大正執愛譚~復讐に燃える子持ち女給は華族警官に執着される~

 私より四つ年上の月子お嬢様に仕える日々はきらきらと煌めいていて、それはもう楽しかった。お嬢様の「友達になって」の宣言通り、歳の近いお嬢様と私は友達のように仲良くなっていった。
 お嬢様は寝込む日もあるけれど、好奇心が旺盛で色んな事に興味を持っていた。帝都で噂になっている星占いもそうで、わざわざ帝都から取り寄せた教本を、二人で一緒に頭を突き合わせて学んで、互いに占いをし合った。
 それから、お嬢様は療養中だとしても別荘で黒川侯爵家主催のパーティーがあれば、令嬢のもてなしとしてピアノを演奏する。演奏はお好きでもお稽古はあまりお好きではないから、時折一緒にさぼることもある。
 その時は、お嬢様にいつまでも健康でいて欲しいから、一緒に海辺まで散歩したり、こっそり乗合馬車に乗って逗子の駅舎まで行ったりして体を動かす。そんなことをすれば二人して蕗さんに叱られるけれど、こっそり心の内で舌を出すのも一緒だ。


 「八重。私の体はね、強くないの。だから帝都の本邸ではなく葉山の別荘にいるの」

 ある日、窓辺でお茶の時間を楽しまれているお嬢様が、ぽつりと言葉を零した。

 「お嬢様。旦那様にも奥様にも会えないのは寂しくないですか?」

 私と違って両親は健在だ。けれども、お嬢様はこの葉山の別荘にひっそりと暮らしている。
 会いたい、って思わないのかな。
 お茶うけにとチョコレートを三つ乗せた白磁の皿を、テーブルへ差し出しながら思った。

 「まあ、チョコレート! わたくし、大好きなの」
 「黒川家の贈り物として、帝都から届いたんです」
 「ん! 美味しい。八重も食べて」
 「え、私もですか!?」
 「この喜びを分かち合いたいじゃない」

 嬉しそうに頬張るお嬢様からお皿を差し出されて、その顔を伺いながら手を伸ばした。丸いころんとしたチョコレートをつまみ、ぱくりと食べた。

 「お、美味しい!」

 流石、帝都の高級チョコレート。舌に甘さが溶けていく。これは庶民で女中の私が食べて良いものじゃない。

 「こうやって八重が一緒にいてくれるから、寂しくないわ」

 きょとんとしてお嬢様を見れば、くすりと笑われた。

 「さっきの話よ。お父様もお母様も、体の弱いわたくしに興味なんてないわ。ここに来るのはパーティーの時だけ。でもね、八重。あなたが傍にいるから、わたくしは楽しいの!」

 柔らかく目を細めてお嬢様は声を弾ませた。その声は私の一等大事な胸の内を掬いあげ、ぎゅっと熱く抱きしめた。

 「わ、私も! お嬢様と一緒にいて楽しいです!」

 気が付けば、天井に跳ね返るくらい大きな声が口から出た。は、恥ずかしい。慌てて口を手でふさぎ、ちらりとお嬢様を見るとくすくすと微笑んでいた。

 「ふふ、わたくしと八重は一緒ね。……そうだわ」

 かたりと立ち上がったお嬢様は、傍にある洋風の箪笥へと近づき、引き出しから小箱を取り出した。

 「八重。これを見て」

 お嬢様は小箱をぱかりと開けると、私に差し出してきた。

 「これは? きれい……」

 覗き込んで見ると、小箱の中にはきらりと光る銀色のペンダントが入っていた。庶民が買えるはずもない明らかに高価なもの。

 「これはロケットペンダントよ。八重に贈るわ。わたくしとお揃いなの」
 「へ!? これを!?」

 びくんと肩が跳ね上がって固まった。こ、こんな高価なものを!? 固まっていることをいいことに、お嬢様は私に小箱を押し付けた。

 「八重、わたくしとお揃いは嫌なの?」

 眉をハの字に下げて小首を傾げたお嬢様の姿に、ちくちくと罪悪感が苛まれた。
 お嬢様は身につけていたペンダントを少し持ち上げて、私に見えるようにゆらゆらと揺らした。揺れるペンダントは光を反射させて、きらきらと辺りに光をまき散らす。

 「い、嫌じゃないです。でも、こんな高価なもの……」
 「わたくし、八重とお揃いのものが欲しかったの」

 柔らかく口元をほころばせるお嬢様の表情は、私の胸の奥を明るく照らし、奥底の望みを浮き上がらせる。

 「お嬢様とお揃いだなんて、うれしい」

 唇がムズムズして口角が上がるのを抑えきれなかった。この人と何か繋がりが欲しかったのは私の方。

 「これはロケットペンダントだから、わたくしは薬を入れているのだけど、八重も何かいれてみたらいいわ」

 お嬢様がロケットの部分をぱかりと開けると、確かに薬が入っていた。緊急時に使用できるようにしているそれだ。
 私は何をいれようか。考えるとわくわくする。お嬢様からもらった小箱へ、胸の内に生まれた熱をいれるようにぎゅっと握った。

 「ありがとうございます。お嬢様」
 「どういたしまして。ふふ、なんだかわたくしたち、姉妹みたいね!」

 お嬢様の月のような柔らかな微笑みは、私の心を溺れるほどに優しさで満たした。
 ずっとお嬢様と一緒に生きていたい。ずっとお嬢様の笑顔を見ていたい。
 それはお父さんを失った私が、心から望んだことだった。