
入店した時と同じようにドアベルをけたたましく響かせながら、登美子さんは嵐のように出て行った。
店内は一瞬しんと沈黙が落ちたけれど、何事もなかったようにざわめきが戻ってきた。私も内心ほっとした。
「八重さん、すみません。嫌な思いをさせてしまって」
しゅんと肩を落とした玉緒さんがすっと頭を下げた。
「いえ、玉緒さんのせいでは……」
「あなた、北園子爵家の女中さん?」
遮るように声をかけて詠子さんが近づいてきた。玉緒さんはわずかに目を見張ると体を縮こまらせて再び頭を下げた。
「はい。森玉緒と申します。今日はお嬢様のお供で参りました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「あなたのせいじゃないわよ。大変ね、あのお嬢様のお守りは」
「いえ……お嬢様に八重さんの星占いのことを零さなければ、こんなことにはならなかったので」
「ふふ、どんな女性も占いが好きね。これでお客が増えているんだもの。私の着眼点も大したものだと思わない?」
詠子さんが茶目っ気たっぷりに片目をつぶって言うものだから、私も肩を落としていた玉緒さんもくすりと笑ってしまった。良かった、少し玉緒さんの雰囲気が柔らかくなったみたい。
「八重、玉緒さんとは知り合いなの?」
「以前星占いを受けられたんです。実にシベリアをご馳走様してくださって」
「あら、そんなこともあったわね」
「その節はありがとうございました」
実のお世話までしてもらって助かった時の事を再び感謝すると、玉緒さんが慌てて手を横に振る。
「とんでもない。あの時、八重さんには勇気づけてもらったから。……そうだわ」
そう言ったきり、玉緒さんが黙り込んだ。どうしたのかしら。玉緒さんはうろうろと視線をさ迷わせた後、何かを決めたように軽く頷いて私たちをじっと見た。
「急ですけど……雪江さんから聞いたんですが、星占いを依頼することはできますか?」
突然の依頼に、私と詠子さんは顔を見合わせた。
「よろしくてよ」
許可をもらい、一度咳払いをしてから結果を切り出した。
「お客様はこれから恋のお誘いがたくさんやってきて、引く手数多の運気です」
「まあ! 子爵令嬢のわたくしであれば当然のことだわ」
頬を紅潮させて椅子にふんぞり返った。
「ただし、悪い誘いが必ずありますから、それに手を貸してはなりません。命まで危うい場合もあるでしょう」
「悪い誘いなんて。そんなの両親が守ってくれるもの」
ご両親ねぇ……詠子さん、手を焼いているって言ってなかったっけ。箱入りのご令嬢が口にしそうな言葉。月子お嬢様とは正反対だ。
「それから、もし今恋をしていらっしゃったら」
「何かしら」
次の言葉を伝えた後を想像するだけで胃がきゅっと痛んだ。でもこれは仕事だ。一呼吸をして口を開いた。
「大変申し上げにくいのですが、今の恋よりも次の恋の方が良い運気です」
「どういうことかしら」
「つまり、その……今の方とはご縁が薄いです」
テーブルがダンッと強く揺れ、珈琲の入ったカップがカチャンと音を立てた。目の前の登美子さんの華奢な拳がテーブルに触れてわなわなと震えている。やっぱり思った通りの反応だった!
「なんですって!? そんなことありえないわ。わたくしは正宗お兄様と婚約する予定なのよ。結ばれるに決まっているわ!」
「え?」
はっと息を飲んで顔が強ばった。こ、婚約? 登美子さんと本多さんが?
「あなた、ちゃんと占ってくれたのかしら。わたくしに嫉妬してそんなこと言ったのではなくて!?」
「嫉妬って」
「ああ、みっともない。正宗お兄様と近づけたと思っているんじゃなくて? 正宗お兄様はお優しいからあなたの子どもの相手をしただけで、あなたを相手にしたわけではないのよ。勘違いしないで」
矢継ぎ早に言葉を放たれ、ギロリと睨まれる。わかりやすい毒心をぶつけられて逆に頭が冷えた。
「そんなことはわかっています。これはあくまで占いの結果ですよ。参考程度になさってください。この先の未来をどうしたいのかはお客様の行動次第。占い結果をどうかお客様の幸せのために上手くお使いください」
厳しく向けられる視線を見返し、肝を据えて一歩も引かずに言いきった。星占いがサービスから無くなってもかまうもんか。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
顔を背けた登美子さんは鼻を鳴らした。
「さすが庶民のやることね。不愉快だわ」
「お嬢様、これ以上は……!」
「玉緒。わたくしに意見するの? 興覚めだわ。あなたがまた占ってもらえばいいんじゃなくて? あなた、喜んでいたじゃない。庶民同志、お似合いね」
がたりと登美子さんが立ち上がる。こちらを見下してから背を向けて店の玄関へ向かった。
「登美子お嬢様!」
「玉緒、占ってもらうまで帰って来なくていいわ」
入店した時と同じようにドアベルをけたたましく響かせながら、登美子さんは嵐のように出て行った。
店内は一瞬しんと沈黙が落ちたけれど、何事もなかったようにざわめきが戻ってきた。私も内心ほっとした。
「八重さん、すみません。嫌な思いをさせてしまって」
しゅんと肩を落とした玉緒さんがすっと頭を下げた。
「いえ、玉緒さんのせいでは……」
「あなた、北園子爵家の女中さん?」
遮るように声をかけて詠子さんが近づいてきた。玉緒さんはわずかに目を見張ると体を縮こまらせて再び頭を下げた。
「はい。森玉緒と申します。今日はお嬢様のお供で参りました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「あなたのせいじゃないわよ。大変ね、あのお嬢様のお守りは」
「いえ……お嬢様に八重さんの星占いのことを零さなければ、こんなことにはならなかったので」
「ふふ、どんな女性も占いが好きね。これでお客が増えているんだもの。私の着眼点も大したものだと思わない?」
詠子さんが茶目っ気たっぷりに片目をつぶって言うものだから、私も肩を落としていた玉緒さんもくすりと笑ってしまった。良かった、少し玉緒さんの雰囲気が柔らかくなったみたい。
「八重、玉緒さんとは知り合いなの?」
「以前星占いを受けられたんです。実にシベリアをご馳走様してくださって」
「あら、そんなこともあったわね」
「その節はありがとうございました」
実のお世話までしてもらって助かった時の事を再び感謝すると、玉緒さんが慌てて手を横に振る。
「とんでもない。あの時、八重さんには勇気づけてもらったから。……そうだわ」
そう言ったきり、玉緒さんが黙り込んだ。どうしたのかしら。玉緒さんはうろうろと視線をさ迷わせた後、何かを決めたように軽く頷いて私たちをじっと見た。
「急ですけど……雪江さんから聞いたんですが、星占いを依頼することはできますか?」
突然の依頼に、私と詠子さんは顔を見合わせた。


