そこは何処か寂しいところだった。
 店も、観光地も、何もかもなかった。あるとすれば田んぼと数件の家だけだった。
 その中の一つの家の窓が開いていた。ひらひらとカーテンがなびいている。その中から一人の少年の泣き声が聞こえてきた。
 空は満天の星空だと言うのに。

「カナメ君?短冊に願い事は書きました?」

 部屋の外から少年、カナメを呼ぶ声が聞こえた。

「…もう少し待ってて下さい。今決まりましたから。」

 冷たい声で発した後、カナメは涙を拭いた。
 泣いたって、願いは叶わない。
 七夕だからって願いが叶う訳じゃない。
 逆になんで七夕には願いが叶うんだ?
 短冊に願いを書いたって、いくら星に願ったって。

「アオイは帰ってこないのに…。」

 アオイ、それはカナメの唯一の幼馴染。この小さな村でたった一人のカナメと同じ年の子。
 カナメの去年の誕生日、つまり去年の七夕に死んだ。

「なんで、なんであそこで止めなかったかなあ…。」



「カナメ君!」
「何?」
「今日は七夕だねぇ。」

 万円の笑みで問いかけてきたアオイの考えていることがよくわからず
「あ、そうだね。」
 と適当に相づちを打つとアオイがふくれっ面で
「もうっ、七夕と言ったら七夕祭りデートでしょ。」
 と言ってきた。この村では小規模ながら毎年七夕祭りを行っているのだ。

「でえと?アオイが持ってた恋愛漫画に描いてあった奴?」
「そう!私もやってみたいなあって。」
「あーそう。行ってくれば?一人で。」

 ぶっきらぼうなカナメにアオイはケラケラと笑った。そんなアオイを見て、太陽みたいだなとカナメは思った。

「一人じゃダメなの。男女で行くからいいんじゃん。だから一緒に行こ。」
「でもあれは好きな人と行くからいいんだろ?なんで俺と行くの。」
「それは…。」

 アオイは少し顔を赤らめた。カナメは気づかなかったのだろう。

「お、同じくらいの年齢の人がいないからよ!ほら、行くよ!」
「えー、雑だな。」
「女の子にそんなこと言わないっ。」


「ほら見て、短冊だって。カナメ君も書こう。」
「まあ、じゃあ。」
「フフフ、カナメ君の願いを当ててやろう。其方の願いは…富士山に登りたい!!」
「全然違う。」
「えー、じゃあなに?」
「『アオイちゃんにデートする本命の相手が出来ますように。』」
「…!」

 カナメは勿論何となくで言った。だがアオイにはかなり効いた。

「カナメ君ってなんか、すごいよね。」
「どうも?…所でアオイはなんて書いたの?」
「はえっ、私⁉あ、い…いやあ、その…えっと。」
「?」
「恥ずかしいから…きゃっ!」

 その時大きな風が吹いた。短冊と笹をざわざわを揺らして。
 カナメは思わず目をつぶった。

「…アオイ?」

 さっきまで隣にいたはずのアオイがいなくなっていた。
 あいつ何処行ったんだ?
 何故か急に嫌な予感がした。

「アオイ、アオイ!アオイちゃん!」

 懸命に叫ぶも返事がない。
 落ち着け、まずは状況整理。
 さっきまで二人で短冊に願い事を書いてて、大きな風が…。

 そうだ、近くに『天の川』とかいう大きめの川があったな。
 小学生が足を滑らせれば、簡単に溺れてしまう位の…。

「あの…っ、バカ!」

 どうせ短冊が風で飛ばされたんだろ?焦って言わずに走ったんだろ?
 暗くって、前が上手く見えなくて、それで…。
 嫌、そんなことあるはずない、あってたまるか、あって、あって、あって…。

「アオイ!!」
「カナ…。」


 アオイに会えたのはその次の日だった。
 新しいシャンプーを使ったという頭皮は酷い異臭を放ってた。
 太陽みたいな笑顔は貝に喰われてた。
 綺麗な細い腕は水を吸ってブニブニになってた。

 貝などを綺麗に洗い流したアオイはもうアオイじゃなかった。

「こんなのアオイじゃない。」
 憎しみの籠った言葉を発したカナメも、もう昨日のカナメじゃなかった。