落ち着いた、でも熱のこもった声でそう言った先輩に何も答えられずにいると「それで」と先輩がにこやかに俺の顔を覗き込んできた。
「僕の運命である冴介くんが好きだった人は誰なのかな」
「え」
「どうしても見つからない。君と接点があって、君が好意を持ちそうな人をピックアップしてみたけれど、絶対にこれと思える人はいなかった。中学にも高校にも。バイトもしていないから、ほかに出会いの場があるとも思えないし、登下校中もそんな人がいたら僕が一緒にいることをもっと嫌がるだろうし。さっき冴介くんが言っていた特徴も、リストに挙がった人の誰にも当てはまらない気がする。恋愛対象は女の子と聞いていたけどあまり女子に興味がないっていう話も出てきたから、一応男も調べてるんだけど――」
「あの、ちょっと待ってもらっていいですか」
「ん?」
「もしかして、最近、俺のこと調べてたのって先輩ですか。なんか中学の友達からは心配しているようなLIMEが来るし、姉からも俺のことを聞かれたって電話があったんですけど」
俺の問いを先輩は素直に肯定した。
「そう。冴介くんと連絡とれなくなるし、会えなくなるし、いてもたってもいられなくて。とりあえず相手の人が冴介くんにこれ以上関わらないように、なんとかできないかって思って、ちょっとね。手をまわして調べさせてた」
なかなかに怖いな、と思いながらも笑えてくる。この人、俺のこと好きすぎるだろ。なんで俺の失恋相手を調べるためだけに、姫榊家のカードを切ってんだ。
「そっか。調べてるのが先輩だとは思わなかったな。あ、ってことは、前に飯津が好みのタイプとか話しているときに、急に俺を話に巻き込んできたのもそうですか? そういや中田もやたら心配してた気が」
好みのタイプなんて考えるのもだるくて『俺と似た人』と答えたっけ。おかげでナルシスト扱いされたけど、本当に言いたかったのは、先輩のように住む世界が明らかに違う人ではなく、俺と似たような世界に住んでる人という意味だった。もう、あんな思いをしなくてもいいように。
でも。
「……僕以外に、冴介くんのことを調べるような相手の心当たりがあるの?」
まだ笑顔を保ちつつも、急に不穏な雰囲気を醸し出した先輩を見る。
住んでる世界が違うし、嫉妬深いし、しつこいし、なんかつかまったらヤバそうな気もするんだけどな。
でも、そういうところも含めて、姫榊渉という人で、俺は、そんな姫榊先輩がやっぱり好きで。
「相手の心当たりはありますけど、とりあえず、俺のこと調べるのやめてもらってもいいっすか。友達とかこれ以上ビビらせたくないんで」
「……冴介くんが、話してくれるなら」
「俺の好きな人ですか? 俺のことを調べてると思った人?」
「両方」
「好きな人は、姫榊先輩ですよ」
もういいだろう、と俺は笑顔で告げる。ここまで好きになってくれた人を、これ以上拒否する理由なんてない。全然、未来のことなんて考えられないけど、この人なら、きっと俺をどんな手を使ってでも、守ってくれる。
自分の名を聞いて、目の前で見開かれた大きな目が、すぐに疑わし気に細められる。
「そんなわけないよね。それなら、失恋してるわけがないし」
「その辺の話、また夜にでも通話して話しませんか。もう昼休み終わりますし」
え、と言った先輩が音楽室の時計を確認し、顔をしかめる。
「昼休みを生徒会長権限で十分くらい延ばせないかな」
「無理でしょ」
「でもこんな半端なところで……」
「半端でもないんじゃないですか。とりあえず、両想いってことは、はっきりしたので」
そう言って立ち上がると、先輩も急いで立ち上がり、俺のもとにきて両手を握ってくる。出会ったときは振り払った温かい手を、俺は素直に受け入れる。
「本当に? 冴介くんも僕を好きなの?」
「好きですよ。たぶん俺も、中学の頃から、ずっと」
「え」
きょとんとした顔が可愛くて、あははっと笑うと、先輩は俺の顔をまじまじと見たあと、囁くように言った。
「キスしてもいいかな」
「今はダメっすね」
俺の答えに、先輩は大型犬が甘えるような顔をしながら、握った手を指先で撫でてくる。
「本当に冴介くんが僕を好きだっていう証拠がほしい」
「俺、先輩に謝らないといけないことがあるんで。それを聞いても先輩が大丈夫って思えたらでもいいですか」
「……冴介くんのことで、大丈夫じゃないことなんてないと思うけど」
そう言いながらも、無理強いをしようとはしない先輩を愛しく思う。
「じゃあ、行きますか」
「そうだね」
しぶしぶ片手だけ離して、もう片方の手は繋いだまま音楽室の出口に向かう先輩についていくと、はっとしたように見下ろされる。
「そういえば、冴介くんのこと調べてそうな人は誰なの?」
「先輩のお母さんですね」
「え?」
またしても、きょとんとした先輩の顔を見て、俺は笑いながら音楽室の扉を開けた。
*
「今週は、ラッキーアイテムのハンドクリームを塗っていたおかげで、冴介くんの手を握ることができました。それから、ラッキープレイスは、暖かい場所とのことでしたが、南向きで太陽の光がよく入る音楽室で、冴介くんに好きと言ってもらうこともできました。ありがとうございました」
「恥ずいんで、マジでやめてもらえます?」
