家出JK『お嬢様』を助けてお菓子をあげたら懐かれた

「やっぱりマジで姉ちゃんだったんだ……」
「久しぶりだね、とうくん」

 ドアを開けると刀真の予想通り、姉の姿がそこにある。再会に驚きや久しぶりの気まずさ、それ以内の様々な感情が混ざったものが溢れ出した。そのせいで、どんな顔をしていいかわからず、目を合わせられない。

「ええと……」

 後ろからは心配そうにして付いてきた鏡花が様子を伺っている。

 無言のままとはいかず、とりあえず鏡花について何か話そうと口を開こうとすると。

「あいだがっだよー!」
「うわぁ!?」

 涙声で叫んだ茜に抱きつかれる。それはかなりの強さで彼女の体温と熱量がダイレクトに伝わってくる。精神的にも物理的にも息苦しかった。

「く、苦しい……」
「ご、ごめん。つい嬉しくて」

 ふっと力が緩んで解放されるも、抱きしめられた感覚はしばらく残っていた。

 ひとまず挨拶はそれで終わり、刀真は気になっていたことを尋ねる。

「姉ちゃんお手伝いさん、してるんだ」

 茜はまだ目に溜まっていた涙を、ポケットから出したハンカチで拭く。

「うん、そうなの。お父さんの紹介で大学生の頃からバイトで働かせてもらってて、そのまま正式に雇ってもらったんだ」
「私のお父さんと茜さんのお父さんが知り合いで。お父さん、仕事であまり家にいられないから、お手伝いさんを欲しがってて。近い年代で安心だからって茜さんに。だから中学生の頃からお世話になってるの」

 両親は刀真の高校時代に離婚しており、刀真は母親に引き取られ茜は父親に引き取られて、離れ離れになってからはお互いにほとんど連絡を取り合っておらず、姉の状況はまるで把握していなかった。

「何か、凄い大人って感じする」
「あはは、そうでもないよー。社会人になってまだまだだし、心はまだ子どものままだしね」

 そう謙遜するが、刀真からして見ればやはり大人に見えていた。しばらく離れてからのため、よりそう感じるのだろう。

「あたしからすればとうくんこそ、大人になったんだなぁって思ったよ」
「別にそんな事は……」

 刀真は成人の年齢になったら大人になったと思えると考えていたが、それは訪れないままだった。

「顔つきも高くなった背もそうだし。それと」

 茜は刀真から後ろにいる鏡花に視線を移すと。

「未成年の困ってる子を助けてる。それってとっても大人。成長した弟を見れてお姉ちゃんとして凄く誇らしいよ」

 年上の姉の顔をして微笑んで頭を撫でてくる。素直にそれを受け入れるのは恥ずかしく、すぐにその手から逃げた。

「それと、鏡花ちゃんのお手伝いさんとして、彼女を保護してくれてありがとうございました」

 姉から仕事の顔になり今度はそう頭を下げてくる。

「い、いや……大した事じゃないし、というか頭上げて」
「うん。でも本当にありがとね、とうくん」

 すぐに身内としての態度に戻り安心する。昔から姉の距離感には鬱陶しいと思っていたが、いざ他人のように振る舞われると寂しさを感じていた。そしてそんな自分を刀真は嫌悪した。

「鏡花ちゃんは大丈夫? 体とか冷やしてない?」
「ええ。お兄さんがシャワーや服を貸してくれたから。それにお菓子とかもくれて」
「そっか。……安心したよぉ!」
「わ、私も!?」

 今度は鏡花を抱きしめる。そうされている彼女は困ったようにしながらも嬉しさがにじみ出ていた。刀真はそれを見るとそんな表情はできないなと心で呟いた。

「ずっと玄関だとあれだし、とりあえず上がる?」
「そうだね、じゃあ少しお邪魔しちゃおうかな」

 茜は部屋に入ると、弟の部屋を興味深そうにキョロキョロと見回す。どんな生活をしているのか心配する親のように。

「か、片付いてる……足の踏み場もある……」

 茜は部屋の隅々を確認し終えると、信じられないものを見たように口をパクパクさせる。

「そんな驚く?」
「だって、昔は結構散らかってたじゃん物に溢れてたというか」
「まぁ、そうだけど」

 姉と暮らしていた時の刀真の部屋は床に空のペットボトルや着替え、沢山の物が転がっていてよく姉に片付けられていた。

「昔みたいに片付けようと思ったんだけどなー」
「綺麗なのに残念そうにしないでよ」
「茜さんのお世話好きってお兄さんの影響だったんだ」
「そうなの! 昔のとうくんは甘えん坊でね、目が離せない子で」
「は、恥ずかしいから、止めてよ!」

 過去の刀真を話す茜はとても嬉しそうで、それを聞いた鏡花も微笑ましそうな表情を浮かべる。

「って、これとうくんの入学写真だ! それに懐かしいものもいっぱい!」

 今度はこの部屋にある数少ない物の一つである刀真の入学写真や教科書、裁縫セットに飛びつく。

「うわぁ懐かしい……ちゃんと残してるんだ。ね、ねぇこれ撮っていい?」
「いいけど、そんなのいる?」
「だって、弟の成長の証だよ? 姉として持っておきたいもん」
「えぇ」
「茜さん、お兄さんのこと好きすぎでしょ」

