義朝の目の前に広がっていたのは、がらんどうの教室だった。生徒が並んだ椅子に座ってるはずが、13個の机と椅子が規則正しく並んでいるだけだった。義朝の頬に薄く冷や汗が滲む。ぼくだってびっくりだよ。

「でも……仁がクビだなんて、一言も聞いてないぞ。それに、どうせあの理事長のことだし、仁のことをクビにする勇気なんて持っちゃいないだろうし」

そのとき、ぼくの頭の中に一つの考えが浮かぶ。

「……全員風邪を引いたんだって顔でドヤってんじゃねぇよ」

あ、すごい。わかるんだ。無表情ってことで有名なのに。無意識に拍手すると、この状況に頭が着いて行ってないせいか、少しイライラした声で義朝がこづいてくる。

「ぱちぱちじゃねえんだよ。どうせ仁はそう言うことしか考えてないんだし。それに、13人全員が同じ日に、風邪を引いて休むと思うか?どんだけの確率だよ。ありえるわけないだろ」

でも、あり得てるし……。小首を傾げて義朝を見上げる。あ、殴ったろかって顔してる。やだよ?殴られたくないよ?ぼく悪いことしてないじゃん。

「とりあえず理事長んとこ行くぞ」

ぼくがコクコクと頷くと、義朝はぼくの服の襟を掴む。そして、ぐいっと引っ張られた。

「わっ。ちょ、義朝、くるしい。ねえ、離して?息できないから。ねぇ、おーい」

義朝は聞く耳を傾けずに廊下を歩く。いや、真面目に苦しいんだって。ただもう呼びかけたところで意味がないことを悟って、ぼくは諦めてそのまま義朝に引き摺られて行った。少しして、理事長室に前に着くと、義朝はピタッと止まる。そして、扉を開けた時、中から出てきた人にぶつかる。

「いてっ」

これは義朝の声。

「いたっ」

これは中から出てきた人の声。

「ぐえっ」

これは、義朝が出てきた時より一層首が閉まった時にとっさに出たぼくの声(?)。中から出てきた人は言う。

「仕切り直しで……」

義朝は呆れた声で返した。

「別にいいだろ」

「別にいいんじゃん?」

ぼくの言葉に義朝はうるさいと言って襟を引っ張る。苦しい苦しい。結局何故か仕切り直しをすることになった。義朝が扉を勢いよく開けて中に向けてイライラした声で言う。

「理事長!あれはどう言うことですか」

義朝が言い終える前に、理事長が言葉を被せてくる。

「よくここまで来れたね」

義朝は呆れたようにため息を吐く。

「ここぐらい誰でも来れるだろ」

理事長はケラケラと笑って言う。

「来れない人も、いるかもよ〜?とりあえず、仁くん離してやったら?」

義朝は忘れてた、とボソッと呟いて手を離す。え、忘れてたの!?結構苦しかったんだけど!?ぼくは激しく咳き込み、肩を大きく上下させる。

「死ぬかと思った」

「すまん。許してくれ」

「……許す」

許す、と言った瞬間、義朝が驚いた顔で呟く。

「許してくれるのか。……意外」

「やっぱ土下座しろ」

「すみません」

「……許す」

「ありがとうございます!」

理事長はぼくたち2人の会話を見て楽しげに喋る。

「とりあえず、お茶でも出すから座っててよ〜。緑茶飲めるー?」

「「飲めるー」」

理事長がお茶を入れている間、義朝はここにくるまでの経緯を説明してくれた。少しすると、抹茶が出てきた。抹茶が、座っているぼくたちの前に置かれる。湯呑みからは温かい湯気が出ていて、良い香りもする。啜って飲むと、身体にじわじわとあったかさが広がっていき、すごく美味しく感じる。お茶を入れることだけは本当にうまいんだよね。多分誰も勝てないと思う。理事長はお茶を一口啜り、ぼくたちに尋ねる。

「ところで……今日はどうしたの?仁くん、義朝くん」