タロットカードをシャッフルしながら、目の前で正座し、瞳をキラキラさせている先輩を軽く睨む。
「いや、やっぱり新しく占ってもらうなら、まず前の占いのお礼を言わなければと思って」
「っていうか、昨日も言いましたけど、俺の占いは本物じゃないんで、当たってるっていうか、先輩が当たりに来てるんですよ。ハンドクリームを塗ってたから手を握れたって、なんかそれっぽいですけど、よく考えたら全然脈絡なくないですか」
「いや、ハンドクリームを塗ってたから、自信をもって冴介くんの手を握れたんだよ」
「絶対ハンドクリーム塗ってなくても握ってたでしょ……」
まったく、とため息をついたあと、心の中で、姫榊渉さんの本物の運命の人について教えてください、と呟いて、机の上にカードを広げる。左回りにシャッフルした後、一つの山にカードをまとめて、左手で三つの山にわけ、それを目についた順番で一つの山に戻す。
さらに、三回カードを手の中で切って、上から七枚目のカードまでを横によけたあと、先輩を見る。
「どんな結果が出ても受け入れてくださいね」
「もちろん。それにしても、手さばきが美しくてほれぼれするね。さすがミス・アキュイティー先生だな……」
うっとりとした目で座卓の上を見つめる先輩に、ミス・アキュイティーも自分なのに少し面白くない気分になりながら、俺はカードをめくった。
昨日の夜、先輩からかかってきたビデオ通話で、開口一番『謝らなければいけないことって何?』と聞かれた俺は、素直に答えた。
「すみません、実は俺、ミス・アキュイティーなんです」
『え?』
「でも、だますつもりではなかったと言うか、これにはちょっと深いわけがあって――」
『すごいな……! そうか、冴介くんがミス・アキュイティーなんだとすれば、僕はずっと君のことだけ、手放さないようにしていたってことだ。やっぱり運命としか思えない』
証拠を見せようとミス・アキュイティー宛の手紙も用意していた俺は、あっさりと先輩が納得したうえに感動している様子に、逆に不安になった。
「あの、そんなわけないだろとか、よくもだましていたなとか、そういうのはないんですか」
『まさか。驚きはしたけど、そんなことは思わないよ。あと、今ので納得した。君がミス・アキュイティーだって母は知っていたんだね。だから冴介くんも、母に調べられていると思ったってことか』
「そうですけど、なんでそう思ったんですか」
理解が早すぎる、と驚いた俺に先輩は『まずね』と説明を始めた。
『本物の運命の人について書かれたメールがあったよね。あれを読んだとき、すごく違和感があって。どこがって言われてもうまく言えないけど、正直なところあのときは冴介くんの好きな人を探ることで頭がいっぱいだったから、とりあえず気にしないことに決めたんだ』
すごすぎる。ミス・アキュイティーをやめると言ったとき、母に、占う人が変わったらファンの人たちは気づくと言われたことがあった。そんなわけない、とあのときは思っていたけれど、占わないで書いた文章で違和感を覚えるくらいだから、少なくとも姫榊渉少年は気づいたかもしれないな、と数年越しに納得する。
『そのあとすぐ母からランチに誘われて。正直冴介くんのことでそれどころではなかったけど、仕方なくついていったら、レストランに五徒さんと彼女のお母さんがいて、一緒に食事をすることになったんだ。最初は本当に偶然だと思ったけど、すぐに見合いのような雰囲気を感じてね。でも、僕はそんなつもりはなかったから、休みの日に何をしているのかと聞かれたときに、僕の運命の人の身辺調査に忙しくしてますって答えて」
「うわぁ……」
『当然、母は言葉の綾で、なんて誤魔化そうとして、五徒さんのお母さんも引きつつも笑っていたけど、五徒さんがあの一年生の子かって聞いてきて認めたら、選挙期間中に二人の時間を邪魔してごめんなさいって謝られて、そこからは生徒会活動のこととかを話して和やかに終わったんだけどね。帰り道に母が、ミス・アキュイティーに何か言われなかったのかって聞いてきて、本物の運命の人が五徒さんのことを指してたって気づいたんだ。だからそのことを話して、でも僕の運命の人は冴介くんだけだって母に言ったら、渉が我を通すのはミス・アキュイティーと、運命の人に関することだけねって、それならもう仕方ないのかもしれない、頑張りなさいって言われたんだ。あと、アキュイティー先生に、本物の運命の相手と出会うと伝えてくれるように頼んだのは自分だから、あの占いは気にしないように、とも教えてくれて』
「そうだったんですか……」
だから、一度も本物の運命の人については触れて来なかった、ということだ。
『つまり、母が君に連絡を取ったということだよね。そして冴介くんは僕を好きだけど、ミス・アキュイティーが伝えれば僕が五徒さんを本物の運命の人だと信じ込むと思っていたから、失恋したと思ったってことか』
「まあ……そうです」
恥ずかしいから冷静に分析しないでほしいと思いつつも頷く。
『なるほどね。あと僕の疑問としては、なぜ冴介くんが運命の人として現れたのかってことなんだけど。中学のときから好きだったって音楽室で言ってくれたけど、それにしては運命の相手として出会ったあとも、まったくその気はなさそうだったし』
