「よかった」
駄菓子を補充して山の入り口まで行くと、その手前でサチが待っていた。
三十分程遅くなってしまったが、別段約束しているわけではない。今日だって清が来るかどうかはサチは知らない。
嬉しくなって声をかけようとしたら、その姿が一瞬揺らいだ気がした。目を擦るといつものサチがいる。気のせいか。昨日宿題が多くて大変な思いをしたので、睡眠不足かもしれない。
「サチ」
「清君」
サチが駆け寄る。これだけで満足してしまう。出会ってまだ二か月も経っていないのに、どれだけ二人で遊んだだろう。
「はい、お菓子食べる?」
「食べる。ありがとう」
お決まりの祠の横で食べる。緩みそうな頬に力を入れ、何か話題を考えていたところでサンジン様のことを思い出した。
「そういえば、あれからサンジン様には会った?」
「ううん」
首を振るサチの表情は冴えない。無理もない。あの時はサンジン様から逃げてしまったが、サンジン様はサチの味方だ。その神様が怒っているならば、理由くらいは知りたいだろう。手助けできるならしたいだろう。
サチにとって、サンジン様がこれまでずっと家族だったのだ。
「会えるといいね」
「……うん」
言った傍から清は後悔した。無責任なことを言った。
サンジン様は怒っているかもしれないとサチは怯えていた。それなのに会えるといいなど、物事を簡単に捉えすぎだ。
万が一サチに対して怒っていたらどうするのだ。違うとしても、怒りの矛先が彼女に向くかもしれない。まだまだ、サンジン様は清にとっておとぎ話の域を脱していなかった。
「あのさ、一人が怖かったら、僕も付いていくから」
思いつく案がこれしかなくて情けないが、自分を渦中に入れてくれれば、サチの不安も半減するかもしれない。分からないものに一人で挑むのは勇気だけでは足りないこともある。
「ありがとう。清君が一緒なら怖くないよ」
ようやく笑顔を見せてくれた。
サチが笑ってくれないと悲しくなる。
サチが悲しいならそれを分けてほしい。
もう一人ではないのだと、サチに宣言したい。
「ごちそうさま」
駄菓子を食べ終え片付けていると、下の方から声がした。サチを見遣る。
「サンジン様じゃない。人間の声」
「ここに人が来るの珍しいね。僕は会ったことないよ」
「たまに来るよ」
この山は入山禁止ではないので、登山客がいてもおかしくはない。
「若い人は来なくなったけど、祠にお菓子置いてくれる人もいる。多分、サンジン様の歴史を知っている人たちじゃないかな」
遠方から来る程高い山ではない。かといって、散歩道にするには難しい。それに、サンジン様のことを親や祖父母から聞いている町民なら、率先して山に入ろうとは思わないだろう。
「挨拶して通り過ぎればいい?」
こちらは悪いことをしているわけではない。同じ登山仲間として、すれ違う時に挨拶をすればいい。そう思って提案したが、サチは賛成しなかった。
「一人じゃない。二人、ううん、三人はいる。ただのお客さんじゃないかも」
「もしかして、サンジン様について調べに来た、とか?」
研究者など、田舎の不思議な現象や言い伝えなどを調べる人たちがいることを知っている。
「掘り起こされたりしないといいけど。良い人たちだといいね」
「心配だから、見てよ」
「うん」
清たちは祠の後ろへ進み、林の中に身を潜めた。
程なくして、三人の男が祠へやってきた。どうやら、研究者ではなく祈祷師だったらしい。
「こちらですね」
「はい」
清とサチは影からこっそり観察した。祈祷師と一緒に来た二人のうち大柄な男の方は町で見かけたことがあるので、町の人間が祈祷するため専門家を呼んだのだろう。重々しい雰囲気に、清は拳を強く握り込んだ。
「今まで祈祷師って来たことある?」
「私が捧げられて最初のうちは何回か。でも、最近は全然無い」
──全然無いってことは、今が緊急事態だと思われた……?
