湯けむりの7日間

 先ほどの作戦は失敗したが、次の作戦へと移るべく、次はどこを探そうかという話になったので、私は丘の上にある小さな公園に行かないかと提案した。

「いつも言いなりになってる雫が提案!? どこか具合でも悪いの? 私と同じくそういうの苦手だったよね?」

「ああ、うん。でも、そこに行きたいなっていう! ただの、気まぐれだよ」

「まあ、特に行く当てもないし、雫の言ってくれたところ目指そう。僕の日記の手がかりあるかもしれないし」

 今回も少し失敗してしまったみたいだ。2人をくっつけることだけを考えていたために、自分がそういう性格であることなんて吹き飛ばされたかのように忘れていた。怪しまれるのも無理はないし、私も今になってようやくおかしなことを言っていることに気づいた。ただ、2人は特にいく当てもないので、私の提案に乗ってくれることになった。

「とはいえ、今日はめちゃくちゃ暑いね。公園に行ったら、時間も時間だし今日の探検はいったん終えようか」

「そうだね。特に大きな収穫はなかったけど、懐かしい場所に再び来れて満足だよ。あと、1つ思い出したことがあるんだけど、その日記には、お父さんか誰かに宛てたかった手紙と、家系図も書いてあったかも」

「それは自分の取り扱い説明書と言うにはふさわしいものだね。子供用雑誌の付録ぐらい豪華じゃん! 家系図とかあるんだ。私、そんなの見たことないよ。雫はある?」

「私は、ほら、先代の女将さんとかどんな家庭を持ってたのか知りたかったし、何度か見たことあるよ」

「へー。もしかしたら、迅の先代には有名人がいたりして……!」

「はは、確かにそれは光栄だけど、仮にそうだとしても、あくまで先代の話だし、そこまでは興味ないかな」 

 数分前よりも私たちが歩いていることなんて微塵も気にしないかのように、太陽の光は私たちに容赦なく降り注ぐ。今年一番太陽の光が私を直撃しているように感じる。香澄はそのような状況に、日焼け止めクリームを追加で塗りまくる。そして、カバンから日傘を取り出して、差す。そうだ、2人が日傘に入れば、相合傘という言葉があるぐらいだし、流石にドキドキしてくれるのではと思い立った。とはいえ、迅くんの肌がほんのり焼けていることを考えると、彼は紫外線から身を守るという発想はあまりないのかもしれない。雨でも降ってくれたら、相合傘を背ざる負えないが、この天気で雨が降ることなどありえないし、スマホで雨雲レーダーを見ても雨などどこかに逃げてしまったかのように、この辺りに雨雲らしきものはない。とはいえ、ダメ元で試してみよう。

「ねえ、迅くん、日が強いから日焼けしちゃうし、香澄の日傘に入らせてもらったら?」

「いや、僕は別に日焼けは気にしないからいいよ。それに、2人で入ると、香澄の半分だけ焼けても困るから」

 やっぱりという回答が返ってきた。今回は期待値が低かったからこそ、ダメージは少ない。

「雫も日傘持ってるでしょ? 雫は日焼け止めクリームたくさん塗ってるし、日焼けしずらい肌なんだから、一緒に入ればー?」

「えっ……私が!?」

 予測不可避だった展開に私は動揺する以外の何もできない。さっきは断った迅くんであったが、そうならいいかもねということで、本当に香澄が言ったことが実現してしまった。私の差した日傘には、今、迅くんも入っている。これを拷問というのは、相手に失礼かもしれないけれど、歩いている感覚がまったくもってないし、よくわからないドキドキを感じる。一方で迅はまるで気にしないかのようにクールな表情を崩さずに歩いている。恋愛的な意味のドキドキではないことは自覚していても、私がドキドキしてどうする。逆じゃないか。2人のハグ作戦も、相合傘作戦もダメとなると、あと今日できる作戦は1つしか残っていない。

 相合傘をしたまま、公園に着く。命拾いをした私は今日最後の作戦に出る。この公園には、ヒマワリの花が咲いており、それを背景に2人の写真を撮ることだ。ヒマワリの花の花言葉は「あなたを見つめる」「憧れ」「情熱」などがあり、2人にとってはぴったりだろう。仮に今はドキドキ感を感じなくても、将来はきっと――と思ったのだ。