「あぁ、そこについては話すと長くなるんですけど――」
そう前置きをして、俺は、先輩の専属の占い師になってからのことを説明した。占いのために中高と先輩と同じ学校に入ったこと。運命の人として現れたけれど本当に運命の人になるつもりはなかったこと。占いの契約を終わらせたいと思っていたこと。誤解のないように詳しく話す俺に、先輩は途中で口をはさむこともなく、しっかり耳を傾けてくれた。
「――なるほどね。よく分かった。僕のことを考えてくれての行動だったんだね」
「まあ、そうですね。あと、百合恵さんにも同じような説明をしたんですけど、そのときに先輩への恋愛感情はないって言っちゃったんですよね……。なんか、今さらって思われそうだな……」
『そんなことない。なるべくしてなった結果だとしか思わないよ』
「だといいんですけど」
『それで、冴介君が謝りたかったっていうのは、ミス・アキュイティーであることを隠していたことについてでいい?』
「あと、本物の運命の人について、頼まれたとは言え占いもせず嘘をついたことですね」
俺の言葉に、先輩はいたずらっぽく笑った。
『それについては、きちんと本物の運命の人について占ってもらうってことで手打ちにしようか』
「えー、もう占いなんていらないじゃないですか。所詮俺の占いなんて偽物ですよ」
『いや、実際に僕を占ってくれているところも見てみたい。あれだけ当たるんだから気になるよ』
その言葉に、いや、俺の占いは別に当たってなくて、そちらが当たりに来ているだけだとか、占いを信じる心理的なあれこれとかいろいろ説明したが、先輩は頑として折れてくれず、嘘をついたという負い目もある俺は、目の前で一回だけ占いをすることをしぶしぶ承諾した。
さすがにまだ実家に姫榊先輩を連れて行く勇気はないので、場所は先輩の家となり、こうして俺は土曜日の午前中からだだっ広いリビングでカードを広げている、というわけだ。
「まず一枚目。これが、メインのカードになります。クイーンのカップの正位置なので、そうですね。満ち足りているイメージです。優しさ、思いやり、温かい愛情、とか、包容力、とかそういうものを表しています」
「つまり冴介くんだね。すべてがマッチしている」
「確かにこれが運命の相手を表しているとは思うんですけど、姫榊先輩から見た、美化された俺なんですかね……。で、二枚目は、ワンドの十の正位置。プレッシャーを抱えながら進んでいる、という感じです。なんだろう、理想を抱えて諦めずに来ていて、そのゴールが間近、みたいな」
「つまり冴介くんを諦めなかった僕を表しているんだね」
「とりあえず、全部のカードが出るまで、意味を探るのは待ってもらっていいですか」
「あ、はい」
正座をしたまま素直に頷く先輩を前に、またカードをめくる。
「三枚目は、ペンタクルの十の正位置。これは、まあ、基盤となるものって感じですね。成功とか、家族とか、経済的な安定とか。なんか先輩の御実家っぽいイメージですね。あと、十が続けて出るっていうのがなんか、大きな変化、みたいな感じがあります」
「なるほど」
「次が、ペンタクルの三の逆位置ですね。うーん、なんだろう。周りからあれこれ言われて、自信が持てなくなったり、将来への不安を感じたりするのかも」
確かに、この先そういうことも多くなるだろうな、とカードを真剣に見つめている先輩をちらっと見る。
「次にいきます。あ、太陽の正位置。これはそのままのイメージですね。喜び、将来の明るさ、想像以上の成功って感じです。で、六枚目がマジシャンの正位置。新しいスタートという意味です。自信をもって前向きに行きましょう、と言ってます」
「本当にすごいな。僕たちのことを知ってるみたいだ」
感心したように呟いた先輩を前に、最後のカードを開いた俺は笑ってしまう。
「七枚目はペンタクルの六の逆位置ですね。これ、相手への気持ちのバランスがとれていないというカードで、支配したいとか思い通りにしたいとか、そういう気持ちに気を付けて、相手の状況を思いやりなさいって忠告してます。つまり、俺に関することにマウントとったり嫉妬したりってことを控えた方がいいってことかと」
「そこまで見透かされるとは……」
「で、全体的なイメージを見ると、そうですね。美化されすぎですけどメインのカードが俺だとして」
俺は七枚のカードのうち下の六枚を半分に指先で区切ってみせる。
「左側が潜在意識、右側が顕在意識や現実を表すと読み解くこともあって、今回もそんな感じがします。現実を表す右側でいくと、おそらく姫榊家っていうお家柄の関係で、周りから俺のことであれこれ言われるんでしょうね。でもそう言った声や圧に負けないでゴールに向かって進んでいくっていうイメージです」
「誰にも何も言わせないよ。心配しなくていい」
力強い答えに安心感を覚えつつ、俺は左側の三枚を指さす。
「で、こちらの三枚なんですけど、まあ、なんだろう。運命の人と新しい関係性を築けてとてもハッピーなんだろうなっていうのが伝わってきます。ただ、さっきも言いましたけど、その結果、無意識のうちに嫉妬したり束縛したりという激重な行動をとりそうなので気を付けてください。以上です」
