「こんな時お父さんお母さんも頼れれば良いんだけどね」
薬を飲んだ翌日の昼になると、ある程度体調が回復していた。熱も三十七度くらいにまで落ち着き、昨日よりも遥かに楽になっている。
「今はあたしや鏡花ちゃんがいるけど、いつまで一緒にいれる訳じゃないから……」
「……まぁ、それは仕方ないよ。それに、初めから期待してないし、実際今まで一人でやれてたから」
何度か同じように病気で寝込んだが、一人で乗り越えてきた。その瞬間に両親を求めた事は一度もない。
「二人共、とうくんの事が嫌いって訳じゃないんだよね。多分、頼れば断られることはないと思うけど」
「それはわかってるけど……やっぱり頼れない」
実際、父親には母親との離婚後にも学費を援助してもらって、母親からはたまに食べ物類が送られてきてはいる。そして刀真自身も二人を憎んでいるわけではない。むしろ、親から嫌われていて酷い親だと憎めればどれだけ楽だったか。
「二人に会ったら辛くなる。向こうも気を遣うだろうしさ」
「……とうくんはさ、二人に聞いた事はある? 本当に愛してるのかって」
「それは、ないけど。わかりきってるから。別れるときだって、二人とも俺を譲り合っていた感じだった。それに、姉ちゃんも扱いの差で怒ってくれたならわかるでしょ」
「そう見えたかもしれないけれど、でも確定したわけじゃないでしょ。それと、あたしが二人に言ったのは扱いの差だけ。相対的な話だけで、差はあれど好きとか愛してるとかの話じゃない」
そう言われても希望も期待も納得感も持てるわけはなかった。
「何にせよはっきりさせた方がいいと思うんだよね。もし勘違いなら正すべきだし、そうじゃなかったとしても曖昧なままだとずっと悩み続ける気がするの、とうくんの性格だと」
「愛されてなかったって確定した方が……痛いよ」
「確かにそうだけど、それ以上はなくなるし、痛みもなくなるかもしれない。あたしは、一度向きあってみるのが良いって思う。もちろん、とうくんの気持ち次第だけどさ」
「……」
今すぐに姉の言う事を頷くことは出来ないが、正しい事を言っているのは理解していた。
「ってごめんね。まだ熱あるのにこんな話して」
「いいよ。休みながらちょっと考えてみる」
「……じゃあ、良い時間だしお昼作ってくるね」
刀真は再びベッドの上に寝転がり天井を見上げ、ぼんやりとこの先の未来に思いを馳せる。
しかし、どうしても両親と笑顔で過ごす未来は見えない。だが、先の未来は想像も出来ない事がたくさん起きる事も知っている。家に姉がいて、その姿に安堵している今の自分がまさにそれだった。その現実が一歩を踏み出すエネルギーになる、そんな気がした。
※
「お兄さん、もう大丈夫なの?」
「心配かけてごめん。もう大丈夫だよ。まぁ、完全じゃないけどね」
その日の夜には、熱も喉の痛みもなくなり、多少咳が残るくらいまでには良くなっていた。
茜はキッチンで夕飯を作ってくれていて、鏡花と刀真は丸テーブルを挟んで座っていた。
「良かったわ。つきっきりでお世話してくれた茜さんのおかげね」
「うん、感謝してる。お嬢様にも助けられたし、ありがとう」
鏡花にも常に体調を気遣ってもらい、薬や飲み物を持ってきてもらったりするなど、細かな手助けをしてくれていた。
「茜さんには直接お礼、言ったの?」
「そりゃあね」
「どう? 流石のお兄さんでも優しさに心を掴まれたんじゃない?」
「……まぁね」
そう素直に気持ちを吐き出すと、意外だったのか目をパチクリさせてから、今度はニヤニヤしだす。
「ふーん? ついにデレたのね」
「そんなんじゃないからっ!」
熱が下がったというのに鏡花にからかわられて体が熱くなる。
「というか、お嬢様は人の家族の関係に首を突っ込んでる場合じゃないでしょ」
つい反論したくなり、あまり触れられなかった話題を持ち出してしまった。
「うっ……それはそうなんだけど」
当たり前になりすぎているが、この日々はイレギュラーなもので、いずれかは終わらせなければならない。刀真は最近になって、よりそのことについて考えることが増えていた。
「多分、姉ちゃんとの距離は縮まったと思う。まだ苦手意識は消えないけどさ。大分マシになったかな。だからじゃないけど、今度はお嬢様の番だよ」
「わかっているわ……でも私は――」
