ナギア様は、足音を一切たてずに風のように去っていった。

「……ウィル?」

不意に聞こえたマリーの声に、はっと我に返る。

「どうした?」

「なんか……ウィル、楽しそうだな」

その言葉に、ボクの背筋がゾクッとする。見抜かれた?そんなにわかりやすかった?でも、マリーの問いは、怒りでも、嫉妬でも、恐怖でもない。驚きと好奇心だ。元からディルタは犯罪者集団で、こんな狂気を持ち合わせた人も見続けてきたから恐怖は無いみたいだ。

「別に……そんなことないよ」

なんでもない風に答える。でも、その声はかすかに弾んでいた。マリーの視線は鋭さを増している。

「嘘だろ」

「え?」

「今、緊張してるんじゃなくて、興奮してる」

胸の奥に冷たい刃先が突き刺さっているように言葉が刺してくる。ボクは無言のまま、マリーの言葉を頭の中で反芻する。いつもこうだ。マリーは、ボクの考えを全て見通す。

「何があったら普通こんな状況で、顔がそんな風になる?」

そんな風?ボクは、ふと気がついた。自分の口元が、わずかに持ち上がっているのを。笑ってた?

「ウィル、お前は本当に昔からバカだ」

マリーが低い声で言った。その目には、わずかな警戒と、楽しんでいる様子が見て取れる。なんで?警戒されなきゃいけないことしたっけ、ボク。

「別に……ただの課題の話だよ?」

「違う」

マリーが言葉をかぶせた。

「これはただの会話じゃない。お前、それを分かってて楽しんでるだろ?これがただの会話なら、お前は相当変わってる」

ボクの心臓が跳ねる。違う、そうじゃない。そう思いたかった。でも、なんでだろ。この緊張感に酔いしれるような、異様な感覚がある。マリーはため息をつく。

「ほんと、お前らしい。ウィルはディルタにぴったりだよ。殺人鬼の才能がある。高い確率で自分が死ぬ。それを知ったうえで楽しめてんだ。そういうとこ伸ばせば上の方からの評価は上がると思うけど。最高の仲間だよ」

マリーが八重歯を見せて嬉しそうに笑う。なんでマリーが楽しそうなんだろ。なんでマリーが嬉しそうなんだろ。ホントに楽しいのは、嬉しいのはボクの方なのに。でも、ボクのために笑ってくれたのが嬉しくて、ボクもつられてニッと笑う。すると、マリーは目を細めて言った。

「やっぱり、お前昔っから変わらない。お前はバカだ」

「……サイテー」

言葉の背後で、テーブルの上のゼリーが控えめに揺れていた。