「ねえ、せっかくだし、ヒマワリと写真撮ろう」

 私がまた写真を撮ろうと言い出すと、どこか頭のセンサーが壊れたと思われても困るところだったので、ちょうど良いタイミングで香澄がそういってくれたことで計画はうまく進みそうだった。

「じゃあ、まずは香澄と雫、2人で入りな。僕が撮るから」

 計画をうまく遂行するためにまずは、迅くんに従って私たちはヒマワリの前に立つ。横目で香澄を見ると、笑顔が太陽に反射して余計に眩しく見える。私もピースをしようと思い、顔に当てながらピースをする。その直後に、カメラの音がする。

「見せて! ……おお、いんじゃない!」

「じゃあ、今度は私が撮るよ。迅くんと、香澄、ほら並んで」

「おっけー」

「わかったー」

 無事に2人で写真を撮るために並ばせることに成功した。さっきので2人は距離が近くてもドキドキしないことは分かっていたが、私は2人に「もう少し近くに寄って」とわざと距離を近づけた。もちろん、2人がドキドキしたようなしぐさを見せることはなかった。ただ、違う何かを意識していたような気がする。でも、それもきっと私の勘違いだろう。

 ただ、2人の顔をカメラに収められたということだけでも、私は一歩前進したのだと思う。まだ5日ある。その中で私は2人を導いていければいい。ただし、今日の反省として焦りは禁物。

 最後に、私と迅くんとも撮ることになった。状況からしてこうなることは分かっていたけれど、私自身が緊張したり、特別な感情を持ったりしてはいけない。その事だけを心の中に留めながら、迅くんと不自然にならないぐらいの距離を取って、カメラに映った。見せてもらった私と迅くんはヒマワリの下で、微笑んでいる。なんという笑みだろうか。

 小さな冒険から帰宅した後は、旅館の仕事をした。とはいっても、通常の仕事よりも私にとってはだいぶ楽なものであった。宿泊客は同じなので、新規のお客様の対応や部屋の掃除をする必要はないし、発注の対応もすることがない。ただ、女将さんは食材の残りも検討しながら栄養のいい食事を提供するためにかなり苦戦しているようであった。

 私たちのメインの仕事は、旅館の清掃だ。多くの方が時間を潰すために使っているお風呂をそれぞれ1時間だけ止めて、迅くんも一緒に行った。湯船の縁に溜まった水滴を手桶の湧き水で流し、網杓子で湯面の小さな葉っぱや虫をすくい取る。いつもは1人でしていた作業を3人で、夕日が沈む中行ったのは、林間学校のような初々しさがあり、楽しかった。清掃をするのに笑ってしまうなんて私たちは何をしているのだろうか。

 孤立してから2日目、昨日決めたように孤立状態が終わるまで毎日やると決めたインタビューゲーム。お題と名前をそれぞれ書いた紙を作って、当たった人がその質問に答えるものだ。今日の質問に答える順番は、私、迅くん、香澄だった。

 私への質問は「家族の好きなところはどこか」であり、「時々反発することもあるけれど、最後は私のことを思って尊重してくれるところ」と答えた。昨日に引き続き普通の質問を引いた私は結構運を持っているのではないだろうか。

 そして、迅くんへの質問は「夏休みにしたいことは何か」であり、「誰かと花火を見たい」と答えた。

 最後の香澄への質問は「今残っているスマホの検索の中で一番知られたくないのは何?」であり、顔を赤らめた様子で「うまくキスをする方法」と答えた。この質問も自分で考えたのが運悪く当たってしまったのだろうかと思ったが、どうやら迅くんが考えた意地悪質問だったらしい。そんな質問を迅くんがするとは意外だったが、その経歴を本当に暴露する香澄はもっと意外だった。香澄は恥ずかしいことしたお返しだと言わんばかりに迅にこちょこちょをお見舞いした。迅くんはこちょこちょがどうやら弱いらしく、あっという間に、敗北を期す。

 もし、今日の一日を一言日記にまとめるのであれば、迅くんに対する見方が少し変わったとでも書くんだろう。