「はい、また私の勝ちよ」 
「あたしが二ばーん」
「……」

 UNOを何度かやっていたが、刀真は基本的にあがれず、二人のどちらが先を越すのかという戦いになっていた。

「お兄さん、凄い枚数持って富豪ね」
「誰のせいだと……」

 手には二十枚くらいのカードが握られていた。

「はぁ、全然勝てない」
「大丈夫、大丈夫。今回はあれだったけど、前のやつは一番であがれそうだったじゃん」
「お兄さん、あの時UNOって言い忘れなければ勝ててたのにね」
「ぐぅ」

 刀真はようやく勝てそうだと喜んでしまい、うっかりしてしまい、千載一遇のチャンスを逃した。

「覚えてさえいれば」
「あのさ……言いにくいんだけど、お兄さんって何が出来るの?」
「うぐっ!?」

 悪意が一切含まれない純粋な疑問は恐ろしいほど鋭利で、胸に深々と刺さりカードをばらまきながら横に倒れた。

「あ、ごめんなさい。色々とお兄さんとやってるけど、全部弱いからつい」
「俺に……好きな事も……得意な事も」

 刀真の今置かれてる状況的にもダイレクトに効く言葉でもあった。

 平穏なピクニック中に精神攻撃を受け、悶えていると、十二時の鐘が鳴り響く。

「と、とりあえずお昼にしよっか」

 散らばったカードを回収して代わりに弁当をブルーシートの上に。

「はい、とうくん」
「あ、ありがとう」
「鏡花ちゃんも」
「ありがと、茜さん」

 弁当は茜の手作りだ。刀真が中を開けると、いつものように美味しそうな食べ物が敷き詰められていて、小さなコロッケやベーコン、卵焼きなどほとんど好きなもので構成されていた。

「私の好きなものが沢山入ってる」
「俺のも」
「ふふん、二人の好みは把握してますからねっ。喜んでくれて何よりだよ」

 茜と視線が交錯すると彼女はニコニとして、それを見て自分の頬が緩んでいる事に気づいて、弁当の方へと逃げた。

「じゃあ食べよっか」
「「「いただきます」」」

 示し合わせることもなくハモって食事を開始する。

「どうかな、美味しい?」
「ええ、いつものように美味しいわ。お兄さんは?」

 わざわざ鏡花がこちらに話を振ってきて、目配せもしてくる。

「美味しいよ。ピクニックだからかいつも以上に」
「良かったぁ。いっぱい食べてね」

 若干言わされたが、感想自体は本音でもあって。味わうたびに心も口元も緩んでしまい、まるで操られてしまっているような感覚になり、姉の料理の美味しさに抗えず悔しさすらあった。そうさせられるのは、この特別感がよりそうさせているようだった。

「……やっぱり良いわね、ピクニック」

 ふと、改めて鏡花がしみじみと呟く。つい出てしまったというような声音だった。

「うんうん! ピクニックって最高だよね!」
「でも、こう思えるのは二人とだからなのかも。何か、本当の家族といるみたいな感じがするわ」
「えへへ、あたしも同じ気持ちだよー」

 その感想に茜は嬉しそうに微笑み、刀真も思わず顔を綻ばせた。

「いつかお父さんとも来れるといいね」
「……どうかしら?」

 茜の問の答えは、はぐらかすが、否定をする事はなかった。一方の刀真は自分の家族と来る未来を想像できずにいて、内心不可能だと思った。

 軽く談笑しながら食事をしていると、あっという間に弁当の中身はなくなってしまっていて、最初に平らげたのは刀真だった。

「ごちそうさま」

 満足出来る量があり、刀真はリラックスするために足を伸ばした。

「ごちそうさまでした。茜さん、美味しかったわ」

 次に鏡花が食べ終わると、すぐさまリュックの中から、お菓子を取り出した。

「鏡花ちゃん、もしかして足りなかったかな」
「いいえ、お菓子は別腹なだけ」

 食後すぐにチョコクッキーを口に入れていく。その度に幸福の絶頂だと言うような顔になる。

「むむー、やっぱりお菓子を食べてる時の方が幸せそうー。お菓子には勝てないなー」

 わかりやすく差があり、茜は菓子に敗北宣言をする。

「とうくんが羨ましいな。鏡花ちゃんのこの表情を引き出して、いっつも見てるんだもん」
「そっちじゃ見せなかったんだ」
「そうなの。びっくりしたもん、こんな顔するんだーって」
「お菓子を食べれなかった反動かな」
「それだけじゃなくて、とうくんの存在も大きい気がするけどね」

