「本多さん、お願いがあるんですけど」
「お願い? どうした」
こくりと小さく息を飲み、本多さんの顔色を伺いながら口を開いた。
「監……じゃなくて警護のことなんですけど、カフェー以外でお願いできませんか?」
「……それは俺がカフェーに行くと迷惑とでもいうのか」
「え?」
地を這うような低い声とかたりと箸を置いた音が、耳の奥でやけに響いた。もしかして、まずかったのかな……。
「まささん?」
実がきょとんと不思議そうな顔をしてじっと見つめる。そんな実に気がついたのか、本多さんがはっとした表情を見せた。
「いや……仕事のためにカフェーに行っているのはわかっているんだが、実と話すがのが楽しくてな」
「ぼくも楽しい!」
「一緒だな、実。警官なんてものをやっていると殺伐としているから、カフェーで和ませてもらっているんだ」
「和む……女性客、いっぱいいますけど」
「視線は勘弁してほしいんだが、できればこれからも行かせてもらえないかと」
こちらを伺うような綺麗な形の瞳の上目遣いが目に入る。ぎゅんと心臓が動いた。
この人、女性は苦手だけど自分の容姿の使い方をよく知っているじゃない。こんなの店で披露したら女性客が色めき立って仕方がないだろう。でも、ちゃんと言わないと。
「実のことをかわいがっていただけてうれしいです。ただ、今日うちの店で実が本多さんの隠し子じゃないかってうわさにしていた人たちがいて。本多さんはその、目立つじゃないですか。実をうわさの的にしたくないんです」
「そうだったのか。すまない、まさかそんなことが。だったら……」
息を飲んだ本多さんが眉を顰めて視線を背けた。
「え、まささん、来てくれないの!?」
がたりと小さな体が勢いよく立ち上がり、ほっぺたをこれでもかと膨らませた。
「そんなのやだ! そうだ、今日みたいにぼくの家に来てよ、まささん。そうしたら毎晩遊べるよ! いいでしょう、お母さん」
小さな手が私の着物を掴んでぐいぐいと引っ張った。実の手は少し震えていて、安心させるようにぽんぽんと優しくたたいた。
「いや、しかし」
「もしよければ。私もそう言おうと思っていました」
「え?」
「カフェーじゃなくてうちの家に来てもらえないかって。夜になっちゃうんですけど実がうわさの的にならずに済むし、警護するなら母子だけだし夜の方が安心かなって」
私が仕事中に思いついた案はこれしかなかった。きっと監視はやめられないだろし、だからといって本多さんと一緒にいる実をうわさの的にしたくない。そんな折衷案だ。
本多さんを伺うとぽかんとした表情をしていた。そんな気の抜けた表情もできるんだ。
「いいのか? 俺はかまわないが」
「お願いできますか?」
「もちろん。俺に異論はないよ」
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。すまない、気を遣ってもらって」
こちらが頭を下げれば本多さんも同時に頭を下げていた。
「やったー! まささんこれからぼくの家に来てくれるんだね!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねた実は大きな瞳をキラキラと輝かせる。ご飯中よ、と窘めるけれど全く聞く耳をもたない。だけど、何かに気がついたのかぴたりと止まった。
「あ! まささん、ご飯も一緒に食べるんだよね?」
「え?」
「え?」
本多さんと疑問の声が重なった。え、そうか。こうなると夕飯を出さないわけにはいかないわね。これは迷惑になってしまうのでは……。
「夕飯か……もしよければ夕飯代はこちらで持つから、夕飯をお願いできないだろうか?」
「お夕飯をですか!? 私の料理なんて粗末なものですよ?」
「何を言っているんだ。十分に美味しかったし、君の作った味噌汁を毎日飲みたい」
はあ!? と目を丸くして固まった。本多さん、とんでもない台詞を言っていることに気がついているのだろうか!?