 刀真はもちろんの事、鏡花までもがスマホでパシャパシャ撮る茜に引いていた。

「って、そういえば鏡花ちゃんが着てるのってとうくんのジャージ!」
「今気づくんだ」

 瞳を輝かせて今度は鏡花にカメラを向ける。

「あんまりとうくんの高校姿は見られなかったからね。レアだし、それを鏡花ちゃんが……一枚だけ良いかな?」
「い、嫌……恥ずかしい」
「お願い! 個人的に楽しむだけだからっ!」
「もっと嫌になったんだけど……茜さんのたのみだしか、一枚だけなら」
「やったぁ!」

 そのはしゃぎようは、どちらが大人で子供なのかわからない。そしてそんな昔から変わらない姉の姿は、酷く眩しさを覚えて目を細めた。

「よしっ。それじゃあ本題にいかないとね」

 写真を一枚撮り終えると暴走していたテンションは落ち着く。

 それから三人は机を囲んで座る。意外な事に茜は刀真の隣に行くことはせず、鏡花の横に。そして真面目な大人びた顔つきになると。

「改めて、鏡花ちゃんを保護して頂きありがとうございました」
「い、いやそんな……」

 電話口から聞こえてきた声や今の姿を見ると、やはり社会人で大人なのだとはっきりと理解させられた。

「じゃあ鏡花ちゃん、家出の理由、聞いてもいいかな?」
「……」

 今度は鏡花に向き直り文字通りお姉さんのように優しく語りかける。

「お父さんには言わないでね」
「もちろんだよ。約束する」

 それを受けて、最初は固く口を閉ざすが、急かすでもなく諦めてもない茜の態度に、緩んだ。

「お父さん、普段はあんまり私に関わってこないくせして、口うるさいし縛ってくるから嫌になったの。……何言っても駄目って言ってくるし、私の意志なんてどうでもいいと思ってるんだ」

 思い出していくと、どんどん抵抗がなくなっていったのか、鏡花の口から言葉が溢れてくる。

「私は、お父さんに愛させれてないのよ」

 そして最後には決定的な苦しみが吐き出された。それにかなりの力を使ったようで話し終えると呼吸が荒くなっていた。

 それを静かに見守るように聞いていた茜は、鏡花の両手を優しく包みこんで。

「そうだったんだね……。ごめんね、もっと早く鏡花ちゃんの気持ちに気づいてあげられた良かったのに」
「……っ」
「仕事に忙しいお父さんの代わりになれればって思ってたんだけど、駄目だったみたいだね。ごめんね、寂しい思いさせちゃって」
「あ、謝らないでよ、茜さんは悪くないんだから。それに……茜さんはお父さんの代わりじゃないもん。茜さんは茜さんで、私のお姉さんで……」
「そんな風に思っててくれたんだね。あたしも、妹みたいな気持ちだよ」
「……」

 刀真は二人のやり取りを傍観していて、理想的な姉妹に見えて、そして自分と姉の過去を思い出し、彼女達が本当の家族だったら良かったのにと、そう思わずにはいられなかった。

「鏡花ちゃんの気持ちはよく分かりました」

 鏡花の感情が落ち着いてきた頃に、茜はそう切り出すと。

「お父さんに少しの間、鏡花ちゃんが家を離れるって伝えるよ。もちろん、家出の理由は全部言わないけどね」
「いいの? 茜さんお父さんに怒られない? 」
「だいじょぶ、だいじょぶ。ジャージ姿を撮らせてくれたお礼と思って。あたしも様子見て報告するって方向にするし。それに、信頼できる家族に預けるって言えば、オーケーしてくれるよ」

 茜は軽く刀真へ向けてウインクする。

「お兄さんは、いいの?」

 軽く保護するくらいの状況から一変しているものの、ここまで話が進んで断れるほど刀真の心は強くなかった。

「ま、保護者の許可があるなら構わないけど」
「ありがとう、とうくん! あたしもしっかりとサポートするから。負担はかけないよ」

 逆に姉が来ると疲れそうだと思いつつもそれは言葉にしなかった。

「……やっぱり茜さんもお兄さんも変。やっぱり姉弟ね」

 鏡花は呆れたようでもあり、それでいて嬉しさも含んだような苦笑をした。

「えへへ、そうだよ!」
「……」

 嬉しそうにする姉と対照的に刀真の内心はどうしても拒否感があった。やはり、しばらく距離が離れていたとしても、姉を好きになれそうになかった。

「これで毎日とうくんに会えるぞー!」
「茜さん、あたしの家出に協力してくれるのそれが目的じゃないよね」

 刀真としては不穏な一言が聞こえ勘弁して欲しいと願った。しかしながら結局、茜の言う通りになり、そうしてその日から、鏡花との同居と毎日家に通ってくる茜との生活が始まりを告げた。