「お母さん。変じゃない?」
「変じゃないよ。格好良い格好良い」
「嘘っぽい」
「こじゃんとえい男、なかなかおらん」

 待ちに待った土曜日がやってきた。久しぶりに着た甚平姿を母と祖母に褒められ、満更でもない様子で頭を掻く。

「待ち合わせは何時なの?」
「うう~ん、ちょっと早いけど、もう行く」
「気を付けてね。学校の皆も行くんでしょ?」
「うん」

 サンダルを履きながら答える。母の注意事項も右から左に流れていく。

 甚平のポケットに財布とスマートフォンを入れ、紙袋も忘れずに持った。これであとはサチに会うだけだ。

「いってきます。夜ご飯はいらないから」
「危ないから、ちゃんと友だちと一緒に帰ってくるんだよ」
「分かった」

 時刻はまだ十五時。祭り開始まで二時間ある。さすがに自分でも早いと感じていたが、サチが着替える時間を考慮して出発することにした。

 サチはもう祠にいるだろうか。まだ山を散歩しているだろうか。走る足はどんどん速度を増し、しまいには短距離選手のように風を切ってしまった。

 どん。どどんッ。

「地震……?」

 山の近くまで来ると、地響きに似た音がした。いつもの地震だろうか。気にせず山に入る。山道を行くと、祠よりずっと手前でサチが待っていた。

「サチ」
「清君、こっち」

 サチが清を見るや否や、手を掴んで山道から外れた獣道へ引っ張っていく。

「どうしたの?」
「サンジン様がいたの」

 二人でしゃがみ込み、こそこそと小声で話す。

「サンジン様に会っちゃだめなの? 優しいんでしょ?」

 以前聞いた話では、サンジン様は滅多に姿を現さないが、とても優しい神様ということだった。それなのに、言っていた本人がサンジン様から逃げるのはどうしたことか。

「なんか……怖かった。静かに笑っている顔しか知らないのに、さっきのサンジン様は眉間に皺を寄せて、怒ってるみたいだった」

 何があったのか、サンジン様を知らない清には到底分からないが、神様が普段と違う顔をしているというのを聞いただけで身震いがする。まさか、ここ最近起きている地震も、どこかから聞こえる鳴き声もサンジン様が怒っているのが原因だったりするのだろうか。

「ここで着替える予定だったけど、すぐ出ていこうか。別のところで着替えればいいし」

「うん」

 サチを先頭に、そろりそろりと山から抜け出す。獣道を使ったために足元が少しだけ土で汚れた。山を出てからは二人並んで神社を目指した。

 この辺りに神社は一つしか無く、普段は無人だ。そこが今日はすでに人が大勢押し寄せており、屋台の準備や太鼓などを運んで忙しそうにしている。清は人の波を避け、神社の裏側にある林に身を潜めた。

「ここなら誰も来ないよ」

 清がきょろきょろ見回しながら、数歩前に出た。

「僕がここで見張ってるから」
「うん、ありがと」

 サチは清以外に見られることはないが、気分の問題だ。清はサチに背中を見せ、神社の方をじいっと見つめた。

「できたよ」
「そっち向いて平気?」
「うん」

 そろりとサチの方を向く。そこには綺麗におめかしをした少女が恥ずかし気に佇んでいた。

「どうかな。変じゃない?」

 清が無言で何度も首を縦に振った。

「変じゃない、全然! 可愛い!」
「へへ、ありがと。あとこれ、どうやって使うのかな」

 ウィッグの袋片手にサチが首を傾げる。清は袋を受け取って答えた。

「これは付け毛。自分の髪の毛にこうやって付けるんだ。そのままでもいいけど、後ろから見たら僕以外にとっては透明に見えるから髪の毛あった方がいいと思って」

 自分の髪の毛に着けながら説明する。サチが物珍しそうにそれを眺めた。

「もしかして、これが秘策?」
「うん。あともう一つあるけど」

 ウィッグを付ける手助けをしながら言う。母のものと自分のものと両方付けてみて、より自然に見える母の方に決めた。後ろから確認すれば、くるくるとパーマがかかった髪の毛が肩下まで伸びていて、とても愛らしく見える。これなら生きている人間とそう変わらない。

「まだ一時間あるね」

 清とサチは林の奥に行き、石に揃って座った。浴衣と甚平、普段と違う恰好でなかなか会話が見つからない。

「清君」
「なに?」
「誘ってくれてありがとう。私、嬉しい。また、人になれたみたい」
「今だって人だよ。僕と同じ。全然変わらない」

 本心からだった。サチが昔の人で、誰からも視えないことを知った後も、清の目には十二歳の元気な少女に思える。大切な友人だ。これからも、できればずっと仲良くしていたい。学校の友人とは何かが違う。