「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 私があの炎を消したの!?」

 全く身に覚えのない話に、私はただただ驚くだけだった。

 だって、何度も水魔法をぶつけても、炎の勢いは止められなかったからだ。それをどうやって消したのか。憶えていないのだから、当然だった。

 しかしベッドの傍にある椅子に座り直したユベールは、私の反応を想定していたらしい。呆れたり、驚いたりしている様子は一切なかった。苦笑はしていたけれど。
 あと、何故かその後、照れている。何で?

「僕も意識が朦朧と、いやほとんどなかったから、そこについては説明できないんだけど、駆けつけてくれたサビーナさんが言うには、そうらしいんだ」
「サビーナ先生が!? 今、どこにいるの?」

 すると、急に不機嫌になるユベール。話題に出したのはそっちなのに。

「事後処理」
「あっ、火事の……」

 ユベールがここにいる、ということは誰かが対応してくれているのだ。
 何せ私たちは未成年。保護者がいないのだ。だからサビーナ先生がその役目をしてくれているらしい。

「でも、タイミングが良すぎない? サビーナ先生なら、そういうこともあり得そうな話だけど」
「……実は、これには仕掛けがあって」
「えっ! 火事が!?」
「ち、違うよ! しかもそっちは事故だから! 僕も被害者の一人なんだから勘違いしないで!」
「ごめんなさい」

 私の最後の記憶には、しっかりとユベールの悲鳴が残っていた。
 ユベールの姿が見えないくらい、勢いよく燃え盛る炎。二つの悲鳴。

 思い出しただけでも恐ろしかった。

 すると、ユベールが慌てて私の傍に寄る。

「いいんだよ。僕の方こそ、ごめん。いきなり大きな声を出して。……実はリゼットに何かあった時のためにってサビーナさんからこれを預かっていたんだ」

 ユベールは私にも見えやすいように、首にかけていたネックレスを外し、手のひらに乗せた。私の瞳の色と同じ、赤い石が付いたネックレスを。しかし、よく見ると……。

「これって魔石じゃない。ユベールは確か、魔力がないって言っていなかった?」
「うん。だからこの魔石は、リゼットの魔力に反応する仕掛けになっているんだ。もしも力を暴走させた時とか、人間に戻った時を想定して。特にリゼットは魔力量が多いから、サビーナさんでも止められるかどうかって危惧していたんだよ」
「そう、だったの。……だからそのネックレスが反応したから、サビーナ先生がやって来てくれたのね」

 そこまで心配してくれていたなんて……。

「黙っていてごめん」
「ううん。何か事情があったと思うから気にしていないわ」

 多分、サビーナ先生は私に余計なプレッシャーをかけないようにしてくれたのだろう。
 ユベールに至っては……私のせいでサビーナ先生を敵視して言わなかったのが、手に取るように分かった。

「どちらかというと、松明を持っていた……えっと赤毛の人の方が気になるわ。どうなったのか、とか。無事なのか、とか。その……ユベールの……知り合い、なんでしょう?」

 確かシビルって名前の、ユベールのことが好きな少女。拒絶されて、私とは正反対の行動を取った恐ろしい人。
 あの時、二人の会話が聞こえなかったから、余計に気になっていたのだ。

「……うん。ブディックに行った日のことを憶えているかな。帰りにラシンナ商会に寄った時のこと」
「明確にどこ、とは言っていなかったけど、ユベールが気乗りしていないのは伝わってきたわ」
「いつもどうでもいい注文から、ちょっと困った注文までしてくるお客さんでね。ブリットさんを経由して注文を受けているんだけど、頻度も多くて困っていたんだ。その相手がラシンナ商会のお嬢さん、シビル・ラシンナ。リゼットが見た赤毛の人だよ」

 やっぱり。

「なんとなくそうじゃないかなって思っていたわ。ユベールのことが好きそうに見えたし」
「僕は違うよ! 僕は――……」
「大丈夫! 迷惑に思っているのは感じたから。だから、あんな惨事になったのよね」

 ユベールが拒絶していなかったら、起こることのない惨事。拒絶には拒絶を。私もした行為だから分かる。

 あんな過激ではないけれど……。いや、殺してください、とお願いした私も過激だったかな?

「……僕も悪い、とは分かっているんだ。最初から拒否していれば良かったんだけど、シビルのお陰で今の仕事にありつけたから。機嫌を悪くさせてご主人や女将さんに迷惑をかけたくなくて……」
「うん。でも、シビルさんの気持ちもよく分かるの。少しの希望でも(すが)りたくなる気持ちが。私もそうだったから」
「お祖父様に?」
「……心変わりされた、という噂を聞いても、プレゼントを受け取る度に期待してしまうの。それっきりになったとしても」

 簡単に気持ちを切り替えることはできなかった。だって、好きだったから。ヴィクトル様のことが。だから、ユベールを責めるつもりはない。

 私が勝手に縋って、勝手に恨んだだけ。シビルさんも多分、そうだと思う……。これを我が儘だと、一言で済ませてほしくはないところだけど。

 きっとユベールには伝わらない。ヴィクトル様もそうだったから。

「……僕はお祖父様のようなことは、しないけどな」
「え?」
「ううん。何でもない」

 そっぽを向くユベールの姿に、私は思わず首を傾げた。すると今度は、拗ねたような顔を向けられる。

「リゼット?」
「ごめんなさい、つい」

 それがあまりにも可愛くて、おかしく見えたものだから。
 口元を手で隠しても、笑っているのがユベールにバレてしまった。さらに咎められると分かっていても、笑いが止まらない。
 次第にユベールも諦めたのか呆れたのか、一緒になって笑ってくれた。

 あぁ、やっぱりユベールの傍は、居心地がいいな。心が温かくなるのを感じた。