花札が終わった後は、おばあさんとおじいさんの花咲いた思い出話に耳を傾けていた。幼い頃の好きだったもの、高校時代の修学旅行、初恋、そして二人の出会い……。それはまるでおとぎ話のように優しく語られ、私たちは夢中になって聞き入った。おばあさんが新婚旅行でテディベアをおじいさんにプレゼントしたという話を聞いて、私も自分の作ったテディベアを見せると。「すごい上手だね!」と褒めてくれた後に「懐かしいな」としんみり思い出に浸っているようだった。

 ただ、時間は無情にも過ぎていき、終わりの時間が迎えに来た。もっと聞いていたいと思えるほど、心地よい時間だった。

「では、私たちそろそろお暇します」

「ああ、そうか。今日は楽しかったよ。残り数日、みんなで頑張ろう」

「いつでも歓迎するよ。迅くん、今度は花札やろうね」

 私たちはおばあさんとおじいさんに手を振って、部屋を後にした。夏の思い出が一つ増えたと私には感じた。

 今日も素朴な料理が並んだが、女将さんが工夫してくれた料理は好評だった。制約がある中でも、今日も一日を乗り切った。橋の復旧は順調に進んでいるようで、予定通り1週間で孤立状態は解消される見込みだという。橋が崩落してから3日目。残り4日をどう過ごそうか、そんなことを考えながら、私は一人で露天風呂に向かった。今日はのぼせないように気をつけよう。

 着替えを終えて外に出ると、何やら影があった。どうやら今日は先客がいるらしい。この後ろ姿、ついさっきまでどこかで見ていたような…と思ったら、おばあさんだった。私は「先ほどはありがとうございました」と挨拶をし、一緒に入ることにした。

「いいえ、私たちもとても楽しかったよ。おじいさんなんて、3人が帰った後、ずっと3人の話をするんですもの」

「楽しんでいただけたのなら、光栄です」

 おばあさんとおじいさんにそこまで楽しんでいただけたとは。もてなすという枠を超え、かけがえのない時間を共有できたように感じた。

「そういえば、さっき、思い出話でご両親に反対されながらも結婚したと聞きましたが、それほどおじいさんのことが好きだったんですね。そういう人がいるなんて羨ましいです」

「ふふっ。そうね。ある意味奇跡みたいなものよね。……雫ちゃんはそう思う人とはまだ出会ったことないの?」

「そうですね……」

 私はその問いかけに考え込む。湯気が立ち上るように過去の記憶が湧き上がるけれど、そういう人はいたのだろうか。確信を持って「そうだ」と言える人は見当たらない。

「……まだ出会ったと、ないかもしれません」

「それは逆に楽しみかもね。そういう出会いができたときの楽しみになるじゃない」

 おばあさんは、どんなこともプラスに捉えるのがずるいと思えるほどとても上手だ。以前、「頑張った合唱コンクールで2位だった」と話した時も、「もし1位だったら、それ以上を目指そうとは思わないけれど、2位だからこそ、そう思えるんじゃない」と言ってくれたのを思い出す。

「ただ、もう出会っている可能性もあるかもね。出会っているけど、その感情に気づいていないだけとか。あるいは、その感情にまだ行きついていないだけとか」

「……もし、そうなら、なんだか恥ずかしいかもしれません」

「そうかもね。あと1つ大事なことは、親に反対されても自分の気持ちに嘘をついてはいけないということかな。確かに、子供は親に比べると立場は弱いかもしれないけど、それが嘘をついていい理由にはならないしね。私も嘘をつかなかったからこそおじいさんと結婚できて、幸せを手に入れることができたんだから。もちろん、これは人との関係だけじゃなく、自分のしたいことや、やりたいことも同じね」

 おばあさんの言葉に、私は無意識に温泉の中にブクブクブクと潜ってしまった。おばあちゃんはただ前を向いていたため、それに気づいていないだろう。私には、おばあちゃんの言葉で考えさせられることがあった。一言で言えば、将来のこと。もっと言えば、将来、女将になること。まだお母さんに話すのは勇気がいるけれど、どう考えているのか知りたい。うまくいくかは分からないし、あまりいいことではないのかもしれないけれど、私はある侵入計画を思いついていた。

 私はこれ以上潜ったままではまた同じような過ちを犯してしまう事に気づき、ゆっくりと浮上していく。どうやらおばあさんは気づいていなかったようで、特に何も言うことなく月を見ていた。香澄と見たときとはほんの少し違う形の月が私の瞳には映った。

 部屋に戻ると、もうこの修学旅行の雰囲気にも慣れてしまったなと思いながら、香澄の布団に侵入する。香澄は私が出た頃に露天風呂に入っていったので、香澄は私と入れ替わりで露天風呂に入っていったから、しばらくは戻ってこないだろう。香澄の布団からは、どこか甘い香水の香りがする。この匂い、好きだな、なんて思って潜り続けてにおいを私にまとわりさせていると、香澄が戻ってきた。「この布団は私の布団よ! 出てって、このかわいい少女は!」と言われてしまい、私は泣く泣く布団を出た。
 
 3人が揃ったところでいつものように、インタビューゲームの時間だ。お題と名前をそれぞれ書いた紙を作って、当たった人がその質問に答えるものだ。今日の質問に答える順番は迅くん、香澄、私だった。

 迅くんへの質問は「この旅館にいる人の仲で話してみたい人はいるか?」であり、「大学生ぐらいのカメラを持っているお兄さん」と答えた。多分あの人だろう。私と香澄は顔を見合わせ、今度時間のあるときにでも話しに行こうと顔で合図した。きっと迅くんとも仲良くなれるはずだ。もしかしたら、この街の写真に迅くんの探している日記帳のヒントが何かしら映っているかもしれないし。

 そして、香澄への質問は「珍しい特技や特徴は何?」であり、「爪にほくろがあること」と答えた。爪にほくろとは初めて聞いたが、どうやら私達が思い浮かべるほくろとは違い、線のようになるようだ。昨日と一昨日はかなりショッキングな質問が来たのでようやくといったところだろう。

 最後の私への質問は「もし、人の夢を見れるのなら、一番は誰のどんな夢を見たい?」であった。昨日と一昨日は運のよかった私だったが、3度は続かなかったようで、このゲームで初めて黙り込んだ。この質問者は私が人の夢を見ることができるなんて思って質問したのではないと思う。そもそも、このカードが誰に行き着くかはわからないし。

「もしかして、本当は人の夢を見えるとか?」

 迅くんが、私の心をナイフで刺してくるような一言を発する。冗談で言ったとはなんとなく分かっていても、流石にこの沈黙はやばいと思い、本当はそんなことを考えてはないが、この場を凌ぐために、一番最初に思いついたことを質問の答えとした。

「じゃあ、香澄がウエディングドレスを着て結婚式を挙げる夢かな?」

 もちろん、香澄がウェディングドレスを着て、隣に素敵な人がいて、誓いのキスをする、そんな展開も見てみたい。しかし、一番かと言われると違う。おそらく6位くらいのランクインだろう。

「えー、まずは自分の結婚の心配をしなさいよ! この旅館の跡継ぎ問題!」

「そうだねー。まあ、私には素敵な人が、吸い込まれるようにして近づいてきてくれるよ」

「またまた」

 お互いの漫才のようなやり取りが終わった後には、今日はおじいさんとおばあさんとあんなにはしゃいだことによる疲れもあるのか、私たちは神様に促されたかのようにすぐに眠りについてしまった。