その日、清はなかなか寝付けずにいた。
何故、サチの体が薄ぼんやりしていたのだろう。祈祷に関係があるのか。それとも違う理由があるのか。
「調べた方がいいかも」
壁が行く道を塞ぐのなら、それを壊す手立てを考えるべきだ。ただし、清はまだ引っ越してきたばかり、サンジン様への捧げ人の儀式について何も知らない。
そもそも、サチはいつの人なのだろう。父や祖母の反応からするに、あの儀式が最後に行われたのは、ここ十年や二十年の話ではないことは分かる。
人の命を捧げるなど、今の時代の感覚からしたら狂気の沙汰だ。もしかしたら、祖母が生まれる前まで遡らなければならないかもしれない。
ぐるぐる、頭ばかりが先行して体が追い付かず、心臓の鼓動は速さを増していった。このまま寝ないで朝を迎えたら、起き上がることができず学校を休むことになってしまう。清は無理矢理目を瞑った。
その日、珍しく夢を見た。サチが祠の周りで一人遊んでいる夢だった。一日が平和に過ぎ、夜は清と初めて会った洞穴で寝ていた。それを見ていた清は胸元を右手で押さえて蹲った。
「いて……」
朝起きるとまだ六時だった。少し頭痛がする。きっと夢見が悪かったからだ。
六時間近くは眠れたらしい。布団から這い出ることに成功した清は顔を洗うべく洗面所に向かった。
学校へ行く準備を終わらせても、まだ六時半だった。あと一時間もある。台所にいる母に驚かれた。
「おはよう。早いね」
「うん。朝ご飯出来てる?」
「あと盛り付けだけ。お盆に載せるから運んで」
「分かった」
早起きした時くらいは手伝わなければ罰が当たる。働かざる者食うべからずだ。
盆をテーブルに運び、家族の食器を並べる。祖母が庭で花に水をやっているのが窓から見えた。祖母は足が痛いと言いながらも働き者だ。今まで一人暮らしだったからだろう。
「あれっ」
庭の向こうにサチがいた。しかしそれは風とともに消え去ってしまった。幻か。あんな夢を見るからだ。
戻ってきた祖母と一緒に朝食をとる。いつもは清が一番遅いのに、今日は父が最後だった。
「今日は集まりでもあるの?」
「ううん、早く起きちゃっただけ」
父にまで言われてしまうと、明日からしっかり起きなければと思う。確かに、普段は朝食をかき込むこともあって、健康的だとは言えない。
七時に食べ終わり、残り三十分をスマートフォンを弄ってだらだら過ごす。
「清、こっちおいで」
玄関で昨夜回ってきた回覧板を見ている母に手招きをされた。
「なに?」
「これ、清がよく遊んでる山じゃない?」
回覧板を見せられる。そこには「サンジン様、土壌調査のお知らせ」と書かれていた。
「土壌検査でしばらく立ち入り禁止だって。お友だちにも伝えて、これからは違うところで遊ぶんだよ」
「あ、うん」
じっと回覧板を見つめたまま、曖昧に答える。
回覧板を回しに行くために母が家を出ていっても、清はまだそこに立ち尽くしていた。
──土壌調査って、そこの土地が人間に有害かどうか調べることだっけ? いきなり?
祈祷師が来てすぐにこの知らせとは、土壌調査が適当な言い訳に聞こえる。実際そうなのだろう。山に人間が入って事故に巻き込まれないよう、サンジン様の件が解決するまで遠ざけるつもりだ。
サチはサンジン様の様子がおかしいと言っていた。祈祷師もサンジン様への敬意が無いというようなことを言っていた。頻発する地震や謎の声も関係するのだろうか。
──やっぱり、あれがサンジン様だったんだ。
思い返してみれば、地震のことは家族も反応していたのに、声に関しては誰も口にはしていない。サンジン様の声だと仮定すると、清にしか聞こえないことになる。
あの声は引っ越してきたばかりの頃から聞こえていた。あれはどのような感情を持った声なのか。やはり、一度会ってみなければ。そう思ったところで回覧板の存在を思い出した。堂々巡りである。
清は土壌調査が嘘の可能性が高いことを知っている。だから、あそこへ行ったって危険は無いはずだ。しかし、親から言われたことを破って行動したことがなく、なかなか決心がつかなかった。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
考えがまとまらないまま、学校へ行く時間になった。通学路を眺めてもサチの姿は無い。山にいるのだろう。どうやって伝えたらいいのだ。
いつの間にか学校に着いていて、気付いたら席に座っていた。少しして、担任教師が入ってきた。
「まだ回覧板が回っちょらんとこもあると思うけんど、知らせておくきよう聞いて。サンジン様の山が土壌検査を行うことになりました。サンジン様にはしばらく入っちゃいかんよ」
「はーい」
朝のホームルームで同じことを言われた。サンジン様に関わりの無いクラスメートたちが素直に返事をする中、清だけがまだ混乱していた。
サチに知らせることもできず、サチと会えなくなってしまった。
しかも、昨日サチに異変があったばかりだというのに。
清が動けない今、彼女がこちらに来ることを願うしかない。こんな時に頼りになれず、子どもの自分を歯がゆく思う。
