家出JK『お嬢様』を助けてお菓子をあげたら懐かれた

 茜に案内されたのは一階のリビングだった。玄関からすぐなので、すぐに父の姿が見えてきて、一気に身も心も引き締まった。

「お父さんに席を外すよう言われてるから、あたしはここまでなんだ」
「わかったわ」

 少し心細くなるが二人きりの方が話しやすさもあった。茜は軽く手を振って二階に上がっていった。そして一人で鏡花は部屋の中へ。

 部屋の真ん中に刀真の家にあるものとは一回りも大きい机に黒い椅子があり、こちら側を向いて父親は座っていて、すぐに目が合う。

「……そこにかけてくれ」

 相変わらず仏頂面で何を考えているかわからない。声音も無機質で感情を汲み取る事も出来なかった。鏡花は素直に父の対面にある椅子に腰掛けた。

 広めの机を挟んで向き合う。刀真とも同じような形で座っているものの、向こうの至近距離に慣れていた事で一層届く感じ、心の距離を表しているようでもあった。

「……」
「……」

 沈黙が流れる。気まずさが重々しくのしかかってきて、より言葉を出しづらくなっていく。

「……鏡花」

 先に言葉を発したのは父の方からだった久しぶに聞く少ししゃがれた低めの声は、前よりも弱々しく感じた。

「その……元気か」
「まぁ、そうね」

 何を言われるかと思えば、その一言からで、拍子抜けする。

「……」
「……」

 当然、そこから会話を広げることはできず、またサイレント状態に戻る。そしてそれは無限にも感じられる数秒続いて。

「ああもう! 何か話があったんでしょ! 言いたいことがあるなら行ってよ!」

 ついに耐えきれなくなり鏡花はそうまくし立てる。それを受けた父は覚悟を決めたように一度咳払いを挟むと。

「聞きたいのは、今鏡花が世話になっている弟さんの事で」
「お兄さんが、何?」

 刀真の事を悪く言われたくなく、つい語気が強まる。

「……二人は、どういう関係なんだ?」

 茜が教えてくれた通りの話題だった。それを切り出す父はどこか緊張しているように見えた。

「別にお兄さんとは何もないけど、ただ、家に泊まらせてくれる人ってだけ」
「だが、噂が」
「お父さん、そんな変な噂を信じてるの? お兄さんとはそういうのじゃないんだけど」

 変な疑いを持たれたくなく、父から目を離さず強く否定する。

「あれは、お兄さんと買い物をしていた時にクラスメイトに見られて勘違いされたのよ」
「一緒にというのは二人きり……か?」
「ええ。そうよ」

 勢いのまま肯定。誤魔化したり嘘をつかず、多少疑われても良いと正面からぶつかる。

「男女で二人でというのは」
「だから付き合ってるって事にはならないでしょ。そう見えるのは仕方ないけど」

 勘違いされかねないのは分かっていた事だ。それでもなおあの時はやりたかった事があった。

「二人でショッピングモールに行ったのはただ遊びに行くためじゃなかったし。お兄さんにお世話になってるお礼をするつもりだったのよ」
「お礼?」
「お兄さん、あんまり外に出ないからこんな楽しさもあるって教えてあげたの。それとプレゼントもしたんだけど、向こうも同じ事を考えてたみたいでプレゼント交換会になったけど」
「……」

 あの日の事を思い出すと温かな感覚が胸の中に広がる。

「上手くやれているとは茜ちゃんからから聞いていたが、とても仲が良いんだな」
「何、まだ疑っているの?」

 これで疑いが晴れるとは微塵も思っていなかったが、信じられていないというのは気分が良くない。

「そこまで関係が良さそうだとなおさらな」
「仲が良いんだからしょうがないでしょ。逆にどうしたら信じられるわけ?」

 何を言っても疑惑を持たれる気がして、逆ギレ気味に問いかける。

「茜ちゃんから話を聞かされていたが、鏡花の口からも、弟さんとの日々を聞かせてくれないか?」
「自分でいうのもあれだけど、それをしたらさらに疑われる気がするんだけど」
「鏡花の口から聞きたい。その方が、信じられると思う。ちゃんとした関係なのだと。それに、鏡花から見る弟さんについても聞きたいしな。……まず彼とはどう出会ったんだ?」
「何でそこから……まぁいいけれど。あの日は雨が降ってて、傘もささないで座っていたらお兄さんが傘を差し出してくれたの」

 そうして一抹の不安と恥ずかしさを感じながら思い出話が始まった。

 父に話していればふとその時の記憶と感覚が蘇る。行き場がなく頼る人もなく、こちらに気づいても通り過ぎていく光景を見ていると孤独感に押しつぶされそうだった。そんな時に声をかけて手を差し伸べてくれたあの瞬間は、今でも強烈に残っている。

「優しい人なんだな」
「そうね、代わりにちょっと弱々しいとこもあるけど。でもそれがすぐにわかって安心出来るなって思って、頼ったの」

 傷心状態で人の優しさが刺さりやすかった時だったとはいえ、相手は年上の男。もちろん警戒はしていたが、話している内に直感で大丈夫だと思えた。

「父親としてその選択は肯定出来ないが、その相手が刀真さんで良かった」
「大丈夫と思えたのは、もしかしたら茜さんと近い人だと無意識で感じてたからかも」

 今思えば、それが大きな理由だったのだろうと振り返る。

「……鏡花が家出したと茜ちゃんから聞いた時は、心配で仕方なかった」
「……」
「だが、茜ちゃんが見てくれるおかげで、何とか落ち着いていられた。不安は尽きなかったが」

 父から弱音を言葉にされるのは記憶にはほとんどなく、心が揺さぶられる。

「弟さんとの生活は、どうだったんだ?」
「楽しかったわ、本当に。常に隣に人がいて一人じゃないって思えて」

 元々茜がいて一人ではなかったが、それでもあの距離の近さは今まではなくて。それが鏡花の精神的なカイロになっていた。

「暇な時は一緒に遊んだり、困ったときには助け合ってきたわ。もちろんしばらく一緒に生活していたけど変な事は何もなかった。私にとってお兄さんは……近所の優しいお兄さんって感じなの」
「そう……か」

 鏡花は真正面にいる父から目を離さず自分の気持ちをぶつけた。それを受けた父はふと目尻を下げると。

「どうやら茜ちゃんの話してくれた通りだったようだな」
「信じてくれたって事?」
「ああ。心配したような事にはなってなさそうだ。鏡花の顔を見てそう思えた」
「……意外」

 父がこうも簡単に信用してくれるとは思わず、肩透かしをくらった気分になる。

「鏡花が家出して茜ちゃんとも話して思い知らされた。今までの俺のやり方は間違ってたんだと」
「お父さん……」
「すまなかった、鏡花」

 そう深々と父は頭を下げる。鏡花は長年の積み重ねで凍りついていたものが溶け出していくのを感じて。

「……こっちこそごめんなさい。家出して心配かけちゃって」

 この対話がなければ絶対に出なかった言葉は、スラリと出た。すると、詰まったものがようやく抜けた解放感に包まれる。

「いいんだ、鏡花が幸せだったなら」
「……っ」

 久しぶりに見た父の笑顔と自分を思いやってくれる声を受けると、嬉しさと温かかったあの日々が色鮮やかにフラッシュバックして、思わず涙が溢れた。

「うん! ありがとうお父さん!」

 今この瞬間は昔の子供の頃に戻れた、そんな気がした。