 茜は鏡花と刀真を交互に見て、うんうんと頷いた。

「美味しかった……」

 あっという間にチョコクッキーを空にする。そして満足そうに大きく息を吐いた。

「…あ、そうだ。私、手を洗うついでにちょっお散歩してくるわ」

 はっとしたように立ち上がると、意味ありげに刀真へと視線を送る。

「いってらっしゃーい」
「姉弟、仲良くね」

 それだけ言い残して歩きに出ていってしまう。ここまで露骨にされると、逆に意識を強くさせられて、気まずさすら出てくる。

「鏡花ちゃん、どうしたんだろ。あたし達が喧嘩してるって思ってるのかな」
「それはないと思うけど……」
「だよねー。というか、喧嘩とかした事あったっけ?」
「俺の記憶にはないかな」 

 刀真の覚えている限りでは喧嘩した覚えはない。溺愛する姉とそれを避けようとする弟という関係性であり、二人の性格上どうしてもそこまで発展しなかった。

「あたしも記憶にないかなー。でも、姉弟喧嘩ってあんまり良くないけど、ちょっと憧れもあるなぁ」
「憧れる?」
「喧嘩するほど仲が良いっていうじゃん? 一度くらいやってみたいなーって」
「姉ちゃん、喧嘩出来なそうじゃない? あんま怒るイメージとかないし」

 少なくとも刀真の記憶の中に姉の怒り顔はない。

「あたしだって怒る時はあるよー。友達と言い合いになる事もあったし、お母さん達ともあるもん」
「え……? お母さん達とも?」

 全くの初耳で友達とはまだしも愛し愛されの関係性で喧嘩だなんて想像も出来なかった。

「そうだよ。普段のちょっとした事でもあったし、とうくんの事でも」
「俺?」
「明らかにとうくんの扱いが私に比べて悪いって怒ったの。まぁ向こうはそんな事ないって本気で思ってたから、話は通じなかったんだけどね。しかも、あたしがかまってもらえてないって思ってるって勘違いされたし」

 茜は未だに納得いっていないと苦々しく表情をシワが寄る。

「俺のために……?」
「もちろんそれもあるけど、あたし自身の許せないって気持ちもあって。だから、お母さん達から愛されてはいたけど、それがちょっぴり苦しさもあったんだ」
「そう……だったんだ」

 ずっと無邪気に親からの愛情を受けて幸せ者だと思い込んでいた。でも、本当は違うのだと知った。今まで知ろうともしないで思い込みで嫉妬して避けていた自分が嫌になってくる。

「ごめんね、とうくん。お姉ちゃんなのに力になれなくて」
「謝らないでよ、姉ちゃんは悪くないんだし。それに、俺の方もごめん、姉ちゃんの事勘違いして、色々と嫉妬してた」
「それこそ謝らないで、とうくんと同じ立場ならあたしもそうなってたし、愛しの弟からの嫉妬は嬉しいし」
「……ありがと」

 暖かな日差しの中、心臓の高鳴りと共にずっと存在していた氷の壁が柔らかく溶け出したような気がした。

「うーん、やっぱりこんな日の外は気持ち良いね」
「だね」

 爽やかな風が流れると、草木の匂いを運んでくる。同時に遠くからこちらを呼びかける声が聞こえて。

「茜さーん、お兄さーん」

 姉と弟を引き合わせてこの状況を作り出した鏡花が手を振って戻ってくる。それに、刀真と茜は顔を見合わせてから、二人で手を振り返した。