俺の説明を聞きながら真面目な顔でカードを見ていた先輩に「どうでした?」と声をかける。
「それらしく占えたかと思うんですけど。実際には、かなりこじつけですけどね。所詮、エセ占い師なので、話半分で――」
「そんなこと言わないで」
先輩に優しく遮られ、カードを集めていた俺は言葉を止める。
「こういったカードが出てきているのは事実だから、こじつけだけではないと思うし、心当たりがあることを言われてすごいなって思ったよ。それに、占ってる冴介くんがね、すごく楽しそうで生き生きとしていて、あぁ、本当にミス・アキュイティー先生なんだって実感した。アキュイティー先生の占いはね、なんていうのかな、いつも温かいんだ。それは、きっと冴介くん自身がタロットを愛しているからなんだね」
不意に目頭が熱くなって、俺は慌てて瞬きをし、手元を見る。
自分の占いを否定することは、手の中にある、少しよれた大事なタロットカードを否定することなのだと、先輩の言葉で気付かされる。
初めてこのカードを与えられたとき、美しい絵とカードごとに紡がれる様々な物語に幼い俺はすぐに心を奪われた。いくら見ても飽きることはなかった。あれから十年が経つけれど、俺だけに語り掛けてくる言葉を、繰り出してくる驚きのストーリーを、垣間見せてくれる未来を、タロットカードから受け取る瞬間というのは、毎回ワクワクする。
先輩の言うとおり、俺はタロットが大事で愛しているのだ。間違いなく。
「そんな君が、エセ占い師なわけがない。僕が尊敬する、最高の占い師、ミス・アキュイティーそのものだよ」
先輩の真っすぐな言葉と同時に、どこか別の存在のように感じていたミス・アキュイティーが自分にゆっくりと重なってくるような感覚を覚えて、肌が粟立つ。
そうだ。ミス・アキュイティーも青木冴介も、俺なのだ。ミス・アキュイティーとして、青木冴介として、そんなふうに考えるから、嘘をついているような気になってしまっていた。俺は、俺なのに。
「……なんか、ミス・アキュイティーっていう偶像が、俺とはかけ離れたところで人気占い師として独り歩きしていて、でも――なんというか、実際の俺は平凡な人間だから、ずっと周りをだましているような気持ちだったし、偽占い師だって自虐的になっていた気が、します」
俺が自分の考えをまとめながら話すのを、先輩は黙って聞いていた。
「だから、俺なんかが占いを続けちゃいけないって、どこかでずっと思ってました。でも、先輩が、俺がミス・アキュイティーだって認めてくれるなら、これからも占いをしても、いいんですかね」
タロットカードを見つめながら言うと、先輩が「いいも何も」と言う。
「さっきの占いを見て、やっぱり君にこれからも僕の占いを続けてほしいって思ったんだから、お願いしたいのはこっちのほうだよ」
温かい声に目をあげると、先輩がにこりとして続けた。
「本当は僕、ちょっと前からミス・アキュイティーとの契約を終わりにしようかと思ってたんだよね」
「え?」
「なんかラッキーアイテムとかラッキープレイスで冴介くんに関するいいことがあると、僕よりもミス・アキュイティーのほうが冴介くんを分かってるって言われてるような気がしちゃって。嫉妬したというか」
「あ、だからメールに俺のことを書いてこなくなってたんですか。ヤバいっすね」
思ってもみなかった理由すぎて笑ってしまう。ペンタクルの六のカードからの忠告を、もっと心に留めてもらわないといけない。
「でも、もうそんな心配もしなくてよくなったし、改めて契約継続をお願いしたいんだけど、どうかな」
「分かりました」
俺はちょっと胸を張ってみせる。今なら、堂々と言える気がする。
「先輩の専属占い師、ミス・アキュイティーとしてこれからも占いましょう」
「頼もしいな」
ふふっと笑った先輩が「じゃあ、ミス・アキュイティーにもう一つ占ってほしいことがあるんですが」と言ってくる。
「あ、来週の運勢ですか?」
「それもそうだね、占ってもらえると嬉しいんだけど」
先輩が俺の顔をじっと見てくる。
「その前に、運命の人とキスをしたいんですが、タイミングはいつがいいでしょうか」
「……そうですね」
そわそわしながら期待の眼差しでこちらを見る先輩に対し、大型犬に待てをしているような気分になりながら、俺はおもむろにタロットカードをもう一度シャッフルし、横一列に広げ、そこから目についた一枚のカードを引く。
出たカードを確認した俺は笑って先輩に告げた。
「今、ですね」
嬉しそうに笑い返してきた先輩の手が俺の頬にそっと触れる。
少し傾けられた顔が近づいてくるのを見て、俺は満ち足りた気持ちで目を閉じた。
テーブルの上にそっと置いたカードは、二十一番「世界」の正位置。意味は「達成」「完成」「満足」「喜び」。
そして、「ハッピーエンド」。
「ミス・アキュイティーのキューティーな小部屋」から始まった運命の輪が、今、ようやく繋がったのだ。
――王子様と専属占い師は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ
