今日の楽しみといえば、やはり老夫婦のお客様と遊ぶことだろうか。約束を心待ちにしていたせいか、今朝はうわの空で、迅くんと2度も廊下ですれ違う際にぶつかってしまった。
「中身が入れ替わらなかったのは、不幸中の幸いだったね」
迅くんが冗談めかして笑う。私もつられて笑いながら「そうだね」と言って立ち去り、目の前の仕事に集中する。
休憩時間には、以前来た時におばあさんに教わった鶴を折っていた。長寿の象徴でもある鶴の折り紙。ささやかだけど、感謝の気持ちを込めてプレゼントを渡したいと思ったのだ。
約束の時間になると、私はおばあさんとおじいさんの部屋に入る。こうやって約束が果たせるのも、私たち3人を同じ時間にあけてくれたお母さんのおかげだ。すでに2人は来ていたようで、部屋の中から手を振って早く来てよと手招きする。
「よく来たね、上がって上がって」
「待ってたよ」
おばあさんとおじいさんは、まるで私たちを本当の孫のように歓迎してくれた。2人もどうやら同じ事を考えていたようで、小さなプレゼントとして鶴の折り紙をプレゼントして持ってきていた。おばあさんとおじいさんからは、お小遣いをいただいた。決まり言葉として「そんなに、気を使わなくて大丈夫ですよ」と言ったが「これで好きなものでも買いなさい」とこちらもお決まりのように返されてしまったので、ありがたく頂戴した。
「じゃあ、まずはトランプあるんで、ババ抜きしましょう!」
「いいね。じゃあ、香澄が配って!」
「いいよ。私に勝てるかな」
「私たちも負けてられませんね」
「そうだな」
まずは定番のトランプを使ったババ抜きをすることになった。大勢でトランプやるのはおそらく中学の修学旅行以来だからかなり久しぶりで、胸が高鳴る。香澄が手際よくカードを切っていく。私のところに回ってきたカードにはババがない。5人だと最初から捨てられる手札の数は少ない。私の手札は合ったものを捨て終わった時点で、7枚だった。香澄はかなり運が良かったようで5枚だ。迅くんも私と同じ7枚で、おばあさんとおじいさんはそれぞれ8枚からのスタートだ。引く順番は、香澄、私、迅くん、おばあさん、おじいさんだ。
「よしスタート、まずは私からだね。雫はババ持ってなさそうだな」
「さあ、それはどうかな?」
最初の様子では、香澄は私がババを持っていないと感じたようなので、混乱させるために得意の演技でどちらかわからないようにうまく表情を作る。私の表情を見た香澄は「もしかして持ってる……?」と眉をひそめ、むっとした表情になった。ただ、どんなに私を疑っても今、私の手元にはババはない。私の表情を読みながら香澄が慎重に選んで引いたのは、ダイヤの12。ペアにはならなかったようで、香澄の手札は増えた。
「よし、これだ!」
次は私の番になり、迅くんのを引く。迅くんからはクローバーの2を引き当て、見事ペアが揃い、私は香澄と同じ6枚になる。その後も順番に次々と引いていく。
途中で私のところもババが回ってきたが、運良くすぐに香澄の方へ回った。香澄は自分では隠せていると思っていたみたいだが、体の動きから全員にバレているようだった。その後も、枚数は少しずつ減っていくが、まだ誰も上がることはない中、2回目のババが私に回ってくる。
「ほら、私、今ババ持ってるかもよ」
「なんだと! 私がババを引くとでも?」
香澄が引くターンになり、私はフェイントをかける。今度は本当にババを持っている。枚数運は強かった香澄だが、まるでババに呪われているかのようにすぐにババは香澄の手元に戻った。
気づけば、おじいさんとおばあさんは残り1枚になっており、その後おばあさんとおじいさんは見事ワンツーフィニッシュを達成した。長年の勘というものが働いたのだろうか、圧勝だった。
「よし、上がった!」
「おりゃも、あがったぞ!」
残るは高校生三人の勝負。ここから更に枚数は減っていく。迅くんが残り1枚となり、香澄からスペードの3を引いたことで、フィニッシュした。
残るは私と香澄の戦い。ここまできたら負けられない。今ババを持っているのは香澄だ。私が次にハートの3を引いたら勝利。ババを引いたらこの勝負は延長線へと突入する。ただの勝負なのに、手に汗をかいた感触がかすかにした。香澄の視線が突き刺さる。ただ、数年間一緒にいるのだから、心理戦でここは抜けられるはず。
「右? それとも左かな?」
「右も、左もどっちもババかもよ……なんてね。よし、こうしよう。勝ったら今度なにか奢ってあげるよ」
「おお、それは俄然やる気が……!」
学生にとって「奢る」という言葉は、反応せずにはいられない。一瞬瞳を閉じた後に、一つに決めた。ハートの3は右手だ。香澄はいつも、大切なものや嬉しいものを手にしたとき、ぎゅっと握りしめる癖がある。彼女の右手が微かに震えているのを見て、これが私の勝利への鍵だと確信した。
「よし、こっちだ」
「……ん、ん、ん!」
私が勝利を確信して引くと、見事ハートの3であった。どうやらこの心理戦を勝利したのは私だったようだ。これで奢ってもらうという権利も同時に手に入れることにした。
「くっく、悔しいー!」
負けた香澄は子供のように無邪気に悔しがる。そんな香澄の顔を見て、私はほほえましい笑顔を作った。
ババ抜きが終わると今度は7並べをすることになり、今度は逆に香澄が下剋上とでもいうかのように、大勝利を収めた。なお、私は迅くんと僅差で敗れ、最下位になったのでトランプを片付けるはめになってしまった。



