これは夢だろうか?
 僕はつい先日の出来事をリプレイしていた。
 銀行の役員室では、怒号が飛び交っている。部屋には会長に頭取、専務、常務、本店の各部長というメンバー以外に、平の行員である僕が、どういう訳かたった一人呼ばれていた。
 常務は額に流れる汗をハンカチで拭きながら説明を続ける。
「まずい状況になってきた。我々が架空の定期口座をひらいて、顧客の預金を流用していたことに警察が感付いて動き出している。顧客の息子が察知してリークしたらしい」
 その時、直属の上司である経営企画部長が僕を睨みつけて言った。
「今回の1件の実務者である君は、どうするべきか分かっているな?」
「どういう事ですか?」
 僕は部長の物凄い剣幕に食い下がろうとする。
「私たち管理職や役員は、今回の不正な流用について知らなかったのだ。君が文書偽造で顧客と私たちを騙し、コロナ支援イベント経費として流用した、ということにするんだよ」
「嘘だ! 僕はただ命令に従っただけです」
 すると部長は目を細め、急に穏やかな顔つきで諭すように僕に語りかける。
「君はまだ若くて独身だ。将来がある。しかしね、私や他の役員は家庭や家族がいて、大きな責任を背負っているんだよ。卑怯と思うかもしれないが、我々には守るものがあるんだ。だから、分かってくれ。君は警察が来る前に逃げたほうがいい」
「そんな……」
「大丈夫だ。例え逮捕されたとしても、執行猶予がつくだろうから、豚箱には入らなくて済む。それに執行猶予があけたら、それなりのものは必ず用意してやる」
「いえ、いや……は、……い」

 その時、突然眩しい光が僕を包み込んだ。
 やっぱりこれは夢なのか……?
 目が眩んでしまうほどの強力な閃光の彼方から、女神のような女性像が浮かび上がってくる。
 彫刻のようではあるが、……ひょっとして天の使いだろうか?
「時空をさすらいし旅人よ。なぜ罪をかぶることを認め、逃亡したのだ? 正義を振りかざし、自分の潔白を証明する方法はきっとあったはずだ」
 この女性の声は甲高く、直接頭に響き渡る。
「断ろうとしたあの瞬間、上司の家族の悲しむ顔が思い浮かんだ。僕はいつも一人ぼっちだったから、他人の家族とはいえ、悲しませたくなかった。僕は馬鹿だ、本当に」