思わぬ結末も、いいものかもしれない。そんなことを考えながら、俺は唇を重ねたまま微笑んだ。
「僕の運命である冴介くんが好きだった人は誰なのかな」
「え」
「どうしても見つからない。君と接点があって、君が好意を持ちそうな人をピックアップしてみたけれど、絶対にこれと思える人はいなかった。中学にも高校にも。バイトもしていないから、ほかに出会いの場があるとも思えないし、登下校中もそんな人がいたら僕が一緒にいることをもっと嫌がるだろうし。さっき冴介くんが言っていた特徴も、リストに挙がった人の誰にも当てはまらない気がする。恋愛対象は女の子と聞いていたけどあまり女子に興味がないっていう話も出てきたから、一応男も調べてるんだけど――」
「あの、ちょっと待ってもらっていいですか」
「ん?」
「もしかして、最近、俺のこと調べてたのって先輩ですか。なんか中学の友達からは心配しているようなLIMEが来るし、姉からも俺のことを聞かれたって電話があったんですけど」
俺の問いを先輩は素直に肯定した。
「そう。冴介くんと連絡とれなくなるし、会えなくなるし、いてもたってもいられなくて。とりあえず相手の人が冴介くんにこれ以上関わらないように、なんとかできないかって思って、ちょっとね。手をまわして調べさせてた」
なかなかに怖いな、と思いながらも笑えてくる。この人、俺のこと好きすぎるだろ。なんで俺の失恋相手を調べるためだけに、姫榊家のカードを切ってんだ。
「そっか。調べてるのが先輩だとは思わなかったな。あ、ってことは、前に飯津が好みのタイプとか話しているときに、急に俺を話に巻き込んできたのもそうですか? そういや中田もやたら心配してた気が」
好みのタイプなんて考えるのもだるくて『俺と似た人』と答えたっけ。おかげでナルシスト扱いされたけど、本当に言いたかったのは、先輩のように住む世界が明らかに違う人ではなく、俺と似たような世界に住んでる人という意味だった。もう、あんな思いをしなくてもいいように。
でも。
「……僕以外に、冴介くんのことを調べるような相手の心当たりがあるの?」
まだ笑顔を保ちつつも、急に不穏な雰囲気を醸し出した先輩を見る。
住んでる世界が違うし、嫉妬深いし、しつこいし、なんかつかまったらヤバそうな気もするんだけどな。
でも、そういうところも含めて、姫榊渉という人で、俺は、そんな姫榊先輩がやっぱり好きで。
「相手の心当たりはありますけど、とりあえず、俺のこと調べるのやめてもらってもいいっすか。友達とかこれ以上ビビらせたくないんで」
「……冴介くんが、話してくれるなら」
「俺の好きな人ですか? 俺のことを調べてると思った人?」
「両方」
「好きな人は、姫榊先輩ですよ」
もういいだろう、と俺は笑顔で告げる。ここまで好きになってくれた人を、これ以上拒否する理由なんてない。全然、未来のことなんて考えられないけど、この人なら、きっと俺をどんな手を使ってでも、守ってくれる。
自分の名を聞いて、目の前で見開かれた大きな目が、すぐに疑わし気に細められる。
「そんなわけないよね。それなら、失恋してるわけがないし」
「その辺の話、また夜にでも通話して話しませんか。もう昼休み終わりますし」
え、と言った先輩が音楽室の時計を確認し、顔をしかめる。
「昼休みを生徒会長権限で十分くらい延ばせないかな」
「無理でしょ」
「でもこんな半端なところで……」
「半端でもないんじゃないですか。とりあえず、両想いってことは、はっきりしたので」
そう言って立ち上がると、先輩も急いで立ち上がり、俺のもとにきて両手を握ってくる。出会ったときは振り払った温かい手を、俺は素直に受け入れる。
「本当に? 冴介くんも僕を好きなの?」
「好きですよ。たぶん俺も、中学の頃から、ずっと」
「え」
きょとんとした顔が可愛くて、あははっと笑うと、先輩は俺の顔をまじまじと見たあと、囁くように言った。
「キスしてもいいかな」
「今はダメっすね」
俺の答えに、先輩は大型犬が甘えるような顔をしながら、握った手を指先で撫でてくる。
「本当に冴介くんが僕を好きだっていう証拠がほしい」
「俺、先輩に謝らないといけないことがあるんで。それを聞いても先輩が大丈夫って思えたらでもいいですか」
「……冴介くんのことで、大丈夫じゃないことなんてないと思うけど」
そう言いながらも、無理強いをしようとはしない先輩を愛しく思う。
「じゃあ、行きますか」
「そうだね」
しぶしぶ片手だけ離して、もう片方の手は繋いだまま音楽室の出口に向かう先輩についていくと、はっとしたように見下ろされる。
「そういえば、冴介くんのこと調べてそうな人は誰なの?」
「先輩のお母さんですね」
「え?」
またしても、きょとんとした先輩の顔を見て、俺は笑いながら音楽室の扉を開けた。
*
「今週は、ラッキーアイテムのハンドクリームを塗っていたおかげで、冴介くんの手を握ることができました。それから、ラッキープレイスは、暖かい場所とのことでしたが、南向きで太陽の光がよく入る音楽室で、冴介くんに好きと言ってもらうこともできました。ありがとうございました」
「恥ずいんで、マジでやめてもらえます?」
タロットカードをシャッフルしながら、目の前で正座し、瞳をキラキラさせている先輩を軽く睨む。
