あれから数日後。潜入班のユロからの連絡があった。

「情報を仕入れてきました。中等部1-Cと1-Bは5日後、交流会として近隣の動物園に行くそうです」

カルロッタは顔を変えずに頷き、静かにユロに礼を言う。

「その日だったらターゲットを切り刻めますね。ありがとうございます、ユロ」

ユロは、体調不良を装い、1-Cにこっそり潜入しているらしい。先生たちはまだ会ったことが無いクラスメイトもいるから正体は知られていないらしい。交流会か。楽しみだなぁ。ボクも交流会に参加していいんだもんね。どうやって登場したら面白いだろうか。
そんなことを考えながら、変装してから前に夕食の時に話に出た、街角の小さなカフェに向かう。木製のドアを押し開けると、鈴のように澄んだ風鈴の音色が迎え、店内にはコーヒーの香ばしい香りと、焼きたてトーストの甘い匂いがやわらかく漂っている。

「いらっしゃいませー!」

カウンターの中から明るい女性の声。隣には小柄な少年が立ち、ボクを見つめていた。少年の左胸の傍に付いている名札には「仁藤進」と書かれている。聞き覚えがある。それどころか、見たこともある。ボクは、心臓が跳ねるのを感じた。間違いない。この子が、ターゲット、進くんだ。

「進、お客さんを席に」

女性の声に促されて、進くんは軽やかな足取りでボクに近づき、テーブルまで案内してくれる。

「ご注文は?」

ボクは緊張を隠すために微笑みを浮かべ、少し高めの声で答える。

「あ、じゃあシュガートーストで」

「お飲み物はいかがなさいますか?」

「アイスコーヒーお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」

進くんはボクに背を向け、カウンターの奥へ消えて行った。ぼんやりと灯る店内の灯りを眺めながら、ボクはふと思う。ターゲットがこんなに近くにいるのに殺せないなんて、こんなの初めてだ。焦る心を抑えつつ、ボクは周囲の客を装い、ただの常連客の一人を演じる。
しばらくして、奥からおぼんを持った進くんがやってくる。おぼんには、表面がつやつやと輝いているシュガートーストと、ほのかに苦みのある香りが漂うアイスコーヒー。

「ミルクとガムシロップは、ご自由にどうぞ」

進くんは、テーブルの隅に置いてあるミルクとガムシロップを手で指し示し、ペコっとお辞儀をして帰っていく。ぺこっと会釈をして、机置かれたシュガートーストに手を伸ばす。ボクはフォークを手に取り、まずはトーストにかぶりつく。外側は軽くカリッと焼かれ、中はふわりと甘く、とろけるバターが舌に心地よい刺激を残す。続いて、ミルクを注いだコーヒーをひと口。ほどよい苦味が甘さを引き締め、朝の疲れさえ洗い流してくれるようだった。あっという間に平らげ、ボクは席を立つ。カウンター越しに進くんの背中を見て、紡いだ言葉は優しい声色のまま。

「おいしかったよ、ありがとうね、進くん」

その瞬間、進くんの瞳が大きく見開かれた。面識のない自分を名前呼びにされた驚きと、どこか懐かしさを含んだ目線にボクはそっと微笑み返し、ドアに手をかけた。
外へ踏み出すと、店先の風鈴がもう一度、優しく鳴った。足取りは軽く、しかし胸の奥には静かな波紋が広がっている。なんか、あの進くんの眼、懐かしかったな。誰だっけ、あの眼とそっくりな子。
そんなことを考えながら、基地へ戻る長い道すがら、次の交流会の演出を頭の中で描き始めた。