「ごめん。僕はその疑問に答えることができないんだ」
「そう、ですよね」

 いくらヴィクトル様に似ているといっても、ユベールという名前に聞き覚えはなかった。
 幼い頃からマニフィカ公爵家で育った私は、いずれ公爵夫人となるため、主だった貴族の名前や特徴などを覚えさせられた。それと共に、マニフィカ公爵家の親戚たちのことも。

 やはり身内ということもあり、似た名前や特徴に、苦労した記憶がある。勿論、その中にはヴィクトル様に似た容姿の方もいらっしゃった。

 しかし、ユベールという名前は知らない。

 魔術が一向に進展しなかった私は、せめて暗記だけは、と頑張った。
 魔術書は勿論のこと、貴族名鑑や先生に言われたことも。故に公爵夫妻や、使用人たちの言葉さえもすぐに忘れることはできなかったのだ。

 だから、ユベールの言っていることは正しい。でも、と浮かんだ疑問を口にした。

「私がリゼットかどうか、確認したのは何故ですか?」
「それは……えっと、お祖父様の遺言で君を探していたんだ」
「お祖父様?」

 ユベールは私を抱え直して、テーブルの方へ歩き出した。

「うん。僕は末の孫だから、生まれる前に亡くなったんだけど……」
「それは……何と言いますか、ご愁傷様です」
「聞いていた通り、優しいんだね。ありがとう。でも、僕はあまりお祖父様のことを知らないから、ピンとこないかな」
「で、でも、私を探したのは、その方の遺言だと、そう言っていたではありませんか」

 思い入れがあるから従ったのではなかったの?

 ユベールは私をテーブルに置かず、抱えたまま椅子に座った。

「それは僕が孤児だからかな」
「え?」
「突然、両親を同時に亡くして、生きる目的が欲しかったんだ。誰も見向きもしなくなった、お祖父様の遺言でも何でも」

 生きる、目的……? 死を願った私を?

「両親と僕を繋ぐ、何かが欲しくて。そういうのに君を、リゼットを利用したんだ。ごめん」
「いいえ。少しでも誰かの、ユベールの役に立ったのなら嬉しいです。私はずっと……期待に応えられなかったので」
「……誰の?」

 体がまだ、上手く動かせないのに、肩がビクッと跳ねたような気がした。

「ヴィ……かつての婚約者、です。役立たずだから、婚約を破棄されて、それから……」
「それから?」
「サビーナ先生に会って……何か聞いたような」

 でも思い出せない。この姿になってしまった理由が、そこにあるような気がするのに。

「思い出せないのなら、無理には聞かないよ。ただちょっと気になっただけだから。お祖父様が何故、リゼットを探してほしい、と遺言に書いたのか、をね」
「そうですね。私もそこは気になります。どうしてユベールのお祖父様が私を? というのが」

 面識もないのに。

「しかも私を探し出したとしても、ユベールのお祖父様には会えないというのに……」
「う~ん。そこは追々分かるんじゃないかな」
「分かる、とは?」
「秘密。今はリゼットを見つけられたこと、目を覚ましたことを祝おうよ」

 ね、と笑顔を向けられると、反論できなかった。何故なら笑うと、幼き頃に見たヴィクトル様を、余計に彷彿させるからだ。

 私は昔から、この顔に弱い。いけないことでも、笑顔を向けられると許してしまうし、曇らせたくなくて頷いてしまう。

 だから今も、私の返事は決まっていた。

「はい」

 すると案の定、ユベールは嬉しそうな顔を私に向けてくれた。


 ***


 祝いをしたいと言ったユベールは、私をテーブルではなく、元いた棚のところに座らせる。それからバタバタと、室内を忙しく動き始めたのだ。

 何か手伝い、と思っても、今の私は満足に体を動かせない。ユベールの動きをただただ眺めては、ぼーっと室内を見回すことしかできなかった。
 けれどそのお陰で、ユベールの置かれた状況が、少しだけ分かったような気がした。

 先ほどまでユベールが座っていた椅子の近くには、同じ形をした椅子が他に三つ。テーブルの大きさを見ても、四人掛けだと、すぐに察しがついた。

 両親を亡くして孤児になったと言っていたけれど、そんなに日は浅くないのだろう。面倒見が良さそうな雰囲気から、孤児院にいたのかも、と思ったけれど、それは違うようだった。

「いたっ!」
「っ! ユベール!?」
「大丈夫! ちょっとぶつけただけだから」

 大したことじゃないような口調で言うユベール。けれど、声を出したいほどの痛みだと思うと、気になった。何せ、ただ座っている身。色々と頭を巡らせてしまうのだ。

 そう、せめてその傷を魔法で癒せたら、私でもユベールの役に立てるのに。

「……魔法」

 この姿でも使えるのかな。

 唯一、誰にも負けないと自負できるものが、魔力量だった。こんな小さな体になっても、たとえ本来の魔力量が少なくなっても、他の人よりかはあるはずだ。

 私は自分の両手を見た。まるで紅葉のような、小さな手。そこに向けて意識を集中させた。魔力を水のようにイメージして、手のひらに注ぎ込む。

 私は昔から大きな魔法は苦手だったけれど、治癒魔法はどちらかというと得意な方だった。

 だから、やれる。きっと、できる。
 ユベールの傷を治したいから。
 私を生きる目的にしてくれた、彼のために。

「あっ!」
「わっ! な、何?」

 突然、私から赤い光が飛び出し、室内を染め上げる。遠くにいたユベールも驚いて駆け寄って来た。

「り、リゼット!? 何、やっているの?」
「えっと、魔法を使おうとしたら突然……」

 どうしたらいいの? と聞こうとした途端、赤い光が小さくなっていき、私の胸元にある宝石に集約された。まるで、私の魔力を吸い取ったような、不思議な感じがしたのだ。

 仄かに赤く光る宝石。

「これは……魔石?」
「いや、普通の宝石だよ。ある人から、リゼットを探すならあげる、と言って貰ったんだ。資金源として」
「資金?」
「誰かの手に渡っていたら、譲ってもらう必要があるから、そのための、ね。可愛い人形だから、きっと誰かが所持しているはずだからって」

 か、可愛いって一体誰が……。

 それよりも、ヴィクトル様と似た顔で可愛いって言われると、嬉しさと共に胸が締めつけられた。
 ヴィクトル様に言われて一番嬉しい言葉だったから、余計に。

 会いたい……。拒絶されたのに、どうしてそう思うんだろう。きっと、ユベールの顔が、幼き頃のヴィクトル様を彷彿させているからだ。