「ご飯できたよー」
深い話になりそうになる瞬間に茜から声がかかり、会話はストップ。ふんわりとした茜の存在により、続ける事もできなくなり、夕食に。
久しぶりに三人で食卓を囲んだが、刀真は鏡花が何を言おうとしたのか気になってばかりでいて、会話も食事にもあまり集中できていなかったが、一方の鏡花はいつも通りでいた。
「じゃあ、あたしは帰るね。何かあったら言って、すぐ駆けつけるから」
玄関先で刀真と鏡花は帰宅する姉を見送る。
「ありがとう、姉ちゃん。泊まり込みで看病してもらって」
悪化したら心配だと、家に帰らず刀真の部屋に居続けてくれていた。
「ううん、あたしも弟に甘えてもらって幸せだったから。というか、普段ももっと甘えて良いんだからね」
「気が向いたら」
流石にそこまでするほど距離を近づけることはできなさそうだった。
「……」
そばにいる鏡花は夕飯時とは少し変わり、静かに刀真たちの姿を無言で見守っていた。
「それじゃ、二人共おやすみなさい」
「おやすみ、姉ちゃん」
「おやすみなさい茜さん」
そしてバタンと玄関が閉まると、静寂に包まれる。久しぶりの二人きりで、何だが少し心許なさがあった。
茜が帰ってからの二人はいつも通り明日のための準備をして部屋の電気を消した。だが、ベッドに入るも、最近ずっと寝てばっかりだったので目が冴えて眠れないでいる。
「お兄さん、起きてる?」
も悶々としていると暗闇から鏡花の呼びかけが飛んでくる。
「起きてる。俺が言えたことじゃないけど、早く寝ないと学校寝坊しちゃうよ」
「今日はまだ眠くないの。お兄さんこそ早く寝ないと体が休まらないよわよ」
「俺もずっと寝てたから眠くないんだよね」
「なら……ちょっとお話ししない?」
姿は見えないが、布団が擦れる音がして鏡花がこちらを向いたのを感じた。
「それなら……さっきの続きとか?」
ダメ元でそう提案してみる。ぱっと話題が見当たらずそれしかなかった。
「いいわよ」
意外にも肯定される。話題が話題なので刀真もまた鏡花の方に体を向けた。互い顔が見えない中、相手の存在を確かに感じ取りながら話し始める。何かが変わる、そんな予感がした。
薬を飲んだ翌日の昼になると、ある程度体調が回復していた。熱も三十七度くらいにまで落ち着き、昨日よりも遥かに楽になっている。
「今はあたしや鏡花ちゃんがいるけど、いつまで一緒にいれる訳じゃないから……」
「……まぁ、それは仕方ないよ。それに、初めから期待してないし、実際今まで一人でやれてたから」
何度か同じように病気で寝込んだが、一人で乗り越えてきた。その瞬間に両親を求めた事は一度もない。
「二人共、とうくんの事が嫌いって訳じゃないんだよね。多分、頼れば断られることはないと思うけど」
「それはわかってるけど……やっぱり頼れない」
実際、父親には母親との離婚後にも学費を援助してもらって、母親からはたまに食べ物類が送られてきてはいる。そして刀真自身も二人を憎んでいるわけではない。むしろ、親から嫌われていて酷い親だと憎めればどれだけ楽だったか。
「二人に会ったら辛くなる。向こうも気を遣うだろうしさ」
「……とうくんはさ、二人に聞いた事はある? 本当に愛してるのかって」
「それは、ないけど。わかりきってるから。別れるときだって、二人とも俺を譲り合っていた感じだった。それに、姉ちゃんも扱いの差で怒ってくれたならわかるでしょ」
「そう見えたかもしれないけれど、でも確定したわけじゃないでしょ。それと、あたしが二人に言ったのは扱いの差だけ。相対的な話だけで、差はあれど好きとか愛してるとかの話じゃない」
そう言われても希望も期待も納得感も持てるわけはなかった。
「何にせよはっきりさせた方がいいと思うんだよね。もし勘違いなら正すべきだし、そうじゃなかったとしても曖昧なままだとずっと悩み続ける気がするの、とうくんの性格だと」
「愛されてなかったって確定した方が……痛いよ」
「確かにそうだけど、それ以上はなくなるし、痛みもなくなるかもしれない。あたしは、一度向きあってみるのが良いって思う。もちろん、とうくんの気持ち次第だけどさ」
「……」
今すぐに姉の言う事を頷くことは出来ないが、正しい事を言っているのは理解していた。
「ってごめんね。まだ熱あるのにこんな話して」
