その日の夕食は小魚のフライとタニシの味噌汁だった。自分で獲っただけあり、清はあっという間に完食した。
「ごちそうさま。お風呂入ってくる」
そう言いつつ、風呂の前に裏口からこっそり抜け出し、茂みから梯子を出した。取っ手を回し、屋根の高さに合わせる。予想以上に重くて苦戦したが、大きな音を立てずに取り付けられた。
同じように室内に戻る。急いで風呂場に直行した。
平然を装っているつもりだが、体を洗って湯船に浸かったところでまだ髪の毛を洗っていないことに気が付いた。気持ちを落ち着かせようと、風呂場で仁王立ちして深呼吸をしてみたりした。
風呂から上がり髪の毛を乾かし、歯も磨く。二十時には寝る準備が整った。
「おやすみ」
「早いね」
「明日月曜だから」
いつもより一時間半早く二階に上がった。スマートフォンの目覚ましを二十二時半にかける。
少しでも寝ておかないとあとで後悔する。今夜は一世一代の大仕事になるはずだから。
張り切ってベッドに入る。興奮して寝られないかと思いきや、次に気付いた時には目覚ましが鳴る直前だった。
目覚ましのセットをオフにし、立ち上がる。まだ眠い。頬を二回叩いて気合を入れる。顔を洗ってすっきりさせたいが、廊下には出られない。
着替えているうちにどうにか目が覚めてきた。いつもなら八時間寝るので、こうして途中で起きるのはどうにも慣れない。
用意していたリュックを持てば準備完了だ。祖母からもらったお守りはリュックに付けてある。
「そうだ」
誰にも見られないよう引き出しに仕舞っていたものを、ポケットにそっと入れる。これで準備万端だ。
パジャマを布団の中に隠し、リュックを背負う。一度ドアに耳を当ててみたが、廊下を歩く音は聞こえない。
時計の針は二十三時を指している。もう皆寝ているだろう。清だって二十二時にはいつも寝ている。
不思議と眠くはなかった。それより、今からしでかすことを考えると、ぐるぐると回る罪悪感で腹が痛くなりそうだった。
最初から半分程開けていた窓から身を乗り出す。外は暗いが、月明かりでなんとか見える。
窓の下には一階部分の屋根が少しあり、その先に今日立てかけた梯子がある。そこを下りればすぐ地面だ。
頭では理解しているのに足が竦む。こんなことなら練習しておけばよかった。万が一途中でバランスを崩したとしても、ほんの二メートルだ。ジャンプして足から着地すれば、怪我はしないだろう。
「よし」
窓をまたぎ、屋根に足を付ける。斜めの瓦がいつずれやしないか冷や冷やする。
屋根に座り、梯子に手をかけ揺らしてみる。ほとんどぐらつくことはない。清はついに、梯子に足を乗せた。
「うう……」
しっかり取り付けはしたが、梯子を使うのは初めてで、月明かりだけが頼りというのもあってたった二メートルと少しの距離が何倍にも感じた。
どうにかこうにか地面に下り、そっと梯子を短くさせる。一メートル程度の長さに収まったところで倉庫の裏に隠した。
帰りは裏口から入る予定だ。入ってしまえば、たとえ家族と鉢合わせてもトイレだと言い訳ができる。
門を出る時に後ろを振り返る。家の中は真っ暗だ。きっと皆就寝したのだろう。こんな時間に外に出るのは初めてで、思わず両腕をさする。
意を決して道路へ一歩踏み出した。高揚感など無い。あるのは、これから起こり得る恐怖と、サチのことだけだ。
電灯がぽつりぽつりとあるだけの道を、小さな懐中電灯一つで歩く。こんなに心細い道だっただろうか。耳をすませば誰かの足音が聞こえる気がする。
野良猫一匹いない。風が生温い。すでに足は震えている。しかし、歩みを止めることはなかった。
コンビニは仕舞っていた。二十四時間営業ではないから当然だ。
風がぴゅうぴゅう鳴くようになってきた。明日の朝にはもっと強くなっているだろう。
山が近くなった。山頂まで真っ暗な三角で、一度入ったら出られないような雰囲気だ。
何重にも張られた規制テープの入り口を通り過ぎ、昨日見つけた獣道の前まで辿り着いた。
息を飲む。昨日のような圧は感じられない。
リュックに懐中電灯を仕舞い、代わりに一回り大きなそれを取り出す。今から入るのは暗闇で、これでも足りない。念のため鏡も取り、左手に持った。
深呼吸をして、静かに歩き出した。あと数歩で山に入る。しかし、右手で中を翳した時に違和感を感じた。思わず右手を引っ込める。
「なに……?」
もう一度懐中電灯を前に出すが、やはりおかしい。ただの空間が広がっているだけなのに、何かにぶつかっている感覚があった。
「もしかして、サンジン様が……?」
人が入れないようにしているのか。そんなことが可能なのか。
「なんで」
ここまで来たのに。無駄だと言わないでほしい。
両手を目の前にぺたりと付ける。頬を付けてみる。どうしても入れない。
「……サチ」
瞬間、清の手を何者かが強く引っ張った。体がぐにゃりと曲がり、山の中に入り込む。
「わ、わっ」
何が起こったのか分からず、戸惑いの声を上げる。目の前にサチがいた。
