次のゲームは、約束でもう1つやることにしていた花札だ。花札は日本の伝統的なカードゲームで、四季の花や動物が描かれた48枚の札を使う。今回は、ルールが簡単な「こいこい」という遊び方をすることになった。4人でトーナメント形式にし、1回の勝負を6ラウンド制で行う。迅くんは花札については知らないということで、このゲームは応援という立場で参加することになった。
私の最初の相手は香澄だ。子どもの頃から親しんでいたので、序盤は優位に進めていた。
「よし、完成」
しかし、香澄も手強い。私がうっかり見逃していたうちに、香澄は「タネ」という、特定の札を5枚集める役を完成させていた。
「あ、やられた」
あわや負けかと思われたが、香澄が欲を出して「こいこい」を宣言したことで、なんとか危機を脱した。これは、役ができたにもかかわらず勝負を続け、さらに高得点を狙うという選択だ。だが、相手も同じように役を完成させてしまうと、点数をすべて失うという大きなリスクがある。
その隙をつき、私は「猪鹿蝶」という珍しい役を完成させた。これは、イノシシ・シカ・チョウが描かれた3枚の特別な札を揃える役で、一気に高得点を得られる。
「勝負!」
「いや、雫、ここは『こいこい』にしよう!」
「いや、ここは『勝負』しかないよ!」
「くー」
私はすぐさま「勝負」を選択した。そのおかげで、第1ラウンドで香澄に大きく差をつけることができた。
最後の6ラウンド目に入った時点で、私は香澄に5点差で勝っていた。しかし、安心はできない。花札には「五光」という最強の役がある。これは、すべての「光」の札、つまり最も点数の高い5枚の特別な札を集める大役で、一気に大逆転される可能性を秘めているからだ。
その心配が、現実になりかけた。香澄は「三光」という役をそろえてしまったのだ。これは、最も価値の高い「光札」を3枚集める役で、得点も大きい。しかも今回は、私の手札が全然役になりそうにないと見たのか、香澄は自信満々で「こいこい」を宣言した。確かに、ここで「勝負」を宣言してしまえば、同点になってしまう。香澄としては、さらに役を加えて逆転勝ちを狙ったのだろう。正直、そろっていない状態から勝つのはほぼ無理だと思っていた。
だが、奇跡は起きた。私の手に「月見で一杯」というレアな役が完成したのだ。これは月の札とお酒の札をそろえる2枚役だ。結果、私は「勝負」を選択し、接戦を制して見事勝利。しかし、最後まで危うい展開だった。
初戦から白熱した戦いになり、持久走でもしたかのように息が切れる。もうひとつの会場では、おじいさんに僅差でおばあさんが勝利したようだ。
「香澄、いつの間にそこまで強くなったの。小さい頃は私の圧勝だったのに」
「はは、いつの間にか雫の後ろ姿を追ってから強くなってた」
「でも、雫と香澄の真剣な顔、かっこよかったよ」
迅くんが呟くその声に、私は少しドキッとした。迅くんがゲームに参加しない分、彼の視点から私たちの勝負を見つめるその目は、まるでこの瞬間を写真に収めるようだった。
「それにしても、白熱した戦いだったね。面白そうだった。今度、やってみたいからよければ教えてよ」
「私よりも雫に教えてもらいな。……というか、今更だけど私と雫、迅くんの連絡先交換してなくない? 今回だけの関係にするのはもうもったいないよ」
「そうだね、してないかも。いいよ」
「はい、アドレス」
私は今回だけで終わらせるのはもったいないと共感し、連絡先を交換した。交換したときにいつも目にいってしまうアイコンは、迅くんの趣味なのか、アニメのキャラクターの写真であった。おじいさんとおばあさんもスマホを持っているという事で2人とも私たちは連絡先を交換した。さっそく交換したばかりの連絡先にくまさんスタンプを送る。
そして、花札の決勝戦に戻る。私とおばあさんの対決だ。おばあさんは「容赦しないよ」と言わんばかりの視線を私に向けてくる。私ももちろん手加減などする気はないが、どこか気持ちだけで押されてしまいそうになる。
「では、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
一礼してから決勝戦が始まる。。序盤からおばあちゃんのペースで、攻めた札の取り方をしてくる。札を取るスピードが早すぎて、作戦をうまく考えることができない。ようやく役ができそうになったとき、おばあちゃんが一撃を与えてきた。私が見落としていた「青短」という役を完成させ、すかさず「勝負」を選択する。
その後も、時々勝利はできるものの、最終戦に入る段階でおばあちゃんとの点数差は12点とかなりの差が開いてしまった。逆転は不可能ではないが、極めて厳しい。
最終戦、私に流れが向いてきたのか、役がいくつもリーチになるが、あと一歩のところで完成しない。なんとか「カス」という役ができたが、これは1点にしかならない。仕方なく「こいこい」を選択する。このままでは惨敗だ。おばあちゃんも大勝利を目指すようで、「雨四光」という役ができても「勝負」にはせず、ゲームを続ける。
「きたー」
「あ、やばい!」
おばあさんは、年齢を感じさせないような元気な声を出すと同時に、役を完成させた。
「おー、これで『五光』が完成した!」
応援していた迅くんも少しは役について分かってきたようで、歓声を上げる。「五光」とはこいこいの中で一番強い役でおばあさんは一瞬笑ったあとに力強く「勝負」といって決勝戦は終了した。私の結果は惨敗だった。おばあさんは流石の強さで優勝した。ただ、オリンピック級に熱くなった戦いはとても面白くて、この約束をして良かったと思えた。
「雫ちゃんもなかなか強かったよ。今度やったら次は負けちゃうかもね」
「いえ、まだまだです。最後に『五光』で勝負を決めるなんて、流石です」
「そんなことないさ、長年の勘だよ。長年してると、なんとなく読めてしまうんだよ。花札に限らず」
「僕も花札覚えてくるので、よかったら今度、対戦お願いします!」
「ああ、もちろん。いつでも受け付けるよ」



