サチとサンジン様

 教室に戻り、朝のホームルームが始まる前にスケッチブックをこっそり覗く。一枚だけ破り、また鞄に仕舞った。

「清、告白か?」

 四時間目が終わったところ、飯田にそう耳打ちされた。思いがけない言葉に目を見開いて横を見た。

「全然。違うよ」
「なんだ、つまらん」

 飯田自身、本気で思っていたわけではないだろう。きっと、面白そうな話題かもしれないものに食いついてみただけだ。

 そのまま給食の時間になる。班ごとに机を合わせるわけではなく、前を向いたまま一人一人食べている。しかし、席を立たずとも、各々自由に隣の人と話をしたりする。教師も五月蠅く言わないので許されていることなのだろう。

「昼休み暇? キャッチボールしよ」
「いや、ちょっと用事」
「ヒューヒュー!」
「だから違うって」

 用事の内容が中田ということは合っているが、決して飯田が思うようなことではない。

 ちらりと視線を後ろに向ける。中田が俯きがちに給食を掻き込んでいた。

 申し訳ないことをした。せめてもの罪滅ぼしに、給食が終わってすぐ廊下に出た。間もなく中田も出てくる。

「どうしよう、美術室行く?」
「時間外は開いてないかもしれん。屋上行く階段は?」
「いいよ、行こ」

 残念ながら屋上のドアは開いていないらしく、その手前にある階段まで行って二人で座った。

 誰もおらず、やや薄暗い。秘密の会話をするにはもってこいの場所だと思った。

──別に僕らは秘密じゃないけど。

「じゃあ、これ」

 他人に見せる程の代物ではないことは重々承知している。だから、こうして場を設けていること自体気恥ずかしい。

「ありがと。見てる間暇やき、私も他のスケッチブック持ってきた」
「いいの? ありがとう」

 描く行為は大事だけれども、描けば描く程比例して上手くなるわけではない。自分以外の絵を見るのも勉強になる。

「わ……」

 スケッチブックを開いた瞬間思わず声が出てしまい、右手で口元を覆う。

 先日見せてもらったものとは違って、今回は家の中の風景だった。

 居間だろうか。テレビやテーブルの家具から、蚊取り線香や座布団など、一枚の中に生活が詰め込まれ、その風景を実際に見ている気分になる。

「あ、みよしだ」
「みよし?」
「駄菓子屋さん」
「あそこってそんな名前だったんだ」

 駄菓子屋に何度も通っているのに名前すら知らなかった。大きな看板は無く特に気にもしていなかったが、そういえば入口の横に手書きの看板があった。そこに書かれているのだろう。

「おばあちゃん優しいき好き」
「僕もよく行く」

 サチに駄菓子をあげるため、すっかり常連になった。コンビニに行くこともあるが、やはり駄菓子の方が財布に優しく種類も豊富なのだ。

「自然の絵が多いね。すごい量描いてる、見習わなくちゃ」
「僕こそ」
「ううん。ほら、葉っぱの描き方とか、繊細ですごく良い」

 絵の後輩相手のお世辞だと頭では分かっていても、少しは認めてもらえているのではないかと思ってしまう。努力を褒めてもらえるのは嬉しい。もっともっと努力したくなる。

「あ」

 中田が絵の右下に書かれている日付を指差した。

「もしかして、描いた日付?」
「うん、そう。後から見返した時分かりやすいと思って」
「ほいたら、このスケッチブックは一冊目やない?」
「二冊目だよ」

 いよいよ目を真ん丸にさせた中田が、スケッチブックと清を交互に見る。面白くて少し吹き出してしまった。

「美術部入ってまだ二か月ちょい? すごい!」

 拍手までされて、頭を掻いて誤魔化す。褒められ続けたため、胸の辺りがどうにもむず痒くなった。

「いやぁ、それほどでも」
「すごいちや! 続けられるのは立派な才能やき、もっと上手くなるね」

 確かに、絵も描いたことのない自分が毎日こつこつスケッチブックに絵を落とし込めるとは思ってもいなかった。

「今日もスケッチしに行くが?」

 窓の外の小雨を眺めながら、清が首を振る。

「ううん、用事があって。図書館に行くんだ」
「そっか」

 あと十分で休みが終わるというところで、中田が立ち上がり、ぴょんと階段を飛び降りた。

「ありがと。教室戻ろう」
「うん」
「あ、図書館行くバス、夕方少ないき気を付けて」
「分かった」

 バスが少ないことは引っ越し初日に父から聞いているが、時刻表を確かめたことはない。もし帰宅してすぐバスが行ってしまったら、図書館にいられる時間が少なくなる。

「時刻表ってどこかで見られないかな」
「ん~……職員室に貼ってあった気する」
「なるほど」

 職員ならバスを使用することもあるだろう。次の休み時間に見に行くことにした。

 教室に戻ると、飯田からの視線をもらったが目を合わせず五時間目の準備をする。じきに諦めたようで、何か話しかけてくることはなかった。

 あっという間に五十分が過ぎ、十分休みを使って職員室に向かった。職員室に行くのは部活関連以外で初めてだ。

「失礼します」

 一学年一クラスずつしかないここでは職員室も同様で、広い部屋に数人の教師しかいなかった。全員揃ったところであまり変わらないだろう。

「あの、バスの時刻表を見に来たんですけど、いいですか?」
「えいよ。そこにあるき、自由に見て」
「有難う御座います」

 顔だけ知っている教師に言われ、会釈をして指示された場所に向かう。

 ところどころ汚れた紙が貼られていた。年季を感じるということは、ずっと前から時刻表の時間が変わっていないということだ。

「えーと、学校から帰る時間も考えると、十六時台か……」

 間に合いそうな時間帯を確認した清が時刻表に顔を近づける。一番近い時間が、部活の無い日に帰宅する時間の五分後だった。

「うわ……ッでも、これを逃すと三十五分後か。全然図書館にいられないや」

 そうなると、やはりこのバスに間に合わせるしかない。清は覚悟した。