「ただいまー!」
基地のドアを勢いよく押し開けると、部屋の涼しさのせいで暑い外に近い背中に熱気が這う。靴を脱ぎ、廊下を伝うひんやりとした空気に、思わず肩の力が抜ける。家の中はひんやりと涼しく、汗ばんだ肌には心地よかった。
「ウィリー、おかえりー!」
リビングのソファーには、ツインテールを揺らし、マリンが寝転がっている。露出の多い服を着たマリンは、軽く足を組みながら扇風機の風を浴びていた。頬の淡い紅潮が、暑さとくつろぎを同時に物語っていた。
「あれ、マリン、帰ってくるの早いね」
「まあ、あーし今日部活なかったから。しかも今日暑いし、走って帰ってきちゃった」
「わかる。ほんと暑いよね、最近」
まだ春なのに。少し前に高校の入学式終わったばかりなのに、初夏みたい。ボクは、マリンのほうをちらっと見る。なんだか、この光景にもいつのまにか慣れてしまった。別に、マリンとは家族なわけじゃないけど、この家に一緒に住んでいる。リュックを床に下ろし、カバンの中から課題のプリントを引っ張り出すと、マリンが何かに気が付き、話しかけてくる。
「あれ、マリリンは一緒に帰ってきてないん?いつも一緒なのに」
「あー、マリーなんか居残りだって。なんでかはわかんない」
「ふーん」
ページをめくる音を聞きつつ、マリンが興味なさげに首をかしげる。そう言う反応するなら聞かなきゃいいのに。
「高校の課題?」
「そう。問題集の4~10ページ。基礎と標準のとこ」
「へえ……ごめん、あーし、わかんないとこあっても教えらんないや。苦手なんよ、数学。あ、でもアビィなら分かるんじゃない?」
アビィ……アビゲイルのことか。噂では、ボクの通う高校の中等部の方で数学教師をしているらしい。教師なのに犯罪者集団入っちゃってるところは謎で仕方ない。と、後ろから柔らかな声がかかる。
「帰ってきていたんですね、ウィル。おかえりなさい」
「あ、うん、ただいま、補佐」
補佐、カルロッタだ。厳しいところはあるけどすごく優しい。ボクの養母みたいな人。ボクが助けを求めた時に優しく対応してくれて、ここに住まわせてくれた人なんだよね。カルロッタは、素顔を見られないようにするためにいつも顔に布をつけている。まあ、一部の人に見られちゃったこともあったけど。
「今日はおやつ、ありますよ。ゼリー、作ってみました。あとでみなさんと一緒に食べましょうね」
そう言いながら、手際よくゼリーをテーブルに並べる。淡いピンクや黄緑のゼリーが、小さなガラスの器に透き通って輝いている。
「え、マリーが帰ってくる前にマリーの分も食べちゃお」
「だからみなさんと食べましょうって言っているでしょう」
カルロッタの声は優しいが、絹を裂くような確かな強さを含む。と、玄関の扉がきしむ音と共に、奥の方で声が聞こえた。
「ただいまー」
マリーだ。マリーが帰ってきちゃった。
「残念……」
「何が?」
「いや、特に」
「何かなきゃ残念とか言わないだろ」
「それはそう」
「じゃあなんだよ」
「秘密」
「最低」
「うるさい」
マリンが笑いをこらえて、紅茶の香りを吸い込む。シャーロットが寄ってきて、カルロッタの手伝いを始めた。小さな手で器用に机の上に皿とスプーンとゼリーを並べ終わると、ふわりと月明かりのような微笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「お二方、おやつの時間です」
シャーロットはこの建物に住んでいる人の中では最年少で、まだ7歳だ。ここは、犯罪者集団、ディルタの基地。犯罪者集団とはいえ、そこまで殺伐とした場所ではなく、ディルタに所属している人が家族のように暮らしている。各々がコードネームを名乗りながら、リラックスしたひとときを共有している。
「ん、おやつ食べる人、これだけなの?」
「5人もいれば十分でしょう。人が増えたら増えただけ取り分減りますよ」
「あ、それは嫌!」
「なら食べましょう。はい、いただきます」
「いただきます!」
スプーンでゼリーをすくうと、ひんやりとした感触が指先に伝わった。口に運ぶと、プルプルと弾むような食感が心地よく、今日の謎に暑い空気にはぴったりだった。
「そういえば、マリー、何で居残りになったの?」
「え、聞く?」
「聞く」
「んっとー……」
なんか長く溜めてる。よっぽどのことなのかもしれない。ボクは固唾を飲んだ。マリーは、ゆっくりと口を開く。ボクは、マリーの口から出た言葉に、思わず反応する。