何故、サチの体が薄ぼんやりしていたのだろう。祈祷に関係があるのか。それとも違う理由があるのか。
「調べた方がいいかも」
壁が行く道を塞ぐのなら、それを壊す手立てを考えるべきだ。ただし、清はまだ引っ越してきたばかり、サンジン様への捧げ人の儀式について何も知らない。
そもそも、サチはいつの人なのだろう。父や祖母の反応からするに、あの儀式が最後に行われたのは、ここ十年や二十年の話ではないことは分かる。
人の命を捧げるなど、今の時代の感覚からしたら狂気の沙汰だ。もしかしたら、祖母が生まれる前まで遡らなければならないかもしれない。
ぐるぐる、頭ばかりが先行して体が追い付かず、心臓の鼓動は速さを増していった。このまま寝ないで朝を迎えたら、起き上がることができず学校を休むことになってしまう。清は無理矢理目を瞑った。
その日、珍しく夢を見た。サチが祠の周りで一人遊んでいる夢だった。一日が平和に過ぎ、夜は清と初めて会った洞穴で寝ていた。それを見ていた清は胸元を右手で押さえて蹲った。
「いて……」
朝起きるとまだ六時だった。少し頭痛がする。きっと夢見が悪かったからだ。
六時間近くは眠れたらしい。布団から這い出ることに成功した清は顔を洗うべく洗面所に向かった。
学校へ行く準備を終わらせても、まだ六時半だった。あと一時間もある。台所にいる母に驚かれた。
「おはよう。早いね」
「うん。朝ご飯出来てる?」
「あと盛り付けだけ。お盆に載せるから運んで」
「分かった」
早起きした時くらいは手伝わなければ罰が当たる。働かざる者食うべからずだ。
盆をテーブルに運び、家族の食器を並べる。祖母が庭で花に水をやっているのが窓から見えた。祖母は足が痛いと言いながらも働き者だ。今まで一人暮らしだったからだろう。
「あれっ」
庭の向こうにサチがいた。しかしそれは風とともに消え去ってしまった。幻か。あんな夢を見るからだ。
戻ってきた祖母と一緒に朝食をとる。いつもは清が一番遅いのに、今日は父が最後だった。
「今日は集まりでもあるの?」
「ううん、早く起きちゃっただけ」
父にまで言われてしまうと、明日からしっかり起きなければと思う。確かに、普段は朝食をかき込むこともあって、健康的だとは言えない。
七時に食べ終わり、残り三十分をスマートフォンを弄ってだらだら過ごす。
「清、こっちおいで」
玄関で昨夜回ってきた回覧板を見ている母に手招きをされた。
「なに?」
「これ、清がよく遊んでる山じゃない?」
回覧板を見せられる。そこには「サンジン様、土壌調査のお知らせ」と書かれていた。
「土壌検査でしばらく立ち入り禁止だって。お友だちにも伝えて、これからは違うところで遊ぶんだよ」
「あ、うん」
じっと回覧板を見つめたまま、曖昧に答える。
回覧板を回しに行くために母が家を出ていっても、清はまだそこに立ち尽くしていた。
──土壌調査って、そこの土地が人間に有害かどうか調べることだっけ? いきなり?
祈祷師が来てすぐにこの知らせとは、土壌調査が適当な言い訳に聞こえる。実際そうなのだろう。山に人間が入って事故に巻き込まれないよう、サンジン様の件が解決するまで遠ざけるつもりだ。
サチはサンジン様の様子がおかしいと言っていた。祈祷師もサンジン様への敬意が無いというようなことを言っていた。頻発する地震や謎の声も関係するのだろうか。
──やっぱり、あれがサンジン様だったんだ。
思い返してみれば、地震のことは家族も反応していたのに、声に関しては誰も口にはしていない。サンジン様の声だと仮定すると、清にしか聞こえないことになる。
あの声は引っ越してきたばかりの頃から聞こえていた。あれはどのような感情を持った声なのか。やはり、一度会ってみなければ。そう思ったところで回覧板の存在を思い出した。堂々巡りである。
清は土壌調査が嘘の可能性が高いことを知っている。だから、あそこへ行ったって危険は無いはずだ。しかし、親から言われたことを破って行動したことがなく、なかなか決心がつかなかった。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
考えがまとまらないまま、学校へ行く時間になった。通学路を眺めてもサチの姿は無い。山にいるのだろう。どうやって伝えたらいいのだ。
いつの間にか学校に着いていて、気付いたら席に座っていた。少しして、担任教師が入ってきた。
「まだ回覧板が回っちょらんとこもあると思うけんど、知らせておくきよう聞いて。サンジン様の山が土壌検査を行うことになりました。サンジン様にはしばらく入っちゃいかんよ」
「はーい」
朝のホームルームで同じことを言われた。サンジン様に関わりの無いクラスメートたちが素直に返事をする中、清だけがまだ混乱していた。
サチに知らせることもできず、サチと会えなくなってしまった。
しかも、昨日サチに異変があったばかりだというのに。
清が動けない今、彼女がこちらに来ることを願うしかない。こんな時に頼りになれず、子どもの自分を歯がゆく思う。



