ここは、とある小中高一貫校。
今日は、学校が始まって1日目。始業式の日。生徒も教師も浮かれる初日だ(浮かれない人もいるけど)。ただ、今ぼくはピンチに陥っている。チクタク音を立てて動く時計の短針に合わせて、ぼくの鼓動はだんだん早くなる。
もうすぐ、チャイムが鳴ってしまう……!
この時、ぼくが一番初めに考えたことは、遅刻した言い訳を「おばあさんを助けていたから」という言い訳にすることだけはやめようと思ったことだった。ぼくは急いで廊下を歩く。もちろん、走るわけにはいかないから早歩きをする。やっと教室の前に着き、扉を開けた瞬間、チャイムが鳴った。
ギリギリセーフ……。
ぼくはほっと息をついて、挨拶をしながら顔を上げる。

「おはようございま……」

ぼくは、一瞬固まってしまった。

「……あれ?」

目の前の光景に少し首を傾げる。

「義朝?」

目の前にいたのは義朝。義朝と言ったら大半の人が源義朝を思い浮かべるだろうけど、そうではない。幼馴染の名前だ。父親が歴史オタクでこんな名前を付けられたらしい。小さい頃よくいじられていたし、何より頼朝とか義経とかと間違われそうで可哀想。この幼馴染は、伊藤義朝という名前だ。

「なんで義朝がいるの?」

そういうと、義朝は不満げな顔で反論する。

「なんではこっちのセリフだ。ふざけるな、仁!」

「……ふざけてないよ?」

いや、本当にふざけてない。むしろ、義朝の方が何言ってんだ状態なんだけど。義朝はため息をついてぼくに尋ねる。

「じゃあなんでここにいるんだよ」

「仕事……」

当たり前でしょ、生徒じゃないし。参観どころか子供もいないんだから。そう、ぼくが扉を開けた瞬間、義朝がいることに違和感を覚えたのは、義朝は別のクラスに担任のはず、と思っていたからだ。

「仁のクラスは?」

「1ーC……」

「じゃあここは?」

「えっと……え……」

いや、だって義朝の言い方的にはここは1ーCじゃありませんみたいな感じだし?すると、少しキレ気味な声で義朝は答える。

「1ーBなんだよ」

「あ……」

え、気まず。間違えちゃったのか、教室……。

「わかったか?」

「うん……」

ぼくは失礼しました、と言って1ーBを出る。少してちてち歩くと、少し奥に1ーCという文字が目に飛び込んできた。隣だから間違えちゃったのか。さっき義朝と喋っててタイムロスしたからクラスのみんなに怒られても仕方ないな。そう思いながら日誌を開き、教室の扉を開ける。

「おはようございます」

そう言って中に入り、教卓の前で顔を上げる。

「お待たせしました。それでは、出欠取りま……え?」

さっきの義朝事件よりも格段に驚いている。

「……え?」

え、また教室間違えた?え、ここ教材室とかだっけ。いや、でも確かに1ーCって確認したし……。……誰かのイタズラ?なんかドッキリでも仕掛けられてる?いや、でもイタズラにしては酷いでしょ。度がすぎてるってやつ?じゃあイタズラじゃなくて本気ってことだよね。え、ぼくこんなになるようなことしたっけ。なんも覚えてなくて申し訳ないなあ。え、つまり、ぼく、クビってこと?
ぼくはひとしきり悩んで、パッと顔を上げる。

「よし、義朝に相談しに行こう」

もう一度1ーBへ向かい、扉を開ける。

「義朝、相談が……」

すると、秒で義朝から叱責が飛んできた。

「扉はノックしてから開けろ」

「わかった」

そう返事をすると、義朝は息を吐いてぼくに向き直る。

「で?次はなんだよ、次は」

「いやー、その、さ」

ぼくは首を少し傾げる。

「ぼく、クビになったかも」

「はあ?」

義朝が間の抜けた声を出す。まあ、友達が同じ職業をやってたらなぜかクビになりましたって。そりゃ誰でも驚くよね。ぼくはうんうんと頷く。少しして、義朝がやっと動き始める。

「……はあ!?なんで!?」

……もう動き始めちゃった。ずっとリロードしてくれればめんどくさくなかったのに。

「とりあえず、1ーC来ればわかるよ、ぼくの言ってること」

そういうと、義朝がため息を吐いて言った。

「お前、よくそんなこと生徒の前で言えるな」

「別に……まだ疑惑だし、そこまでおかしくもなくない?」

義朝はため息を吐く。あ、呆れてる、絶対呆れてる。何度も見たもん、この顔。めっちゃ覚えてる。もう何百回見たかしれない。

「いいから来て」

そう言って義朝の服の裾を引っ張る。すると、少し強く引っ張りすぎたようで、義朝が転びかける。あー……。I'msorry.

「ちょ、引っ張んなよ。危ないだろ!」

さっき心の中で謝ったでしょ。つべこべ言わず着いてきてよ。義朝は引っ張られながらも生徒達に向かって言う。

「皆さんは自習していてください!」

「はーい」

生徒の元気な声が聞こえる。

「義朝のクラスの生徒は元気だから義朝連れてっても大丈夫だね」

「大丈夫だけど大丈夫じゃねーよ」

「義朝、矛盾してる」

「自分でも気づいとるわ」

義朝を1ーCまで引っ張っていって、スパァンと音を立てて扉を開ける。義朝は左隣でうっさ……とかボヤいてる。でも、義朝も、教室の中の光景に驚く。

「え……は……?いやいや、嘘だろ」

「嘘じゃないよ?嘘だったら義朝の目、役目終わってるじゃん」

まあ、でもぼくも義朝と同じこと考えたし。

「え、でも、流石にこれは……」

そう言った義朝の目の前に広がってたのは……。