その日はそのまま、私はいつも通りユベールと共にベッドで寝た。
 真実を知った私が、このままユベールの傍にいていいのか迷ったけれど、今は一人で寝るのが怖い。
 それはユベールも同じだったらしく、サビーナ先生のところへ行こうとしたら止められた。

「僕に遠慮してほしくないんだ。このままサビーナさんについて行かれる方が嫌だから」
「そんなつもりは……」

 ないとは言い切れなかった。私の体を熟知しているのはサビーナ先生だし。私はユベールの家族、親戚を不幸にした張本人だから。

「やっぱり……僕は言ったよね。生きる目的のためにリゼットを探したって。それは探し出して終わりじゃないんだよ。一人になりたくないから探したんだ」
「それなら私でなくても……」

 いいんじゃない、と言いかけてハッとなった。これは失言だ。ユベールとは何でも言葉にしようと言った間柄だったから、油断した。

「リゼットは、僕じゃない誰かに面倒を見てもらう方がいいの?」
「違います」
「ここを離れる、ということはそういうことだよ。サビーナさんのところに行ったら、僕との接点だってなくなるのに……」

 私はベッドから立ち上がり、俯くユベールの頬を撫でた。今はこの距離がもどかしい。

 人間だったら、ユベールの頬を包み込める。抱きしめることだって、できるのに……!

「ごめんなさい」
「リゼットにはお祖父様がいるかもしれないけど、僕にはリゼットしかいないんだ……」
「ユベール……」

 まるで泣いているかのような声音に胸が締め付けられる。こんなに求められている、と分かるだけで嬉しかった。

「私は何処にも行きません。ユベールの傍にいます。だから――……」

 安心してください、と言う前にユベールが横に倒れた。大きく揺れるベッド。それよりもユベールの方が心配で近づくと、規則正しい吐息を立てていた。

「そういえば色々あったから、疲れるのも当然よね。私も眠くなってきたし」

 ユベールが見ていないことをいいことに、私は大きな欠伸をした。けれど、まだ寝るわけにはいかない。

 私は風魔法で自身を浮き上がらせると、掛け布団の端を掴んだ。

「お、重いっ!」

 それでもこのまま寝ては風邪を引いてしまう。
 私は持ち上げるのを諦めて、引きずるように掛け布団をユベールの上にかけた。あとはもう、ユベールと掛け布団の間にできた、僅かな隙間に滑り込む。

「おやすみなさい」

 一仕事を終えた私はご褒美とばかりに、ユベールに寄り添いながら眠りについた。


 ***


「おはよう」

 いつもは私の方が早く目を覚ますのに、今朝はユベールの方から声をかけられた。しかも私をしっかり腕の中に収めながら。

 何処にも行かないと言ったのに。それで私より早く起きたのかしら。

 それがまた可愛く思えて、私はユベールに向かって微笑んだ。

「おはようございます」
「っ! 何だろう。前と比べると、表情が豊かになった?」
「え? 私にはよく分かりませんが、恐らく足が動いたのと同じ原理だと思います」
「確か、リゼットの魔力が魔石に定着したから、だっけ」
「はい。サビーナ先生にも、あとで確認してみましょう」

 多分、同じ見識の回答をされるかもしれない。けれど、それ以上に有益な情報も得られる可能性もある。

 言わなければ、伝えなくては、何も得られない。私はユベールからそう教わったから。


 ***


「おはようございます」
「おはよう、二人とも。よく眠れて?」

 パジャマのまま、ユベールと寝室を出ると、サビーナ先生が出迎えてくれた。何処でいつ寝たのか、分からなかったが気にしている様子はない。

 それどころか昨日と同じ、黒いローブにつばの広い三角帽子、といった変わらぬ姿のままだった。そこから流れる美しい金髪も、優しい眼差しさえも。

「はい。サビーナ先生は?」
「私は……そうね。特別に種明かしをしてあげるわ。これからはリゼットの様子を見に来るのに、気を遣わせたくはないから」
「そんなこと、言わないでください。サビーナ先生には今も、お世話になっているんですから」

 人間だった頃の私はサビーナ先生の教え子だけど、契約していたのはマニフィカ公爵家だった。お礼を渡したくても、罪悪感を抱いているせいで、貰ってはくれないだろう。
 それならばせめて、私のできる範囲内で恩返しがしたかった。多分、それも嫌だと仰るだろうから、こっそりと。

「ありがとう、リゼット」
「いいえ。それで今後は、どれくらいの間隔でいらっしゃるんですか?」
「う~ん、そうね。いくら私が、魔石に魔力が定着する時間を短縮させたからといっても、まだ完了はしていないのよ。リゼットの体に負担をかけてしまうから」
「では、来ていただく度に短縮させてくれる、ということですか?」
「それは定着の仕方次第ね」
「定着した後はどうなるんですか?」

 私が納得していると、キッチンから飲み物を持って来たユベールが質問をする。

「折を見て、人間に戻る魔法を徐々にかける。リゼットが自力で戻るのが一番いいのだけれど、手助けをさせてほしいの。私がリゼットを人形にしてしまったから」
「気にしないでください。サビーナ先生がどれだけ後悔したのか、痛いほど分かるので」
「リゼット……」

 サビーナ先生はテーブルに手を伸ばし、ユベールが持って来た飲み物ではなく、私を持ち上げた。

「本当に可愛い子ね。連れて帰りたいくらい」
「サビーナさん! ダメですよ!」
「あら、少しの間くらいいいじゃない」
「ダメです。昨日、リゼットが約束してくれたんですから。それをすぐに破らせないでください」
「まぁ! 二人とも可愛いわね。これならリゼットが人間に戻るのも早くなりそうだわ」

 口を隠していたからだろうか。後半は私にしか聞こえないほど小さな声で言った。だから私も小声で質問をする。

「早くなる、とはどういうことですか?」
「ふふふっ。そろそろ人間に戻りたいと思う頃合いだと感じたからよ」

 人間に……戻れば抱きしめられるのに、と昨夜は思ったけど……!

「幸せになってね、リゼット」

 サビーナ先生の言葉に私は胸が締めつけられた。私にそんな資格はあるのだろうか。ユベールにはここにいて、と懇願されたけど……それさえも私は迷ってしまった。

 幸せになってもいいの? ヴィクトル様の孫であるユベールと、これからも一緒にいていいの?

 答えの返ってこない質問が、浮かび上がっては消えていく。悲しい感情は沈んでいくのに、嬉しい感情はたくさん出てきても、何故か苦にはならなかった。