「いや、やっぱり新しく占ってもらうなら、まず前の占いのお礼を言わなければと思って」
「っていうか、昨日も言いましたけど、俺の占いは本物じゃないんで、当たってるっていうか、先輩が当たりに来てるんですよ。ハンドクリームを塗ってたから手を握れたって、なんかそれっぽいですけど、よく考えたら全然脈絡なくないですか」
「いや、ハンドクリームを塗ってたから、自信をもって冴介くんの手を握れたんだよ」
「絶対ハンドクリーム塗ってなくても握ってたでしょ……」
まったく、とため息をついたあと、心の中で、姫榊渉さんの本物の運命の人について教えてください、と呟いて、机の上にカードを広げる。左回りにシャッフルした後、一つの山にカードをまとめて、左手で三つの山にわけ、それを目についた順番で一つの山に戻す。
さらに、三回カードを手の中で切って、上から七枚目のカードまでを横によけたあと、先輩を見る。
「どんな結果が出ても受け入れてくださいね」
「もちろん。それにしても、手さばきが美しくてほれぼれするね。さすがミス・アキュイティー先生だな……」
うっとりとした目で座卓の上を見つめる先輩に、ミス・アキュイティーも自分なのに少し面白くない気分になりながら、俺はカードをめくった。
昨日の夜、先輩からかかってきたビデオ通話で、開口一番『謝らなければいけないことって何?』と聞かれた俺は、素直に答えた。
「すみません、実は俺、ミス・アキュイティーなんです」
『え?』
「でも、だますつもりではなかったと言うか、これにはちょっと深いわけがあって――」
『すごいな……! そうか、冴介くんがミス・アキュイティーなんだとすれば、僕はずっと君のことだけ、手放さないようにしていたってことだ。やっぱり運命としか思えない』
証拠を見せようとミス・アキュイティー宛の手紙も用意していた俺は、あっさりと先輩が納得したうえに感動している様子に、逆に不安になった。
「あの、そんなわけないだろとか、よくもだましていたなとか、そういうのはないんですか」
『まさか。驚きはしたけど、そんなことは思わないよ。あと、今ので納得した。君がミス・アキュイティーだって母は知っていたんだね。だから冴介くんも、母に調べられていると思ったってことか』
「そうですけど、なんでそう思ったんですか」
理解が早すぎる、と驚いた俺に先輩は『まずね』と説明を始めた。
『本物の運命の人について書かれたメールがあったよね。あれを読んだとき、すごく違和感があって。どこがって言われてもうまく言えないけど、正直なところあのときは冴介くんの好きな人を探ることで頭がいっぱいだったから、とりあえず気にしないことに決めたんだ』
すごすぎる。ミス・アキュイティーをやめると言ったとき、母に、占う人が変わったらファンの人たちは気づくと言われたことがあった。そんなわけない、とあのときは思っていたけれど、占わないで書いた文章で違和感を覚えるくらいだから、少なくとも姫榊渉少年は気づいたかもしれないな、と数年越しに納得する。
『そのあとすぐ母からランチに誘われて。正直冴介くんのことでそれどころではなかったけど、仕方なくついていったら、レストランに五徒さんと彼女のお母さんがいて、一緒に食事をすることになったんだ。最初は本当に偶然だと思ったけど、すぐに見合いのような雰囲気を感じてね。でも、僕はそんなつもりはなかったから、休みの日に何をしているのかと聞かれたときに、僕の運命の人の身辺調査に忙しくしてますって答えて」
「うわぁ……」
『当然、母は言葉の綾で、なんて誤魔化そうとして、五徒さんのお母さんも引きつつも笑っていたけど、五徒さんがあの一年生の子かって聞いてきて認めたら、選挙期間中に二人の時間を邪魔してごめんなさいって謝られて、そこからは生徒会活動のこととかを話して和やかに終わったんだけどね。帰り道に母が、ミス・アキュイティーに何か言われなかったのかって聞いてきて、本物の運命の人が五徒さんのことを指してたって気づいたんだ。だからそのことを話して、でも僕の運命の人は冴介くんだけだって母に言ったら、渉が我を通すのはミス・アキュイティーと、運命の人に関することだけねって、それならもう仕方ないのかもしれない、頑張りなさいって言われたんだ。あと、アキュイティー先生に、本物の運命の相手と出会うと伝えてくれるように頼んだのは自分だから、あの占いは気にしないように、とも教えてくれて』
「そうだったんですか……」
だから、一度も本物の運命の人については触れて来なかった、ということだ。
『つまり、母が君に連絡を取ったということだよね。そして冴介くんは僕を好きだけど、ミス・アキュイティーが伝えれば僕が五徒さんを本物の運命の人だと信じ込むと思っていたから、失恋したと思ったってことか』
「まあ……そうです」
恥ずかしいから冷静に分析しないでほしいと思いつつも頷く。
『なるほどね。あと僕の疑問としては、なぜ冴介くんが運命の人として現れたのかってことなんだけど。中学のときから好きだったって音楽室で言ってくれたけど、それにしては運命の相手として出会ったあとも、まったくその気はなさそうだったし』