「清君!」
「サチ!」
「ごちそうさま。お風呂入ってくる」
そう言いつつ、風呂の前に裏口からこっそり抜け出し、茂みから梯子を出した。取っ手を回し、屋根の高さに合わせる。予想以上に重くて苦戦したが、大きな音を立てずに取り付けられた。
同じように室内に戻る。急いで風呂場に直行した。
平然を装っているつもりだが、体を洗って湯船に浸かったところでまだ髪の毛を洗っていないことに気が付いた。気持ちを落ち着かせようと、風呂場で仁王立ちして深呼吸をしてみたりした。
風呂から上がり髪の毛を乾かし、歯も磨く。二十時には寝る準備が整った。
「おやすみ」
「早いね」
「明日月曜だから」
いつもより一時間半早く二階に上がった。スマートフォンの目覚ましを二十二時半にかける。
少しでも寝ておかないとあとで後悔する。今夜は一世一代の大仕事になるはずだから。
張り切ってベッドに入る。興奮して寝られないかと思いきや、次に気付いた時には目覚ましが鳴る直前だった。
目覚ましのセットをオフにし、立ち上がる。まだ眠い。頬を二回叩いて気合を入れる。顔を洗ってすっきりさせたいが、廊下には出られない。
着替えているうちにどうにか目が覚めてきた。いつもなら八時間寝るので、こうして途中で起きるのはどうにも慣れない。
用意していたリュックを持てば準備完了だ。祖母からもらったお守りはリュックに付けてある。
「そうだ」
誰にも見られないよう引き出しに仕舞っていたものを、ポケットにそっと入れる。これで準備万端だ。
パジャマを布団の中に隠し、リュックを背負う。一度ドアに耳を当ててみたが、廊下を歩く音は聞こえない。
時計の針は二十三時を指している。もう皆寝ているだろう。清だって二十二時にはいつも寝ている。
不思議と眠くはなかった。それより、今からしでかすことを考えると、ぐるぐると回る罪悪感で腹が痛くなりそうだった。
最初から半分程開けていた窓から身を乗り出す。外は暗いが、月明かりでなんとか見える。
窓の下には一階部分の屋根が少しあり、その先に今日立てかけた梯子がある。そこを下りればすぐ地面だ。
頭では理解しているのに足が竦む。こんなことなら練習しておけばよかった。万が一途中でバランスを崩したとしても、ほんの二メートルだ。ジャンプして足から着地すれば、怪我はしないだろう。
「よし」
窓をまたぎ、屋根に足を付ける。斜めの瓦がいつずれやしないか冷や冷やする。
屋根に座り、梯子に手をかけ揺らしてみる。ほとんどぐらつくことはない。清はついに、梯子に足を乗せた。
「うう……」
しっかり取り付けはしたが、梯子を使うのは初めてで、月明かりだけが頼りというのもあってたった二メートルと少しの距離が何倍にも感じた。
どうにかこうにか地面に下り、そっと梯子を短くさせる。一メートル程度の長さに収まったところで倉庫の裏に隠した。
帰りは裏口から入る予定だ。入ってしまえば、たとえ家族と鉢合わせてもトイレだと言い訳ができる。
門を出る時に後ろを振り返る。家の中は真っ暗だ。きっと皆就寝したのだろう。こんな時間に外に出るのは初めてで、思わず両腕をさする。
意を決して道路へ一歩踏み出した。高揚感など無い。あるのは、これから起こり得る恐怖と、サチのことだけだ。
電灯がぽつりぽつりとあるだけの道を、小さな懐中電灯一つで歩く。こんなに心細い道だっただろうか。耳をすませば誰かの足音が聞こえる気がする。
野良猫一匹いない。風が生温い。すでに足は震えている。しかし、歩みを止めることはなかった。
コンビニは仕舞っていた。二十四時間営業ではないから当然だ。
風がぴゅうぴゅう鳴くようになってきた。明日の朝にはもっと強くなっているだろう。
山が近くなった。山頂まで真っ暗な三角で、一度入ったら出られないような雰囲気だ。
何重にも張られた規制テープの入り口を通り過ぎ、昨日見つけた獣道の前まで辿り着いた。
息を飲む。昨日のような圧は感じられない。
リュックに懐中電灯を仕舞い、代わりに一回り大きなそれを取り出す。今から入るのは暗闇で、これでも足りない。念のため鏡も取り、左手に持った。
深呼吸をして、静かに歩き出した。あと数歩で山に入る。しかし、右手で中を翳した時に違和感を感じた。思わず右手を引っ込める。
「なに……?」
もう一度懐中電灯を前に出すが、やはりおかしい。ただの空間が広がっているだけなのに、何かにぶつかっている感覚があった。
「もしかして、サンジン様が……?」
人が入れないようにしているのか。そんなことが可能なのか。
「なんで」
ここまで来たのに。無駄だと言わないでほしい。
両手を目の前にぺたりと付ける。頬を付けてみる。どうしても入れない。
「……サチ」
瞬間、清の手を何者かが強く引っ張った。体がぐにゃりと曲がり、山の中に入り込む。
「わ、わっ」
何が起こったのか分からず、戸惑いの声を上げる。目の前にサチがいた。
「清君!」
「サチ!」



