生贄を差し出していたのは、この辺一帯を守ってもらうためである。つまり、逆に言えば、生贄が無ければ守らないということになる。生贄のサチはサンジン様にとって必要な人間なのに、彼女に会いに来ず、放っておいている。
「サンジン様には、生贄はサチで最後にしてってお願いしたんだよね。その時、サンジン様はどうだった?」
「分かったって。それだけだよ」
「それだけ……」
返答を聞いて、清は顔を固くさせた。一言お願いされてすぐに了承することがまず不自然だ。まさか、生贄は本当は必要無かったのではないか。つまり、サチは生贄になる必要が無かったのではないか。
とてもではないが、本人に言えない。彼女のしてきた努力が無駄だと主張するようなものだ。
「とりあえず、探してみよう」
「うん」
その時、引き返してくる足音が二人に届いた。慌てて隠れる。戻ってきたのは上原だった。
「どうか、どうかお静まりください」
町長は辺りを注意深く窺いながら、手に持っていた饅頭を一つ祠に置いて、ぶつぶつと何かを呟いた。これは長丁場になりそうだ。仕方なく、二人は今日のところは諦めることにした。
音を立てないよう、そうっとその場を離れる。彼はお祈りに夢中らしかった。
──あの人、どこかで見たことある気がする。
上原へ振り返ったサチが記憶を探る。随分変わってしまったけれど、彼はどこか懐かしい雰囲気を纏っている。
──宗一君……?
思い至ったのは、何十年も前に数回会った少年だった。宗一はサチのことが視える初めての人間で、それが嬉しくて声をかけた。宗一はサチをただの人間だと思ったらしく、二人で祠の前で遊んだものだ。
彼はこの辺りの地主の長男で、将来は町長になって町を守ると言っていた。
いつの間にか来なくなって忘れていたが、あの様子を見る限り頑張っているのだろう。
山の麓で清とサチは一旦別れることにした。今日の明日で急に変わることはないはずだ。また明日探せばいい。
「いたッ」
「ごめん、強く握り過ぎた?」
危ないと思って腕を掴んだら、サチがそんな声を上げた。すぐに否定が返ってくる。
「ううん、強くなかった。ちょっと痛かっただけ、大丈夫」
「そっか」
軽く返事をしながらも、清は不安に駆られた。嫌な予感がする。ふと、サチの手を通して、奥の木が透けて見えた。清が顔を青くさせてサチの腕を指差す。
「ねぇ、サチ……なんか薄くなってない?」
「薄く……?」
サチが自分の手のひらを見遣る。手のひらの後ろにある地面が透けて見えていた。
「やだッ」
不安になり、清がサチの手を握ろうとするが、その力ですら彼女に悪影響を与えそうで、途中で頼りなく彷徨うだけとなった。
「どうしよう、清君」
サチの瞳が揺れる。どうにもできない自分が情けない。清は今一度サチの手を見つめた。
「サチ、戻ってるよ、手」
「あれ、ほんとだ……」
二人で不思議そうにサチの右手を見つめる。先ほどのことが嘘のようで、透けることは一切無い。
「気のせい……?」
「だといいんだけど……」
そう思いたいのはただの願望だ。一人ならまだしも、二人で幻覚を見たとでも言うのか。
「触ってもいい?」
「いいよ」
そっと手に触れる。すり抜けることはなく、サチの存在を感じることができた。どうにか最悪な想像は外れてくれた。まだ不安は残るものの、ここにいては誰かに見つかってしまう。
清はサチの右手を両手で包み込み、祈るように伝えた。
「明日も来るから」
「うん」
「僕がついてるから。大丈夫」
「うん」
「サンジン様には、生贄はサチで最後にしてってお願いしたんだよね。その時、サンジン様はどうだった?」
「分かったって。それだけだよ」
「それだけ……」
返答を聞いて、清は顔を固くさせた。一言お願いされてすぐに了承することがまず不自然だ。まさか、生贄は本当は必要無かったのではないか。つまり、サチは生贄になる必要が無かったのではないか。
とてもではないが、本人に言えない。彼女のしてきた努力が無駄だと主張するようなものだ。
「とりあえず、探してみよう」
「うん」
その時、引き返してくる足音が二人に届いた。慌てて隠れる。戻ってきたのは上原だった。
「どうか、どうかお静まりください」
町長は辺りを注意深く窺いながら、手に持っていた饅頭を一つ祠に置いて、ぶつぶつと何かを呟いた。これは長丁場になりそうだ。仕方なく、二人は今日のところは諦めることにした。
音を立てないよう、そうっとその場を離れる。彼はお祈りに夢中らしかった。
──あの人、どこかで見たことある気がする。
上原へ振り返ったサチが記憶を探る。随分変わってしまったけれど、彼はどこか懐かしい雰囲気を纏っている。
──宗一君……?
思い至ったのは、何十年も前に数回会った少年だった。宗一はサチのことが視える初めての人間で、それが嬉しくて声をかけた。宗一はサチをただの人間だと思ったらしく、二人で祠の前で遊んだものだ。
彼はこの辺りの地主の長男で、将来は町長になって町を守ると言っていた。
いつの間にか来なくなって忘れていたが、あの様子を見る限り頑張っているのだろう。
山の麓で清とサチは一旦別れることにした。今日の明日で急に変わることはないはずだ。また明日探せばいい。
「いたッ」
「ごめん、強く握り過ぎた?」
危ないと思って腕を掴んだら、サチがそんな声を上げた。すぐに否定が返ってくる。
「ううん、強くなかった。ちょっと痛かっただけ、大丈夫」
「そっか」
軽く返事をしながらも、清は不安に駆られた。嫌な予感がする。ふと、サチの手を通して、奥の木が透けて見えた。清が顔を青くさせてサチの腕を指差す。
「ねぇ、サチ……なんか薄くなってない?」
「薄く……?」
サチが自分の手のひらを見遣る。手のひらの後ろにある地面が透けて見えていた。
「やだッ」
不安になり、清がサチの手を握ろうとするが、その力ですら彼女に悪影響を与えそうで、途中で頼りなく彷徨うだけとなった。
「どうしよう、清君」
サチの瞳が揺れる。どうにもできない自分が情けない。清は今一度サチの手を見つめた。
「サチ、戻ってるよ、手」
「あれ、ほんとだ……」
二人で不思議そうにサチの右手を見つめる。先ほどのことが嘘のようで、透けることは一切無い。
「気のせい……?」
「だといいんだけど……」
そう思いたいのはただの願望だ。一人ならまだしも、二人で幻覚を見たとでも言うのか。
「触ってもいい?」
「いいよ」
そっと手に触れる。すり抜けることはなく、サチの存在を感じることができた。どうにか最悪な想像は外れてくれた。まだ不安は残るものの、ここにいては誰かに見つかってしまう。
清はサチの右手を両手で包み込み、祈るように伝えた。
「明日も来るから」
「うん」
「僕がついてるから。大丈夫」
「うん」