「あぁ、そこについては話すと長くなるんですけど――」
そう前置きをして、俺は、先輩の専属の占い師になってからのことを説明した。占いのために中高と先輩と同じ学校に入ったこと。運命の人として現れたけれど本当に運命の人になるつもりはなかったこと。占いの契約を終わらせたいと思っていたこと。誤解のないように詳しく話す俺に、先輩は途中で口をはさむこともなく、しっかり耳を傾けてくれた。
「――なるほどね。よく分かった。僕のことを考えてくれての行動だったんだね」
「まあ、そうですね。あと、百合恵さんにも同じような説明をしたんですけど、そのときに先輩への恋愛感情はないって言っちゃったんですよね……。なんか、今さらって思われそうだな……」
『そんなことない。なるべくしてなった結果だとしか思わないよ』
「だといいんですけど」
『それで、冴介君が謝りたかったっていうのは、ミス・アキュイティーであることを隠していたことについてでいい?』
「あと、本物の運命の人について、頼まれたとは言え占いもせず嘘をついたことですね」
俺の言葉に、先輩はいたずらっぽく笑った。
『それについては、きちんと本物の運命の人について占ってもらうってことで手打ちにしようか』
「えー、もう占いなんていらないじゃないですか。所詮俺の占いなんて偽物ですよ」
『いや、実際に僕を占ってくれているところも見てみたい。あれだけ当たるんだから気になるよ』
その言葉に、いや、俺の占いは別に当たってなくて、そちらが当たりに来ているだけだとか、占いを信じる心理的なあれこれとかいろいろ説明したが、先輩は頑として折れてくれず、嘘をついたという負い目もある俺は、目の前で一回だけ占いをすることをしぶしぶ承諾した。
さすがにまだ実家に姫榊先輩を連れて行く勇気はないので、場所は先輩の家となり、こうして俺は土曜日の午前中からだだっ広いリビングでカードを広げている、というわけだ。
「まず一枚目。これが、メインのカードになります。クイーンのカップの正位置なので、そうですね。満ち足りているイメージです。優しさ、思いやり、温かい愛情、とか、包容力、とかそういうものを表しています」
「つまり冴介くんだね。すべてがマッチしている」
「確かにこれが運命の相手を表しているとは思うんですけど、姫榊先輩から見た、美化された俺なんですかね……。で、二枚目は、ワンドの十の正位置。プレッシャーを抱えながら進んでいる、という感じです。なんだろう、理想を抱えて諦めずに来ていて、そのゴールが間近、みたいな」
「つまり冴介くんを諦めなかった僕を表しているんだね」
「とりあえず、全部のカードが出るまで、意味を探るのは待ってもらっていいですか」
「あ、はい」
正座をしたまま素直に頷く先輩を前に、またカードをめくる。
「三枚目は、ペンタクルの十の正位置。これは、まあ、基盤となるものって感じですね。成功とか、家族とか、経済的な安定とか。なんか先輩の御実家っぽいイメージですね。あと、十が続けて出るっていうのがなんか、大きな変化、みたいな感じがあります」
「なるほど」
「次が、ペンタクルの三の逆位置ですね。うーん、なんだろう。周りからあれこれ言われて、自信が持てなくなったり、将来への不安を感じたりするのかも」
確かに、この先そういうことも多くなるだろうな、とカードを真剣に見つめている先輩をちらっと見る。
「次にいきます。あ、太陽の正位置。これはそのままのイメージですね。喜び、将来の明るさ、想像以上の成功って感じです。で、六枚目がマジシャンの正位置。新しいスタートという意味です。自信をもって前向きに行きましょう、と言ってます」
「本当にすごいな。僕たちのことを知ってるみたいだ」
感心したように呟いた先輩を前に、最後のカードを開いた俺は笑ってしまう。
「七枚目はペンタクルの六の逆位置ですね。これ、相手への気持ちのバランスがとれていないというカードで、支配したいとか思い通りにしたいとか、そういう気持ちに気を付けて、相手の状況を思いやりなさいって忠告してます。つまり、俺に関することにマウントとったり嫉妬したりってことを控えた方がいいってことかと」
「そこまで見透かされるとは……」
「で、全体的なイメージを見ると、そうですね。美化されすぎですけどメインのカードが俺だとして」
俺は七枚のカードのうち下の六枚を半分に指先で区切ってみせる。
「左側が潜在意識、右側が顕在意識や現実を表すと読み解くこともあって、今回もそんな感じがします。現実を表す右側でいくと、おそらく姫榊家っていうお家柄の関係で、周りから俺のことであれこれ言われるんでしょうね。でもそう言った声や圧に負けないでゴールに向かって進んでいくっていうイメージです」
「誰にも何も言わせないよ。心配しなくていい」
力強い答えに安心感を覚えつつ、俺は左側の三枚を指さす。
「で、こちらの三枚なんですけど、まあ、なんだろう。運命の人と新しい関係性を築けてとてもハッピーなんだろうなっていうのが伝わってきます。ただ、さっきも言いましたけど、その結果、無意識のうちに嫉妬したり束縛したりという激重な行動をとりそうなので気を付けてください。以上です」
