「また地震」
最近、小さな地震が頻発するようになった。感じるかどうかの、気にしない人は気にしない、小さな歪み。
父も母も一瞬立ち止まるだけで、日常の生活に戻る。祖母だけは違っていた。
「サンジン様が怒っちゅうがよ」
清の背中に汗が滲む。仏壇で拝む祖母の横に座って聞いた。
「なんで、地震が起きるとサンジン様が怒ってるの?」
問いかけに振り向いた祖母は、清が見た中で一番厳しい顔をしていた。
「サンジン様は天変地異を防いでくれちゅう神様。やき、怒っちゅう時は地震が多くなる」
清は不安になった。サチは自分をサンジン様の生贄だと言っていた。そのサチを祠から離したから、地震が起きたのではないか。
──でも、サチはサンジン様にほとんど会ったことがないって言ってた。なら、いなくなったって変わらないはず。これは偶然だ。
万が一何かしらの関係があったとしても、震度一あるかないかのものを気にする必要は無い。
──それより、サチを祠に閉じ込める方がずっと可哀想だ。
今は生贄の習慣自体無くなった。サチが自分で最後にすると懇願したからだ。人権問題もあったのかもしれない。そうして無くなっても大きな地震や大雨でこの地域が荒れることがないのだから、必要の無いものだったのだ。サチにはとても言えないけれども。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
母に見送られ、中学校へ向かった。遠くて汗を掻いてしまうが、この距離にも慣れた。
「あっ」
途中、交差点の近くでサチが立っていた。笑顔で手を振っている。こちらも軽く振り返す。サチの近くを通行人が通るが、サチに目を向けることはなかった。
──誰にも視えないんだ。
それが悲しくもあり、自分だけ視えることが誇らしくも思えた。自分だけがサチを救うことができる。サチのヒーローになれる。
「おはよ」
教室に入ると、一番に飯田が話しかけてくれる。日焼けして真っ黒の顔に白い歯が光る。典型的な明るい野球少年だ。ただし、坊主ではない。数年前から髪型が自由になったらしく、彼はスポーツ刈りにしている。それでも、眉毛にかかる清の髪の毛と比べると随分短い。
「部活決めた? 野球?」
「ううん」
「なんだぁ~」
あからさまにがっかりする様子に申し訳なく思うが、これから二年続ける部活だから、前回のように友人に釣られて決めたくなかった。
「で、何? まさか帰宅部?」
「これ」
鞄からスケッチブックを取り出してみせた。飯田が大げさにのけ反った。
「美術部かよ!」
「ここサッカー部無いから、いっそ全然違うものに挑戦してみた」
「心意気は応援する!」
「ありがと」
希望が通らなくても応援してくれる友人。数少ないクラスメートが飯田でよかった。
今日は初めての部活だ。入部届を出してから一度も顔を出していない。部員も、クラスメートの中田以外知らない。友人のいない中にぽんと入り込むのは勇気がいるが、見学した雰囲気のままなら、新たな蕾も歓迎してくれるだろう。
「市原君、美術室まで一緒に行かん?」
「うん、行く」
放課後、中田がわざわざ声をかけてくれた。すぐさま立ち上がる。初めから誰かと行かれるとは思わなかった。これなら、他の部員ともすぐ打ち解けられる気がする。
「部活って平日は毎日あるの?」
入部届を出した時、山野に聞きそびれたことを聞いてみる。
「水曜日と、山野先生がおらん日は休み。土曜日はコンクールが近くならないと無いちや」
「そうなんだ、ありがとう」
思ったより忙しくなくてよかった。これならサチとの時間も取れそうだ。
美術部員は一年生は中田だけで、同じ学年が増えて嬉しいと言っていた。女子と男子という違いはあるが、少しでも中田の助けになったのならこちらとしても喜ばしい。
「普段もああいう風に絵を描いているの?」
「基本はね。コンクールが近くなると、デッサンの時間も無くなって個人作業が多くなるがよ」
「そっか」
小さい校舎なので、美術室までもすぐだった。清が制服の胸元辺りを掴んで深呼吸する。
「部員の人と話したことないから、ちょっと緊張する」
「ふふ、大丈夫だよ。大人しい人が多いき会話は少な目やけんど、みんな優しいし」
「うん。中田さんが言うなら安心だね」
中田もどちらかと言えば物静かな方だ。昼休みは本を読んでいるし、飯田のように騒ぐことはない。彼女が優しいと言うならきっとそうなのだろう。
「こんにちは」
美術室に入り、中にいた部員に挨拶する。眼鏡を掛けた男子生徒が近づいてきた。
