「何を言っているの? 私がユベールを? あはははっ! そんなことをして、なんになるのよ」

 何でもないように笑うシビル。ここが僕の家の前でなく、シビルの家、ラシンナ商会だったら、他愛もない会話で済んでいただろう。
 けれど彼女は一人、ここで松明を持っている。日が暮れていないのにもかかわらず。

 持つ必要がない物を手に持っている時点で、それは異常な光景だった。しかしシビルにとっては何一つ、おかしくはないのだろう。上機嫌に言葉を続けた。

「そもそも私がユベールを殺す理由なんてないでしょう。私の気持ちに気づいておきながら、ずっと知らない振りをしてきたくせに。よくそんなことが言えるわね」
「それはこっちのセリフだよ。シビルの気持ちに応えるつもりがないから無視していたんだ。それも分からないのなら、いい加減、諦めろよ。迷惑なんだ」
「孤児のくせに、私に楯突くつもり!?」

 やっぱりシビルも同じだった。僕を服中させたい、異常な性癖の連中と。

「お父様からの紹介で、今の仕事にありつけたのに」
「そうだ。ご主人のお陰であって、シビルのお陰じゃない」
「でも、キッカケは私よ」
「……お礼はしたじゃないか」
「まさか、あれだけでいいとでも?」

 シビルはそう言うが、直した小物入れの他に、衣装ケースの飾り、ブローチ、髪留め。
 それから人形の服を作っていることを知られてからは、それも。あと、人形とお揃いの服も作らされた。サイズはブリットさんが知っていたから、それに合わせて……。

 一応、配慮してくれているのか、無理難題を押し付けられることはなかった。
 また、シビルの我が儘から請け負った仕事だっただけに、通常よりも報酬がよく、我慢できる範囲だった。選り好みできる立場でもなかったのもあって。

 けれど、それが何度も続けば、ご主人だっていい顔をしなくなるのは当然だった。僕がシビルに気のないことも知っていただけに、娘がカモにされている、と勘違いされてしまったのだ。
 今は、僕も迷惑していることを知っているからいいけど、あの時は本当に困った。

「そう言うけど、支払いはご主人がしているんだ。いつまでもタダというわけにはいかないからって。自分の父親にまで迷惑をかけるなよ」
「何? 今度は一丁前に説教? 自分に親がいないからって(ひが)まないでよ!」
「いないからこそ、大事にしろって言っているんだ」
「煩いわね! いつまでもいない存在に固執するなんて。だから燃やしてあげようとしたんじゃない。こんな家、ユベールに相応しくないし、無くなればウチに来るしかないでしょう?」
「っ!」

 シビルの目的に衝撃を受けた。
 僕の殺害じゃなくて、家の放火だって!? いや、両親との思い出の家を失うのは、僕の心を殺されるのと同じだった。僕の財産も全て……そうリゼットとの思い出さえも……!

 しかし悠長に、悲しみに暮れている暇はなかった。シビルは言い放った勢いと共に、松明を掲げる。

「そうよ、無くなっちゃえば。無くなっちゃえばいいのよ。そうすれば……!」
「望みが叶うんですか?」

 シビルの高笑いが響く中、遠くからリゼットの声が静かに聞こえた。掻き消えてもおかしくはないのに、はっきりと。それはシビルも同じようだった。

「誰! さっきはよくも邪魔をしてくれたわね。隠れていないで出て来なさいよ!」
「邪魔ってことは、やっぱり僕を殺す気だったんじゃないか!」

 折角、シビルの関心が、リゼットから僕に移ったのに。僕は逆にその隙をついて、シビルから松明を奪おうとした。

「違うって言ったでしょう! それよりもさっさと姿を現しなさいよ! 卑怯者!」
「今はこっちが大事だろう!」

 松明を掴んで引き寄せる。けれど奪われまいと、すぐにグンッと持っていかれた。
 僕より体が小さいのに、どこからそんな力が出てくるのか。油断していると、シビルに主導権を握られてしまいそうだった。

 そんな攻防が繰り広げられている中、松明は僕とシビルの間を行き来している。
 左右に揺れながら、火の粉が少しずつ僕とシビルの髪や服の上に落ちる。が、お互い気にしていられなかった。

 奪わなければ、何もかも奪われる。家だけでなく、リゼットにも向く可能性だって……!

「やめて!」

 しかしリゼットは僕の考えなどお構いなしに、声を上げ、そして……。

「ようやく姿を……って、何あれ……人形?」
「っ!」

 僕は咄嗟にシビルを壁に追い詰めた。リゼットの姿を隠すために。しかし、それが不味かった。

 シビルと僕の手の中にあった松明の炎が壁にかかってしまったのだ。
 その瞬間、勢いよく燃え上がる。壁から、それを背にしたシビル、さらに腕を握っていた僕にも。次々に引火していく炎。

「キャャャャャャャャャャャャーーー!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」

 熱い、痛い、熱い、痛い。

 一歩、一歩、後ろに下がると、背の高い草にも火が付く。すると、さらに燃え上り……。

 あ、ダメだ……リゼットにも……。たす……け……ない、と……!

 振り向き、声のした方へ歩いて行く。すでに視界が悪く、目を開けているのかすら分からない。それでも僕はリゼットに向けて手を伸ばした。

「ゆ、ユベール……」

 泣きそうリゼットの声を堺に、僕の意識は途絶えた……。