「いいよ。休みながらちょっと考えてみる」
「……じゃあ、良い時間だしお昼作ってくるね」
刀真は再びベッドの上に寝転がり天井を見上げ、ぼんやりとこの先の未来に思いを馳せる。
しかし、どうしても両親と笑顔で過ごす未来は見えない。だが、先の未来は想像も出来ない事がたくさん起きる事も知っている。家に姉がいて、その姿に安堵している今の自分がまさにそれだった。その現実が一歩を踏み出すエネルギーになる、そんな気がした。
※
「お兄さん、もう大丈夫なの?」
「心配かけてごめん。もう大丈夫だよ。まぁ、完全じゃないけどね」
その日の夜には、熱も喉の痛みもなくなり、多少咳が残るくらいまでには良くなっていた。
茜はキッチンで夕飯を作ってくれていて、鏡花と刀真は丸テーブルを挟んで座っていた。
「良かったわ。つきっきりでお世話してくれた茜さんのおかげね」
「うん、感謝してる。お嬢様にも助けられたし、ありがとう」
鏡花にも常に体調を気遣ってもらい、薬や飲み物を持ってきてもらったりするなど、細かな手助けをしてくれていた。
「茜さんには直接お礼、言ったの?」
「そりゃあね」
「どう? 流石のお兄さんでも優しさに心を掴まれたんじゃない?」
「……まぁね」
そう素直に気持ちを吐き出すと、意外だったのか目をパチクリさせてから、今度はニヤニヤしだす。
「ふーん? ついにデレたのね」
「そんなんじゃないからっ!」
熱が下がったというのに鏡花にからかわられて体が熱くなる。
「というか、お嬢様は人の家族の関係に首を突っ込んでる場合じゃないでしょ」
つい反論したくなり、あまり触れられなかった話題を持ち出してしまった。
「うっ……それはそうなんだけど」
当たり前になりすぎているが、この日々はイレギュラーなもので、いずれかは終わらせなければならない。刀真は最近になって、よりそのことについて考えることが増えていた。
「多分、姉ちゃんとの距離は縮まったと思う。まだ苦手意識は消えないけどさ。大分マシになったかな。だからじゃないけど、今度はお嬢様の番だよ」
「わかっているわ……でも私は――」
「ご飯できたよー」
深い話になりそうになる瞬間に茜から声がかかり、会話はストップ。ふんわりとした茜の存在により、続ける事もできなくなり、夕食に。
久しぶりに三人で食卓を囲んだが、刀真は鏡花が何を言おうとしたのか気になってばかりでいて、会話も食事にもあまり集中できていなかったが、一方の鏡花はいつも通りでいた。
「じゃあ、あたしは帰るね。何かあったら言って、すぐ駆けつけるから」
玄関先で刀真と鏡花は帰宅する姉を見送る。
「ありがとう、姉ちゃん。泊まり込みで看病してもらって」
悪化したら心配だと、家に帰らず刀真の部屋に居続けてくれていた。
「ううん、あたしも弟に甘えてもらって幸せだったから。というか、普段ももっと甘えて良いんだからね」
「気が向いたら」
流石にそこまでするほど距離を近づけることはできなさそうだった。
「……」
そばにいる鏡花は夕飯時とは少し変わり、静かに刀真たちの姿を無言で見守っていた。
「それじゃ、二人共おやすみなさい」
「おやすみ、姉ちゃん」
「おやすみなさい茜さん」
そしてバタンと玄関が閉まると、静寂に包まれる。久しぶりの二人きりで、何だが少し心許なさがあった。
茜が帰ってからの二人はいつも通り明日のための準備をして部屋の電気を消した。だが、ベッドに入るも、最近ずっと寝てばっかりだったので目が冴えて眠れないでいる。
「お兄さん、起きてる?」
も悶々としていると暗闇から鏡花の呼びかけが飛んでくる。
「起きてる。俺が言えたことじゃないけど、早く寝ないと学校寝坊しちゃうよ」
「今日はまだ眠くないの。お兄さんこそ早く寝ないと体が休まらないよわよ」
「俺もずっと寝てたから眠くないんだよね」
「なら……ちょっとお話ししない?」
姿は見えないが、布団が擦れる音がして鏡花がこちらを向いたのを感じた。
「それなら……さっきの続きとか?」
ダメ元でそう提案してみる。ぱっと話題が見当たらずそれしかなかった。
「いいわよ」
意外にも肯定される。話題が話題なので刀真もまた鏡花の方に体を向けた。互い顔が見えない中、相手の存在を確かに感じ取りながら話し始める。何かが変わる、そんな予感がした。