俺の説明を聞きながら真面目な顔でカードを見ていた先輩に「どうでした?」と声をかける。
「それらしく占えたかと思うんですけど。実際には、かなりこじつけですけどね。所詮、エセ占い師なので、話半分で――」
「そんなこと言わないで」
先輩に優しく遮られ、カードを集めていた俺は言葉を止める。
「こういったカードが出てきているのは事実だから、こじつけだけではないと思うし、心当たりがあることを言われてすごいなって思ったよ。それに、占ってる冴介くんがね、すごく楽しそうで生き生きとしていて、あぁ、本当にミス・アキュイティー先生なんだって実感した。アキュイティー先生の占いはね、なんていうのかな、いつも温かいんだ。それは、きっと冴介くん自身がタロットを愛しているからなんだね」
不意に目頭が熱くなって、俺は慌てて瞬きをし、手元を見る。
自分の占いを否定することは、手の中にある、少しよれた大事なタロットカードを否定することなのだと、先輩の言葉で気付かされる。
初めてこのカードを与えられたとき、美しい絵とカードごとに紡がれる様々な物語に幼い俺はすぐに心を奪われた。いくら見ても飽きることはなかった。あれから十年が経つけれど、俺だけに語り掛けてくる言葉を、繰り出してくる驚きのストーリーを、垣間見せてくれる未来を、タロットカードから受け取る瞬間というのは、毎回ワクワクする。
先輩の言うとおり、俺はタロットが大事で愛しているのだ。間違いなく。
「そんな君が、エセ占い師なわけがない。僕が尊敬する、最高の占い師、ミス・アキュイティーそのものだよ」
先輩の真っすぐな言葉と同時に、どこか別の存在のように感じていたミス・アキュイティーが自分にゆっくりと重なってくるような感覚を覚えて、肌が粟立つ。
そうだ。ミス・アキュイティーも青木冴介も、俺なのだ。ミス・アキュイティーとして、青木冴介として、そんなふうに考えるから、嘘をついているような気になってしまっていた。俺は、俺なのに。
「……なんか、ミス・アキュイティーっていう偶像が、俺とはかけ離れたところで人気占い師として独り歩きしていて、でも――なんというか、実際の俺は平凡な人間だから、ずっと周りをだましているような気持ちだったし、偽占い師だって自虐的になっていた気が、します」
俺が自分の考えをまとめながら話すのを、先輩は黙って聞いていた。
「だから、俺なんかが占いを続けちゃいけないって、どこかでずっと思ってました。でも、先輩が、俺がミス・アキュイティーだって認めてくれるなら、これからも占いをしても、いいんですかね」
タロットカードを見つめながら言うと、先輩が「いいも何も」と言う。
「さっきの占いを見て、やっぱり君にこれからも僕の占いを続けてほしいって思ったんだから、お願いしたいのはこっちのほうだよ」
温かい声に目をあげると、先輩がにこりとして続けた。
「本当は僕、ちょっと前からミス・アキュイティーとの契約を終わりにしようかと思ってたんだよね」
「え?」
「なんかラッキーアイテムとかラッキープレイスで冴介くんに関するいいことがあると、僕よりもミス・アキュイティーのほうが冴介くんを分かってるって言われてるような気がしちゃって。嫉妬したというか」
「あ、だからメールに俺のことを書いてこなくなってたんですか。ヤバいっすね」
思ってもみなかった理由すぎて笑ってしまう。ペンタクルの六のカードからの忠告を、もっと心に留めてもらわないといけない。
「でも、もうそんな心配もしなくてよくなったし、改めて契約継続をお願いしたいんだけど、どうかな」
「分かりました」
俺はちょっと胸を張ってみせる。今なら、堂々と言える気がする。
「先輩の専属占い師、ミス・アキュイティーとしてこれからも占いましょう」
「頼もしいな」
ふふっと笑った先輩が「じゃあ、ミス・アキュイティーにもう一つ占ってほしいことがあるんですが」と言ってくる。
「あ、来週の運勢ですか?」
「それもそうだね、占ってもらえると嬉しいんだけど」
先輩が俺の顔をじっと見てくる。
「その前に、運命の人とキスをしたいんですが、タイミングはいつがいいでしょうか」
「……そうですね」
そわそわしながら期待の眼差しでこちらを見る先輩に対し、大型犬に待てをしているような気分になりながら、俺はおもむろにタロットカードをもう一度シャッフルし、横一列に広げ、そこから目についた一枚のカードを引く。
出たカードを確認した俺は笑って先輩に告げた。
「今、ですね」
嬉しそうに笑い返してきた先輩の手が俺の頬にそっと触れる。
少し傾けられた顔が近づいてくるのを見て、俺は満ち足りた気持ちで目を閉じた。
テーブルの上にそっと置いたカードは、二十一番「世界」の正位置。意味は「達成」「完成」「満足」「喜び」。
そして、「ハッピーエンド」。
「ミス・アキュイティーのキューティーな小部屋」から始まった運命の輪が、今、ようやく繋がったのだ。
――王子様と専属占い師は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ
思わぬ結末も、いいものかもしれない。そんなことを考えながら、俺は唇を重ねたまま微笑んだ。



