ユベールが赤毛の少女と何か話している。よく聞こえなかったけれど、それを見ているだけで胸がモヤッとした。

 私も人間の姿だったら、堂々と二人の間に割って入るのに……。それができなくて、もどかしかった。

 すると突然、赤毛の少女が笑い出す。松明を振り上げて、家を燃やそうとしていたのだ。

「そうよ、無くなっちゃえば。無くなっちゃえばいいのよ。そうすれば……!」
「望みが叶うんですか?」

 思わず口に出ていた。呟きにも似た、小さな声で。だからまさか、赤毛の少女に届いていたとは思わなかったのだ。

 身を隠していたし、草という壁で聞こえるはずがない。その安心感から出た言葉だったのに。私はさらに身を縮めた。

「出て来なさいよ!」「卑怯者!」

 次々に浴びせられる罵倒に、体が震えた。フラッシュバックのように、幻の使用人たちの姿が私を囲む。

 怖い……ユベール……!

 するとユベールは赤毛の少女の手を取っている。私ではなく、彼女の……!

「やめて!」

 途端、燃え上がる炎。

「え?」

 何で? どうして?

「キャャャャャャャャャャャャーーー!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」

 二人の悲鳴にハッとなった。

「ユベール!」

 けれど炎は、それに呼応するかのように勢いを増していった。
 赤く、高く燃え広がる炎。背の高い草にまで引火して、その奥にある家が見えなくなってしまった。すると次第に灰色の煙がもくもくと現れて、行く手を阻む。

「どうしたら……水……水……そうだ。火には水。水で消さないと」

 広域魔法は苦手だけど、これなら……!

「アクアスプラッシュ!」

 両手を前に出し、炎に向けて大量の水を飛ばした。しかし、炎の勢いが強過ぎて、すぐに消えてはくれなかった。
 だから何度も何度も水をぶつける。

「こんな時まで役立たずだなんて……」

 けれどどんなに水魔法をぶつけても、炎の勢いは止まらない。

 何で? どうして? 消えてよ! お願いだから……!

「アクアスプラッシュ! アクアスプラッシュ!」

 バサッ!

「はぁはぁはぁはぁ」

 風魔法で体を浮かせながら、水魔法を使っていたからだろう。体が草の上に落ちた。

 倒れている場合でも、休んでいる暇もないのに。早く火を消さないとユベールが……ユベールが……死んじゃう!

 私は立ち上がって、燃え盛る炎を見上げた。

「助けなきゃ……」

 力が、力があるんじゃないの!? だからヴィクトル様のところに行ったんじゃなかったの!

 この力で竜を倒すって。人々を守るために。

 それなのに失うの? また自分のせいで、たくさんの人を悲しませて……傷つけて……。

 嫌、嫌だよ……。ユベール……。

『僕にはリゼットしかいないんだ……』

「私だって、私だってユベールしかいないのに……!」

 ギュッと胸元の魔石を握り締めた。途端、赤く光り出した。炎よりも赤い、鮮やかな色をした光が、強く辺りを照らし出す。

 その中を私は一歩、一歩、炎に向かって歩いて行った。力が溢れているからなのか、怖さを感じない。むしろ、行かなきゃならない衝動に駆られていた。

 そう、ユベールを助けるために。

「どこにいるの?」

 炎の中を歩きながら、私はユベールを探した。ユベールが私を探してくれたように、今度は私が。

 その歩みはゆっくりだというのに、いつもより早く感じる。目の高さも、いつもと違う感じがした。風魔法で体を浮かせていないのに。

 けれどそんな疑問は、すぐに搔き消されてしまう。体中、炎に包まれたユベールを発見したからだ。

「ゆ、ユベール……」

 立っているのがやっとな姿に涙が止まらない。私の方に伸びた手を、両手で包み込んだ。その手が炎でただれていて痛々しい。
 早く治さなければ、手を遅れになりそうなほど、ユベールの体もまた酷かった。

 私は祈るように、その手に顔を近づける。

「お願い、ユベールを助けて」

 もう失いたくないの!

「私だって一人になりたくない!」

 そう叫んだ瞬間、私を包み込んでいた赤い光が大きくなり、辺り一面に広がり始めた。左右は勿論のこと、上にも向かって、すべてを包み込んでいく。

 それは禍々しく燃え盛っていた炎も例外ではなかった。
 私の赤い光が、炎をも飲み込むように掻き消していく。ユベールの体に付いていた炎も、ただれた肌も。焦げた銀髪さえも、私の望み通りに治っていた。

 そっとユベールの頬に触れる。

「良かった」

 温かい。さらに抱き締めると、心臓の音が聞こえた。

 トクン、トクン。

 規則正しい音と安堵感から、私はユベールを抱き締めたまま、草の上に倒れ込んだ。いつの間にか、人間の姿に戻っていることにも気がつかずに。