「こんにちは。いちおう部長の高井です。よろしくね」
「いちおうって!」
後ろで笑っている女子生徒も三年生だった。高井が頬を掻く。
「いやぁ、全然部長らしいことしちょらんき」
「確かに、他の部と比べて部長の仕事って無いきね」
そんな高井に案内され、余っている椅子に座った。絵を描きやすいよう一人一人距離が開いている。隣は中田だった。
次々に部員が入ってきて、あっという間に七人全員揃った。続いて山野が来て、清が改めて自己紹介をした。
「この前転校してきた市原清です。美術部初めてなので慣れてないですけど、宜しくお願いします」
六人しかいないので、皆の表情がよく見える。これから長く付き合う相手だ。クラス以外の活動で、人との関わりが増えて学校生活が良くなるといい。
五分程クロッキーをして絵を素早く描く練習をする。周りは迷いなく鉛筆を動かしているが、慣れていない清にはかなり難しいものだった。なんとか形にはなったが、上手いか問われたら首を振る。山野が清の横に来て声をかけた。
「どう?」
「結構難しいです」
山野がスケッチブックを覗く。彼女は笑顔で頷いた。
「この辺り、特徴をよく捉えちゅうよ。初めてやき満足いかんところもあるかもしれん。けんど、続けていけば、今よりもっと良くなるき」
「分かりました」
部員を見回すと、それぞれの制作に入っていた。清は入ったばかりなので、絵具の扱いに慣れるため、とにかく身近なものを描いていくよう言われた。失敗してもいいように、厚紙を沢山もらう。
──身近なもの、か。
試しに近くにあった花瓶を描きながらサチを思い出す。描いてみようか。いや、描いたら、誰だと聞かれるかもしれない。
ページをめくり人の形を描いたところで、そのまま次のページへと移った。
「何描きゆうが?」
左隣の高井に話しかけられる。清はどきっとした。
「花瓶を描いたところです。他に練習するのにおすすめはありますか?」
「もし、これを描きたいっていうこだわりが無いなら、人物か風景がえいかな。コンクールに出す題材も、そのどちらかを選ぶ部員が多いがよ」
「なるほど、風景」
風景ならば、あの山を描いても不思議がられない。ここからは山が見えないので、写真を撮ってくることにした。
最近、小さな地震が頻発するようになった。感じるかどうかの、気にしない人は気にしない、小さな歪み。
父も母も一瞬立ち止まるだけで、日常の生活に戻る。祖母だけは違っていた。
「サンジン様が怒っちゅうがよ」
清の背中に汗が滲む。仏壇で拝む祖母の横に座って聞いた。
「なんで、地震が起きるとサンジン様が怒ってるの?」
問いかけに振り向いた祖母は、清が見た中で一番厳しい顔をしていた。
「サンジン様は天変地異を防いでくれちゅう神様。やき、怒っちゅう時は地震が多くなる」
清は不安になった。サチは自分をサンジン様の生贄だと言っていた。そのサチを祠から離したから、地震が起きたのではないか。
──でも、サチはサンジン様にほとんど会ったことがないって言ってた。なら、いなくなったって変わらないはず。これは偶然だ。
万が一何かしらの関係があったとしても、震度一あるかないかのものを気にする必要は無い。
──それより、サチを祠に閉じ込める方がずっと可哀想だ。
今は生贄の習慣自体無くなった。サチが自分で最後にすると懇願したからだ。人権問題もあったのかもしれない。そうして無くなっても大きな地震や大雨でこの地域が荒れることがないのだから、必要の無いものだったのだ。サチにはとても言えないけれども。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
母に見送られ、中学校へ向かった。遠くて汗を掻いてしまうが、この距離にも慣れた。
「あっ」
途中、交差点の近くでサチが立っていた。笑顔で手を振っている。こちらも軽く振り返す。サチの近くを通行人が通るが、サチに目を向けることはなかった。
──誰にも視えないんだ。
それが悲しくもあり、自分だけ視えることが誇らしくも思えた。自分だけがサチを救うことができる。サチのヒーローになれる。
「おはよ」
教室に入ると、一番に飯田が話しかけてくれる。日焼けして真っ黒の顔に白い歯が光る。典型的な明るい野球少年だ。ただし、坊主ではない。数年前から髪型が自由になったらしく、彼はスポーツ刈りにしている。それでも、眉毛にかかる清の髪の毛と比べると随分短い。
「部活決めた? 野球?」
「ううん」
「なんだぁ~」