これはとんでもないことになった。きっと自分がサチを山から出したからだ。清の額に汗が滲む。
山から出られない少女にも自由を望む権利はある。その手伝いをした。それだけだったのに。
間違いだったのだろうか。今からでもサチを返した方がいいのか。清は首を振る。
それでは、いつまでもサチはサンジン様に囚われたままだ。誰かを犠牲にして成り立つ平和など、あっていいものではない。
もしこの祈祷師が本物であるならば、サンジン様の機嫌を直すことができるかもしれない。淡い期待を抱きながら、彼らの声が聞こえるところで隠れることにした。
距離は離れているが、静かな山の中は思った以上に声が通る。小声で囁かれない限り、ここなら問題無く聞き取れる。
駄菓子を補充して山の入り口まで行くと、その手前でサチが待っていた。
三十分程遅くなってしまったが、別段約束しているわけではない。今日だって清が来るかどうかはサチは知らない。
嬉しくなって声をかけようとしたら、その姿が一瞬揺らいだ気がした。目を擦るといつものサチがいる。気のせいか。昨日宿題が多くて大変な思いをしたので、睡眠不足かもしれない。
「サチ」
「清君」
サチが駆け寄る。これだけで満足してしまう。出会ってまだ二か月も経っていないのに、どれだけ二人で遊んだだろう。
「はい、お菓子食べる?」
「食べる。ありがとう」
お決まりの祠の横で食べる。緩みそうな頬に力を入れ、何か話題を考えていたところでサンジン様のことを思い出した。
「そういえば、あれからサンジン様には会った?」
「ううん」
首を振るサチの表情は冴えない。無理もない。あの時はサンジン様から逃げてしまったが、サンジン様はサチの味方だ。その神様が怒っているならば、理由くらいは知りたいだろう。手助けできるならしたいだろう。
サチにとって、サンジン様がこれまでずっと家族だったのだ。
「会えるといいね」
「……うん」
言った傍から清は後悔した。無責任なことを言った。
サンジン様は怒っているかもしれないとサチは怯えていた。それなのに会えるといいなど、物事を簡単に捉えすぎだ。
万が一サチに対して怒っていたらどうするのだ。違うとしても、怒りの矛先が彼女に向くかもしれない。まだまだ、サンジン様は清にとっておとぎ話の域を脱していなかった。
「あのさ、一人が怖かったら、僕も付いていくから」
思いつく案がこれしかなくて情けないが、自分を渦中に入れてくれれば、サチの不安も半減するかもしれない。分からないものに一人で挑むのは勇気だけでは足りないこともある。
「ありがとう。清君が一緒なら怖くないよ」
ようやく笑顔を見せてくれた。
サチが笑ってくれないと悲しくなる。
サチが悲しいならそれを分けてほしい。
もう一人ではないのだと、サチに宣言したい。
「ごちそうさま」
駄菓子を食べ終え片付けていると、下の方から声がした。サチを見遣る。
「サンジン様じゃない。人間の声」
「ここに人が来るの珍しいね。僕は会ったことないよ」
「たまに来るよ」
この山は入山禁止ではないので、登山客がいてもおかしくはない。
「若い人は来なくなったけど、祠にお菓子置いてくれる人もいる。多分、サンジン様の歴史を知っている人たちじゃないかな」
遠方から来る程高い山ではない。かといって、散歩道にするには難しい。それに、サンジン様のことを親や祖父母から聞いている町民なら、率先して山に入ろうとは思わないだろう。
「挨拶して通り過ぎればいい?」
こちらは悪いことをしているわけではない。同じ登山仲間として、すれ違う時に挨拶をすればいい。そう思って提案したが、サチは賛成しなかった。
「一人じゃない。二人、ううん、三人はいる。ただのお客さんじゃないかも」
「もしかして、サンジン様について調べに来た、とか?」
研究者など、田舎の不思議な現象や言い伝えなどを調べる人たちがいることを知っている。
「掘り起こされたりしないといいけど。良い人たちだといいね」
「心配だから、見てよ」
「うん」
清たちは祠の後ろへ進み、林の中に身を潜めた。
程なくして、三人の男が祠へやってきた。どうやら、研究者ではなく祈祷師だったらしい。
「こちらですね」
「はい」
清とサチは影からこっそり観察した。祈祷師と一緒に来た二人のうち大柄な男の方は町で見かけたことがあるので、町の人間が祈祷するため専門家を呼んだのだろう。重々しい雰囲気に、清は拳を強く握り込んだ。
「今まで祈祷師って来たことある?」
「私が捧げられて最初のうちは何回か。でも、最近は全然無い」
──全然無いってことは、今が緊急事態だと思われた……?
これはとんでもないことになった。きっと自分がサチを山から出したからだ。清の額に汗が滲む。
山から出られない少女にも自由を望む権利はある。その手伝いをした。それだけだったのに。
間違いだったのだろうか。今からでもサチを返した方がいいのか。清は首を振る。
それでは、いつまでもサチはサンジン様に囚われたままだ。誰かを犠牲にして成り立つ平和など、あっていいものではない。
もしこの祈祷師が本物であるならば、サンジン様の機嫌を直すことができるかもしれない。淡い期待を抱きながら、彼らの声が聞こえるところで隠れることにした。
距離は離れているが、静かな山の中は思った以上に声が通る。小声で囁かれない限り、ここなら問題無く聞き取れる。