「……は?」
基地のドアを勢いよく押し開けると、部屋の涼しさのせいで暑い外に近い背中に熱気が這う。靴を脱ぎ、廊下を伝うひんやりとした空気に、思わず肩の力が抜ける。家の中はひんやりと涼しく、汗ばんだ肌には心地よかった。
「ウィリー、おかえりー!」
リビングのソファーには、ツインテールを揺らし、マリンが寝転がっている。露出の多い服を着たマリンは、軽く足を組みながら扇風機の風を浴びていた。頬の淡い紅潮が、暑さとくつろぎを同時に物語っていた。
「あれ、マリン、帰ってくるの早いね」
「まあ、あーし今日部活なかったから。しかも今日暑いし、走って帰ってきちゃった」
「わかる。ほんと暑いよね、最近」
まだ春なのに。少し前に高校の入学式終わったばかりなのに、初夏みたい。ボクは、マリンのほうをちらっと見る。なんだか、この光景にもいつのまにか慣れてしまった。別に、マリンとは家族なわけじゃないけど、この家に一緒に住んでいる。リュックを床に下ろし、カバンの中から課題のプリントを引っ張り出すと、マリンが何かに気が付き、話しかけてくる。
「あれ、マリリンは一緒に帰ってきてないん?いつも一緒なのに」
「あー、マリーなんか居残りだって。なんでかはわかんない」
「ふーん」
ページをめくる音を聞きつつ、マリンが興味なさげに首をかしげる。そう言う反応するなら聞かなきゃいいのに。
「高校の課題?」
「そう。問題集の4~10ページ。基礎と標準のとこ」
「へえ……ごめん、あーし、わかんないとこあっても教えらんないや。苦手なんよ、数学。あ、でもアビィなら分かるんじゃない?」
アビィ……アビゲイルのことか。噂では、ボクの通う高校の中等部の方で数学教師をしているらしい。教師なのに犯罪者集団入っちゃってるところは謎で仕方ない。と、後ろから柔らかな声がかかる。
「帰ってきていたんですね、ウィル。おかえりなさい」
「あ、うん、ただいま、補佐」
補佐、カルロッタだ。厳しいところはあるけどすごく優しい。ボクの養母みたいな人。ボクが助けを求めた時に優しく対応してくれて、ここに住まわせてくれた人なんだよね。カルロッタは、素顔を見られないようにするためにいつも顔に布をつけている。まあ、一部の人に見られちゃったこともあったけど。
「今日はおやつ、ありますよ。ゼリー、作ってみました。あとでみなさんと一緒に食べましょうね」
そう言いながら、手際よくゼリーをテーブルに並べる。淡いピンクや黄緑のゼリーが、小さなガラスの器に透き通って輝いている。
「え、マリーが帰ってくる前にマリーの分も食べちゃお」
「だからみなさんと食べましょうって言っているでしょう」
カルロッタの声は優しいが、絹を裂くような確かな強さを含む。と、玄関の扉がきしむ音と共に、奥の方で声が聞こえた。
「ただいまー」
マリーだ。マリーが帰ってきちゃった。
「残念……」
「何が?」
「いや、特に」
「何かなきゃ残念とか言わないだろ」
「それはそう」
「じゃあなんだよ」
「秘密」
「最低」
「うるさい」
マリンが笑いをこらえて、紅茶の香りを吸い込む。シャーロットが寄ってきて、カルロッタの手伝いを始めた。小さな手で器用に机の上に皿とスプーンとゼリーを並べ終わると、ふわりと月明かりのような微笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「お二方、おやつの時間です」
シャーロットはこの建物に住んでいる人の中では最年少で、まだ7歳だ。ここは、犯罪者集団、ディルタの基地。犯罪者集団とはいえ、そこまで殺伐とした場所ではなく、ディルタに所属している人が家族のように暮らしている。各々がコードネームを名乗りながら、リラックスしたひとときを共有している。
「ん、おやつ食べる人、これだけなの?」
「5人もいれば十分でしょう。人が増えたら増えただけ取り分減りますよ」
「あ、それは嫌!」
「なら食べましょう。はい、いただきます」
「いただきます!」
スプーンでゼリーをすくうと、ひんやりとした感触が指先に伝わった。口に運ぶと、プルプルと弾むような食感が心地よく、今日の謎に暑い空気にはぴったりだった。
「そういえば、マリー、何で居残りになったの?」
「え、聞く?」
「聞く」
「んっとー……」
なんか長く溜めてる。よっぽどのことなのかもしれない。ボクは固唾を飲んだ。マリーは、ゆっくりと口を開く。ボクは、マリーの口から出た言葉に、思わず反応する。
「……は?」