あからさまにがっかりする様子に申し訳なく思うが、これから二年続ける部活だから、前回のように友人に釣られて決めたくなかった。
「で、何? まさか帰宅部?」
「これ」
鞄からスケッチブックを取り出してみせた。飯田が大げさにのけ反った。
「美術部かよ!」
「ここサッカー部無いから、いっそ全然違うものに挑戦してみた」
「心意気は応援する!」
「ありがと」
希望が通らなくても応援してくれる友人。数少ないクラスメートが飯田でよかった。
今日は初めての部活だ。入部届を出してから一度も顔を出していない。部員も、クラスメートの中田以外知らない。友人のいない中にぽんと入り込むのは勇気がいるが、見学した雰囲気のままなら、新たな蕾も歓迎してくれるだろう。
「市原君、美術室まで一緒に行かん?」
「うん、行く」
放課後、中田がわざわざ声をかけてくれた。すぐさま立ち上がる。初めから誰かと行かれるとは思わなかった。これなら、他の部員ともすぐ打ち解けられる気がする。
「部活って平日は毎日あるの?」
入部届を出した時、山野に聞きそびれたことを聞いてみる。
「水曜日と、山野先生がおらん日は休み。土曜日はコンクールが近くならないと無いちや」
「そうなんだ、ありがとう」
思ったより忙しくなくてよかった。これならサチとの時間も取れそうだ。
美術部員は一年生は中田だけで、同じ学年が増えて嬉しいと言っていた。女子と男子という違いはあるが、少しでも中田の助けになったのならこちらとしても喜ばしい。
「普段もああいう風に絵を描いているの?」
「基本はね。コンクールが近くなると、デッサンの時間も無くなって個人作業が多くなるがよ」
「そっか」
小さい校舎なので、美術室までもすぐだった。清が制服の胸元辺りを掴んで深呼吸する。
「部員の人と話したことないから、ちょっと緊張する」
「ふふ、大丈夫だよ。大人しい人が多いき会話は少な目やけんど、みんな優しいし」
「うん。中田さんが言うなら安心だね」
中田もどちらかと言えば物静かな方だ。昼休みは本を読んでいるし、飯田のように騒ぐことはない。彼女が優しいと言うならきっとそうなのだろう。
「こんにちは」
美術室に入り、中にいた部員に挨拶する。眼鏡を掛けた男子生徒が近づいてきた。
「こんにちは。いちおう部長の高井です。よろしくね」
「いちおうって!」
後ろで笑っている女子生徒も三年生だった。高井が頬を掻く。
「いやぁ、全然部長らしいことしちょらんき」
「確かに、他の部と比べて部長の仕事って無いきね」
そんな高井に案内され、余っている椅子に座った。絵を描きやすいよう一人一人距離が開いている。隣は中田だった。
次々に部員が入ってきて、あっという間に七人全員揃った。続いて山野が来て、清が改めて自己紹介をした。
「この前転校してきた市原清です。美術部初めてなので慣れてないですけど、宜しくお願いします」
六人しかいないので、皆の表情がよく見える。これから長く付き合う相手だ。クラス以外の活動で、人との関わりが増えて学校生活が良くなるといい。
五分程クロッキーをして絵を素早く描く練習をする。周りは迷いなく鉛筆を動かしているが、慣れていない清にはかなり難しいものだった。なんとか形にはなったが、上手いか問われたら首を振る。山野が清の横に来て声をかけた。
「どう?」
「結構難しいです」
山野がスケッチブックを覗く。彼女は笑顔で頷いた。
「この辺り、特徴をよく捉えちゅうよ。初めてやき満足いかんところもあるかもしれん。けんど、続けていけば、今よりもっと良くなるき」
「分かりました」
部員を見回すと、それぞれの制作に入っていた。清は入ったばかりなので、絵具の扱いに慣れるため、とにかく身近なものを描いていくよう言われた。失敗してもいいように、厚紙を沢山もらう。
──身近なもの、か。
試しに近くにあった花瓶を描きながらサチを思い出す。描いてみようか。いや、描いたら、誰だと聞かれるかもしれない。
ページをめくり人の形を描いたところで、そのまま次のページへと移った。
「何描きゆうが?」
左隣の高井に話しかけられる。清はどきっとした。
「花瓶を描いたところです。他に練習するのにおすすめはありますか?」
「もし、これを描きたいっていうこだわりが無いなら、人物か風景がえいかな。コンクールに出す題材も、そのどちらかを選ぶ部員が多いがよ」
「なるほど、風景」
風景ならば、あの山を描いても不思議がられない。ここからは山が見えないので、写真を撮ってくることにした。



