サチとサンジン様

「いかがですか」

 問われた祈祷師が重々しく頷いた。

「上原さんがおっしゃるように、この山には確かにナニかがおります。どうにも山の空気が他の場所と違うように思います」
「やっぱり! どうにかなりますか?」

 上原が両手を擦り合わせて乞う。その姿に嫌悪を覚えるが、彼からしてみれば町を守るのが己の役目。これは当然のことだ。

「そうですね。まずこの祠、手入れはどのくらいの頻度でされていますか?」

 上原と浜西が顔を見合わせる。上原が掠れる声で答えた。

「昭和までは町内会の持ち回りで掃除やお供え物の交換をしちょりました。けんど、それも段々と廃れて、今は、恐らく年配の誰かがたまに供えるくらいかと……」

「つまり、年に一度あったかも分からないというわけですね」
「ええと、そうです」

 清がサチを見遣る。サチはじっと前を見つめていた。

「本当だよ。あの人たちを見るのも初めて。たまにおばあちゃんが祠にお饅頭とか置いてくれるけど、それだけ」
「それは──」

 どうやら、サチが山を出入りするようになったからではなく、サンジン様を鎮めるために祈祷していたようだ。清が胸を撫で下ろす。

 しかし、一方で新たな問題も浮上した。

 サンジン様がどのような神様か知らない清でも、この扱いは適当なものではないと分かる。しかし、大昔から人づてで繋がってきたものは、いずれどこかで消えていくのも致し方ないところだ。ただ、生贄を差し出すくらいの大きな出来事なら、形を変えても継承すべきではなかっただろうか。

「サンジン様は、町の人たちが大切にしてくれなくて怒ってるのかな」

 想像だけで判断するとしたら、そうだろう。町の住民も清と同じように考えている。しかし、サチは首を振った。

「違うと思う。サンジン様には数える程しか会ったことがないけど、手入れされていない祠を見ても、怒ることはなかったよ。寂しそうにはしてたけどね」

「寂しそう、か」

 サンジン様に直接会ったサチの言葉がずっしりと重くのしかかる。清はここに引っ越してきたばかりで、山のことも、サンジン様のこともほとんど知らない。それでも、町に住んでいる人間として申し訳ない気持ちになった。

「それでは、拝ませていただきます」

 祈祷師が町民に会釈し、祠に向き直る。数珠を手にし、神妙に拝み始めた。

 山は未だ静寂を保っている。本当に効き目はあるのだろうか。

『おぉ~……ん』

 その時、どこからともなく鳴き声が聞こえた。獣とも人とも分からない、聞き覚えの無い呻きだ。祈祷師が後ろを振り向くが、町長二人はぽかんとしている。どうやら二人には聞こえていないらしい。清が小声で呟いた。

「これ、前に家で聞いたことある」
「もしかしたら、サンジン様かも」

 顔を見合わせる。サンジン様だとすると、今、この山に姿を現しているということだ。

「今、獣のような声がしました」
「なんですと……まさか、サンジン様では……」
「恐ろしや恐ろしや!」
「皆さん、落ち着いてください。無暗に背中を見せてはなりません」

 走り去ろうとする者たちを宥めながら、祈祷が終了する。

 彼の落ち着き具合を見る限り、おかしな点は無かった。きっと力のある祈祷師なのだろう。ただ、これで収まるのであれば、この問題はとうの昔に片付いているはずだ。

「本日はこれにて終了とさせていただきます」
「有難う御座います! いやぁ、これで騒ぎも収まります」
「回覧板で知らせよう」

 祈祷が終わったことで、安堵の声が漏れる。彼らにとっては、形だけでも対応したという事実が重要なのだ。

「この後、食事を用意しましたき、是非召し上がってください」
「恐縮です。後処理としてお伝えすることもありますので、その時に申し上げます」
「承知しました」

 行きとは違い、あれこれ騒がしく一行が帰っていく。声がほとんど聞こえなくなったところで、二人は茂みから顔を出した。

「サチ。サンジン様に会えないかな。直接理由を聞けば、どんな状況か分かる」
「そうだけど、私から会いに行ったことはないの。サンジン様はいつも寝ていて、たまに山の中に姿を現すことがあるくらいだから」

「じゃあ、偶然会うってだけ?」
「そう」

 清が難しい顔をして首を傾げた。

「変だな。それだと、人間側の昔話と辻褄が合わない」