他意はない、他意はないとわかっているけれど。男前が一般女子にそんな台詞を言っちゃだめだって。子持ちの私だったから良かったものの。
「お母さん、いいよね?」
「本多さん、今日のように仕事終わりになって少し遅いですが、それでよければ」
「十分だ。本当に助かるよ、島村さん。ありがとう」
本多さんが目を細めて柔らかく微笑むだなんて思わなくて。心臓の奥底でとくんと小さく何かが芽吹いた音がした。
「さ、さあ。片づけますね」
ごまかすように立ち上がる。さっさと卓袱台の食器を片付けてしまおう。気がついてはいけないことに気がつきそう。
「お母さん、ごちそうさましてないよ?」
「あ、そうだった」
実に窘められて慌てて座り直す。実の号令で手を合わせた。
「ごちそうさまでした!」
合わさった三人の声は居間いっぱいに広がった。ちらりと本多さんを見ればくすくすと笑い表情を緩ませていた。
「お願い? どうした」
こくりと小さく息を飲み、本多さんの顔色を伺いながら口を開いた。
「監……じゃなくて警護のことなんですけど、カフェー以外でお願いできませんか?」
「……それは俺がカフェーに行くと迷惑とでもいうのか」
「え?」
地を這うような低い声とかたりと箸を置いた音が、耳の奥でやけに響いた。もしかして、まずかったのかな……。
「まささん?」
実がきょとんと不思議そうな顔をしてじっと見つめる。そんな実に気がついたのか、本多さんがはっとした表情を見せた。
「いや……仕事のためにカフェーに行っているのはわかっているんだが、実と話すがのが楽しくてな」
「ぼくも楽しい!」
「一緒だな、実。警官なんてものをやっていると殺伐としているから、カフェーで和ませてもらっているんだ」
「和む……女性客、いっぱいいますけど」
「視線は勘弁してほしいんだが、できればこれからも行かせてもらえないかと」
こちらを伺うような綺麗な形の瞳の上目遣いが目に入る。ぎゅんと心臓が動いた。
この人、女性は苦手だけど自分の容姿の使い方をよく知っているじゃない。こんなの店で披露したら女性客が色めき立って仕方がないだろう。でも、ちゃんと言わないと。
「実のことをかわいがっていただけてうれしいです。ただ、今日うちの店で実が本多さんの隠し子じゃないかってうわさにしていた人たちがいて。本多さんはその、目立つじゃないですか。実をうわさの的にしたくないんです」
「そうだったのか。すまない、まさかそんなことが。だったら……」
息を飲んだ本多さんが眉を顰めて視線を背けた。
「え、まささん、来てくれないの!?」
がたりと小さな体が勢いよく立ち上がり、ほっぺたをこれでもかと膨らませた。
「そんなのやだ! そうだ、今日みたいにぼくの家に来てよ、まささん。そうしたら毎晩遊べるよ! いいでしょう、お母さん」
小さな手が私の着物を掴んでぐいぐいと引っ張った。実の手は少し震えていて、安心させるようにぽんぽんと優しくたたいた。
「いや、しかし」
「もしよければ。私もそう言おうと思っていました」
「え?」
「カフェーじゃなくてうちの家に来てもらえないかって。夜になっちゃうんですけど実がうわさの的にならずに済むし、警護するなら母子だけだし夜の方が安心かなって」
私が仕事中に思いついた案はこれしかなかった。きっと監視はやめられないだろし、だからといって本多さんと一緒にいる実をうわさの的にしたくない。そんな折衷案だ。
本多さんを伺うとぽかんとした表情をしていた。そんな気の抜けた表情もできるんだ。
「いいのか? 俺はかまわないが」
「お願いできますか?」
「もちろん。俺に異論はないよ」
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。すまない、気を遣ってもらって」
こちらが頭を下げれば本多さんも同時に頭を下げていた。
「やったー! まささんこれからぼくの家に来てくれるんだね!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねた実は大きな瞳をキラキラと輝かせる。ご飯中よ、と窘めるけれど全く聞く耳をもたない。だけど、何かに気がついたのかぴたりと止まった。
「あ! まささん、ご飯も一緒に食べるんだよね?」
「え?」
「え?」
本多さんと疑問の声が重なった。え、そうか。こうなると夕飯を出さないわけにはいかないわね。これは迷惑になってしまうのでは……。
「夕飯か……もしよければ夕飯代はこちらで持つから、夕飯をお願いできないだろうか?」
「お夕飯をですか!? 私の料理なんて粗末なものですよ?」
「何を言っているんだ。十分に美味しかったし、君の作った味噌汁を毎日飲みたい」
はあ!? と目を丸くして固まった。本多さん、とんでもない台詞を言っていることに気がついているのだろうか!?
他意はない、他意はないとわかっているけれど。男前が一般女子にそんな台詞を言っちゃだめだって。子持ちの私だったから良かったものの。
「お母さん、いいよね?」
「本多さん、今日のように仕事終わりになって少し遅いですが、それでよければ」
「十分だ。本当に助かるよ、島村さん。ありがとう」
本多さんが目を細めて柔らかく微笑むだなんて思わなくて。心臓の奥底でとくんと小さく何かが芽吹いた音がした。
「さ、さあ。片づけますね」
ごまかすように立ち上がる。さっさと卓袱台の食器を片付けてしまおう。気がついてはいけないことに気がつきそう。
「お母さん、ごちそうさましてないよ?」
「あ、そうだった」
実に窘められて慌てて座り直す。実の号令で手を合わせた。
「ごちそうさまでした!」
合わさった三人の声は居間いっぱいに広がった。ちらりと本多さんを見ればくすくすと笑い表情を緩ませていた。


