警護という名の監視とその監視員の本多さんと実の交流。そんな不思議な状況が毎日続く中、少し違う状況が起きた。

 「うれしい、彼が振り向いてくれそうだなんて!」
 「私の出会いはまだ先なんですって。早く素敵な恋愛がしたいわ」

 女給の仕事の合間に星占いの仕事もこなす。今日は職業婦人と思われる二人組の女性客を占ったところだ。一人は頬を紅潮させて、もう一人は少しばかり溜息をこぼして。
 星占いの結果は人それぞれだ。当然、良い結果の時もあれば悪い時もある。眉を下げて控えめに笑いかけながらも釘を刺すことも忘れない。

 「これは星占いの結果ですので、参考程度にしてくださいね」

 ありがとうございます、と感謝の言葉をもらい、頭を下げて厨房に足を向けた。

 「お母さん!」

 自分を呼ぶ声が天井に跳ね返ったなと思ったとたん、腰にドンッと強い衝撃を受けたたらを踏んだ。腰にずきんとした痛みが走りさすりながら振り向けば、期待を裏切らない小さな体。

 「痛っ……こら、実! お母さん、仕事中って」
 「お巡りさんは!?」
 「え?」
 「お巡りさんはまだ!?」

 私の着物をぎゅっと握り、眉間を顰めて私を見上げる。どうしたのか。今日はやけにこだわっているなぁ。

 「まだ見かけてないけど。今日は忙しいんじゃないかな」
 「え、来てないの!? 約束してたのに!」
 「約束?」

 何のことだかさっぱりわからない。きょとんとして実を見ていると、じわじわと瞳が潤み始めた。え、泣くほどのことなの!? ど、どうしよう。話を聞かなきゃ。でも店の中ではまずい。

 「実。一旦奥の部屋へ戻……」
 「すまない。遅くなった」

 カランコロンとドアベルが鳴ったと同時に、中折れ帽を脱ぎながら息を切らした本多さんがやってきた。
 あれ、いつもの制服姿じゃない。焦茶色の袴に流行りの外套を纏った私服姿に目を奪われる。珍しいその姿は彼の凛々しさを一層引き立てていて、いつも黄色い声を上げる女性客たちまでもが言葉を無くして息を飲んでいた。

 「あ、お巡りさん!」

 唯一いつも通りだったのは実だけ。本多さんの姿を認めると一目散に駆け出した。

 「実。待たせたな」
 「やっと来てくれた。来ないのかと思った!」
 「それはない。約束だったからな」

 飛び込んできた実を片手で軽々と抱き上げた。初めての視線の高さに実はうきうきと顔を輝かせたけれど、反対に私はあわわ、と狼狽えて青ざめた。お高そうな服が汚れてしまったらと思うと……!

 「本多さん、いらっしゃいませ。すみません、実を降ろしてもらえませんか? 服を汚してしまったら申し訳なくて」

 慌てて駆け寄りお願いしたけれど、ぷっくりとほっぺたを膨らませた実に気づいた本多さんが優しく眉尻を下げた。

 「大丈夫だ。実がこの高さを楽しんでいるようだし」
 「そうは言っても……」

 実を見ると降りないよと言わんばかりに私を睨んでいる。わがままか。

 「気にすることはない。それよりもすまないが、実と外へ出かけてもいいだろうか」
 「それですけど、実と何か約束してくださっていたんですか? 仕事があるんじゃ……」
 「いや、今日は非番だ。それで実とこの街を散歩しようと以前から約束していてね。だが、職場に顔を出さなくてはならなかったから遅れてしまって」
 「遅かったよ」
 「すまないな」

 友達同士のような気安さで二人は会話を交わす。いつの間に仲良くなったんだか。
 今日は非番なのか、とぽろりと零すと、本多さんが今日の担当は早川だ、と小さく教えてくれた。担当替えとは珍しい。
 非番であれば迷惑ではないだろうし、実をお願いしても大丈夫だろう。

 「早く行こうよー」
 「わかった。かまわないか?」
 「はい。かまいません。実をお願いします」
 「ああ、任せてくれ」

 私が許可を出したことで、実は一気に頬も口もぐいっと上がって笑顔になる。

 「実、降りて。上着を着よう。お出かけするんでしょう?」
 「うん!」

 実はあっさり本多さんから降りてきた。よし、これで私の心配はなくなった。急いで奥の部屋から小さな外套を持ち出して着せる。これで体は冷えないはず。

 「お母さん、もう行ってもいい?」
 「いいよ」
 「やった。お巡りさん、行こう!」
 「ああ。実は君の勤務が終わる頃に必ず送り届けるから」
 「はい。すみませんがよろしくお願いします」

 頭を下げて見送ると再びカランコロンとドアベルが鳴り、二人は手をつないで出発した。
 本多さんと出かけるまでに仲良くなるとは。実の社交性には恐れ入る。私としては想定外のことでびっくりしたけど。